第一章2 『たぶんきっと仲間になるだろう人達との邂逅』
――世界は面倒臭い。いや、厨二だとかそういうのではなく。本気でそう思う。
たまたま手に入れた力を自由に使って、
自分を縛る何もかもから逃れることで、
そうしてようやく好きなことをできる。
できなかった。
たまたま手に入れた力は自分を迫害し、
逃れたはずのものは自分を追い続けて、
結局好きなこともできず縛られたまま。
面倒臭い。いつから世界はこんなにも生きづらくなったのか。身の回り五メートルの世界ですら息苦しい。
この瞬間も、そう思う。
「……近寄らないで、くれます?」
「嫌だ。お前は僕の気分を害した。――死を持って償え」
「ちょっと意味がわからなさすぎます。距離を置かせてください」
暗い路地、二人。
目の前にいる十代後半ほどの男性は、白髪の女――三枝優璃亜の姿を見るなり殴りかかってきた。立派な傷害事件になるところを、ユリアが間一髪で躱してしまったため今に至る。
まるで躱したことが原因のように聞こえるが、もちろん殴りかかってきたこの男が全て悪い。
見たこともないような顔の男に突然殴られるようなことはしていないつもりだ。……多少、後ろめたいことがあるにしても、この男性だけは本当に知らない。
「良いからちょっと……殴られ、ろッ!」
「あ、」
ひょい。
…………。
「くそっ」ひょい。「このっ」ひょい。「こな、くそっ!」ひょいひょい。
……本当に、世界は面倒臭い。そしてつまらない。
だがつい先ほど、一瞬だけ、つまらなくないことがあった。本来ならあり得るはずのない事象がユリアを襲い、そしてときめいた。
まあ、もう二度と会うことも無いのだろうけれど。
「はあっ、はあっ……――」
握った拳がユリアに当たることはなく、延々と振り回すだけだった男がようやく諦めた。それならと踵を返し、暗い路地を抜けようと歩き始める――が、
視てしまった。
「――きゃぁああああっ!!」
「クソアマ、がぁああああ――ッ!」
振り返ったユリアの視界に飛び込むただの紙切れ。それが徐々に速度を増し、迫ってくる。
丸められているわけでもない紙切れが、こんな速度を出すなんてにわかには信じ難い。しかし今はそんなことどうでもいい。
ユリアは叫んでいた。振り返るより前に。
視てしまったソレの醜悪さに嫌悪を表して。
そしてソレが来た。
「悲鳴を上げさせてんのは、誰だぁ!?」
どの軌道を飛んでくるかわかっていた紙切れはあっさりと躱し、突然現れた男の足元へと向かっていく。
「へ?」
間抜けな声を上げる男の脚――脛にそれは当たった。ガツンと、紙切れとは思えない音が鳴る。
「――――、――――ッ!?!?」
激痛が走ったのだろう。男はバランスを崩し倒れた。――そこまではいい。
だがその後、転びゴロゴロと転がった拍子にズボンが脱げているのは何事かこの野郎!!
さて、『悲鳴を上げさせたのはどこのどいつだ』という質問に答えよう。
珍しく感情が昂ぶって仕方がない。
「――あなたですよド変態!!」
叫び、下半身を露出しながら倒れる男に向かって指を差した。
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叫び声を聞いて、駆けつけて、そしたら突然白い何かが飛んできて、脛に当たって転んで、ズボンが脱げて変態が出来上がった。
何を言っているのかわからないだろう。大丈夫、輝義にもわかっていない。いや何が大丈夫なのか。現在輝義は社会的な死に瀕していて、脛の痛みのせいで生き返ることすらままならない。
挙句、転んだ拍子に顎を打ち付け脳が揺れている。気持ち悪いことこの上ない。
「――あなたですよド変態!!」
はて、何のことのか。指を差されているのはわかった。今の自分の状況を鑑みれば変態なのもわかる。だが『あなたです』の部分は少し理解が追いつかない。
違った。まず考えるべきことを間違えていた。今はそんなことよりもズボンを上げねば。
未だガンガンと鳴り続ける頭をどうにか抑え立ち上がり、何事もなかったかのようにズボンを上げ……、
「さあ、聞かせてもらおうか。悲鳴を上げさせたのは誰だ?」
「いやだから、あなたですってばこの鬼畜野郎」
あり得ないほどの変態を見たかのように嫌悪丸出しの視線を向ける女性。既視感のあるその白髪は、昼間肩をぶつけたあの女性だった。このような偶然もあるものだ。
で、なぜその偶然的な出会いを果たした女性に露骨な嫌悪を表されなければならないのか。
「そりゃあ、突然現れて下半身丸出しにしたらそうなるわな」
「いいからとっとと消えてくださいマジで。さっきのがエンドレスリプレイされるんです、あなた見てると」
「初対面に随分キツいな!?」
出会いが最悪だとここまで遠慮がなくなるものか。
ふと、白髪の女性が振り向く。
「――あのさぁ、僕を無視してんじゃねえよこの社会不適合者共がァ!!」
視線の先にいたのは蒼色の髪をなびかせる少年だった。そろそろ青年になろうかという雰囲気が見られるが、その発言や仕草などが些か子供っぽい。
その少年がノートを取り出し、ページを千切った。それを輝義達へと向けて投擲。本来であればふわふわと舞って終わりのソレが一直線に飛んでくる。
――これが、彼の能力か。
「無視だなんて。そもそも構う理由がありません」
まるで来ることがわかっていたかのように白髪の女性はあっさりとソレを躱す。
だが輝義は直前までそれに気づくことができず、
「ぬ、ぉ、お、お、お、お!?」
一時期流行ったイナバウアーのように背を逸らし、どうにかこうにか躱す。その時に自然と股間が強調されるわけだが、それを見た白髪の女性から「気持ち悪い見せつけるなッ!」と罵倒を受けるのは納得がいかない。
「はぐぅあっ!」
さらには上体を起こそうとしたところに股間へ紙切れが直撃。踏んだり蹴ったり、泣きっ面に蜂とはこのことか。
「くそ、なんで当たんないんだよ!?」
「いや俺には当たってるけど!?」
股間を抑えうずくまる輝義の声は拾われない。
今度は輝義を置いた会話が紡がれる。
「当たるわけないでしょう? だからもう、やめてくだ――」
「うるせえ! ムカつくんだよ……お前みたいなッ! お前らみたいなッ! 中途半端な成り損ないはッ!」
「――――、あなただって成り損ないでしょうに」
聞いている分には、あの蒼色の髪を持つ少年が癇癪を起こしただけのように思える。だが少々、白髪の女性もムキになりかけている気が……。
「あ、やべ。そういうことか――ナヴィ!」
《はーい、お呼びでしょうかド変態サマ》
「やめようね、傷つくから」
ようやく収まりかけてきた股間の痛みから意識を逸らしつつ、虚空に突然現れたメガホン型の精霊――通称ナヴィに伝える。
「伝播する感情を設定。興奮から萎縮へ。……俺の中の萎縮全開でどうぞ」
《はーい、かしこまりー》
そしてメガホンから感情の色が消え失せ、輝義にしか見えないようになっていたその姿が実体化する。
メガホンを構えた輝義は、
「――鎮まれ、アホ!」
大して大きくもない声で訴えた。
だが、蒼髪の少年と白髪の女性はそれだけでビクッと止まり、萎縮する。それで十分だ。
「さて、落ち着いたところで……ちょっとさ、話があるんだけど」
「な、なんですか……? 襲おうってんなら容赦しませんよ?」
「アンタも社会不適合者か。ブッ殺そう」
「なんだろうコイツら。俺の感情伝播弱すぎだろ。もっとビビってくんない?」
全然十分じゃなかった。
何はともあれ、一度落ち着かせることができただけでもよしとするべきか。
……とはいえ、
「俺も感情伝播の影響でビビりまくってる始末。どうしよう、今から言うこと世界一バカなんだけど大丈夫かな?」
《はーい、ド変態サマ。昔から割と救いようないこと言ってたんで大丈夫かと》
コイツ許さない。絶対にだ。
「まあいいや。んでさ、本題だけど。――お前らも変態だろ?」
「は?」
やべえ間違えた。
萎縮すら上塗りする二人分の怒気を受け流しつつ、冷や汗を垂らす。なぜだろう。輝義の萎縮だけは増す一方だ
「……お前らも成り損ないだろ? 中途半端な英雄因子のせいで目立つ外見しちゃってる。最近はようやく世間にも馴染み始めたけど」
「――――」
「うん、良し。程よく人間離れしていて、中途半端に英雄じゃない。――丁度いいな」
言いつつ、今度は自分の萎縮すらも塗り替える興奮を伝播させ、
「俺の名前は相良輝義。――一緒に、世界を脅かす悪役やんね!?」
「…………」
大人になれと、誰かが言った。
「…………」
無言を貫かれる中、一人暴走する輝義は重ねる。
「今の世界は温いというか平凡というか、それ『過ぎる』。だからヒーロー達も腐って腑抜けて駄目人間になって国に養われるだけのクズと化してる。アレスさんみたいなのもいるけどあれどう考えたってテレビ局の道具だろもう。おかしいだろ? おかしいよな。英雄って本来もっと輝いてなきゃいけないし夢を与える存在でなきゃいけない。なのになんだよヒールがいなくなったからお役御免? んなのする方もされる方もバカだ間抜けだ怠慢だ! だからさ、アイツらを、世界もヒーロー達もまとめて目を覚まさせてやるんだ。『間違っている』って。そのために必要なこと考えてきて、どれも失敗して、残った最終手段――それが『悪者がいないなら作ればいい』って算段よ! その悪者に、俺達がなろう、って! 悪役を演じよう、って!」
「――――」
「幸い俺達はみんな英雄じゃないけど中途半端だけど力がある。普通の人間にはできないことができる。その力で悪役を演じるんだ。世界を脅かすんだ。ずっと探してた仲間を見つけた俺の興奮がわかるか!? わかるだろう。だって俺のちか――」
「さようなら」
「なんか冷めたわ。勝手に死んでくれ」
「なぜだぁ――ッ!?」
誰かが言った。そんなもんだ、って。




