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ヒールレス・ヒーロー  作者: 三月 ニナ
第一章 『英雄再臨計画・序章』
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第一章1  『ヒーローは今』



 眼前にそびえ立つ大きな建物を眇め、吹く風に目を細める。昔はここがとても大きく思えたものだ。

 ここから英雄ヒーローが出動し、世界の危機を救っていたのだと、憧れ――そして。


「……今じゃ、そんな夢を見ることもなくなったけど」


 ハナブサ市役所英雄科活動係。

 それが英雄たちの所属する部署だと知ったのはいつのことだったか。恐らく、本当に将来を定めるもう少し前……中学二年の頃だ。


 恋愛にうつつを抜かす同級生バカ共を横目に毎日せっせと情報を集め、進路を定め、勉強した。その甲斐あって現在、憧れの部署へ就任――


 そして宣言する。



「さってと? ――英雄再臨計画を始めますか」



 自分もバカな同級生共と同じく、バカであると。

 そんな二十二歳の春だった。



 ==================



 あれだけ世界を脅かした存在、ヒール。彼らはつい三年前にヒーロー――英雄達に敗れ、完全にその姿を消してしまった。

 十年に渡り活動を続けていた悪の軍団。その正体はいったい何だったのか。ヒーローならば知っているのかもしれないが……彼らは『知らない』と主張する。


 そして、そのヒーローはと言えば。


「……なあ、おっさん。昼間から酒飲んで楽しい?」


「うるせえ。これくらいしか、プハッ。……することねえんだよ」


「次の職探すとかさ」


「ハッ、今さら三十代のオヤジを雇う会社なんかあるか?」


「あるから。バリバリあるから。そのけったいな力めちゃくちゃ活かせるから。主に力仕事で」


「…………やなこった。奇異な目で見られるに決まってら」


 公園で昼間から酒を飲んだくれる中年オヤジ。これが世界を救った元ヒーローの一人である。子供に言ったらどれだけ失望するか。

 かくいう青年、相良さがら輝義てるよしもその一人だ。幼い頃にヒーローに助けられ、憧れ、追いかけてここまで来た。英市役所英雄科まで。


 だというのに、


「その英雄が、こんなんになってんだもんなぁ……どう思う、おっさん」


「別に。勝手に憧れたガキが悪いだろ」


「それじゃ子供達が浮かばれねえな」


 三年前まで最前線で活躍していた英雄達の正体は……なんてことはない。突如不思議な力に目覚めた十代から二十代の元人間達だ。不思議な力によって人間からはかけ離れた力を有した彼らは、同じく不思議な力を有した悪者、ヒール達と戦った。


 そして三年前、ヒールとの戦いに終止符を打ち――世間から追放された。


「世界を救ったヒーローなんだろ? もっとカッコよくしてくれよ」


「…………っ、お前みたいな人間がオレ達をつまはじきにしたんだろうが」


「いや、俺その時まだ大学生だっつの……それに、今でも英雄然としている人もいるっしょ? ほら、アレスさん」


「……軍神か。アイツは恵まれていたんだよ。オレとは違ってな」


 言いつつ、再度酒を煽る中年オヤジにどうしたものかと頭を捻る――が、いくら考えても有効的な手段は思いつかない。

 そんな状態がもう何日も続いている。


「……また明日も来るけど、流石に支援金だけでは暮らしていけないっしょ。家もないみたいだし……そんな状態で酒ばっか飲んでるのはちょっと」


「うるせえクソガキ。これくらいしかすることねえって言ってんだろ」


「めんどくせえ大人だなぁ……」


 しっしっ、あっち行った。と手振りで告げる元ヒーローに背を向け歩き出す。


「することがない、ね」


 事実その通り。英雄が活躍できる場はもう、この世界には存在しない。

 ヒールと戦うために存在していたヒーローなわけだから、ヒールがいなくなればお役御免。世界を救ったのだからもう少し優遇されても良いだろうと思うのだが、現在におけるヒーローの扱いは二つに分かれる。


 一つ、先ほど名前が挙がった『アレス』という元ヒーローのように、マスコミに顔を売って宣伝効果を発揮している者。アレスは顔が良いためそのようなことができる。


 しかしそうでない場合も存在する。それが二つ目。昼間から酒を飲んだくれるような大人になってしまった中年オヤジ組。この中には女性も含まれるが、まあそこはいい。


 アレスのように見てくれが良いわけでもなく、なまじ強い力があった為にヒールと戦っていた生粋の戦士達。そこにある価値は強い力のみであり、その力を活かせなくなった彼らに用はない――そんな認識が、全世界で共通している。


「そう認識する方も酷いよなぁ」


 その認識が彼らヒーローを社会からつまはじきにし、生きる世界を狭めている。そしてヒーロー達はやさぐれ、次々とクズ人間と化していった。

 そんな現状を知ったのが大学三年の秋。国から受け取る支援金でダラダラと生きるヒーロー達の姿を見てしまった。


 そして、輝義は――


「――っと、すみません」


「あっ、いえ……」


 肩がぶつかり、意識が思考の海から引き上げられる。

 白髪はくはつを伸ばした印象的な女性だ。記憶に残り難い凡庸な容姿。あまり無遠慮に見るのもどうかと思いすぐに目を逸らす。


「白髪……中途半端な英雄因子、か」


 現代において、奇抜な髪色というのは珍しくもない。そこには『英雄因子』という存在が関係してくる。

 ヒーローとなった人間が必ず宿しているそれを、ヒーローでない人間も宿している場合がある。力も現れるが、大したものではないため中途半端な(ヽヽヽヽヽ)という冠詞がつく。


 学者曰く、英雄の成り損ない。


「特に差別意識はないけど、中途半端って言われるのは嫌だよな」


 言いつつ、電気屋に横目を向ける。そこでは燃えるような紅い髪をしたアレスが、テレビの中で笑顔を振りまいている。


『今日のゲストはみんなのヒーロー、アレス=ウォーリアさんです!』


『こんにちは』


 実にわざとらしい笑顔。完璧に見せてはいるが微妙に頬の辺りがヒクついている。無理をしている証拠だ。

 しかし誰もそれに気づかない。彼の笑顔が眩しすぎるからだ。


 ――気に入らない。


「……なんでヒーローが、そんなところでみんなにチヤホヤされてんだよ」


 ――気に入らない。


「アンタ達が輝くのは、戦場、最前線だろうが……クソ」


 輝義の呟きは誰にも届かず、ただ雑踏へと消えていった。



 ==================



 ハナブサ市役所英雄科支援係。一年前に就職し、そこで様々な現実を改めて思い知らされた。その上で輝義が出した結論がある。


 自分に割り当てられた机の上で今日の仕事のまとめに取り掛かりながら、


「……ちと、厳しいかな」


 ボヤいた彼の胸中にあるのは懸念。甘さ。諦観。就職した当時に思案していた『英雄再臨計画』という厨二丸出しの計画の穴の多さ。


 思ったよりも、英雄手強い。


「いや、そらわかってたんだけど……さあ」


 この三年でクズっぷりが筋金入りになってしまった彼らを、どう英雄に仕立て上げ直そうかと考え、答えは出ぬまま。

 この計画をいつか実現させようと誓ったあの日の怒りも既に冷え、現実を見る余裕の生まれた輝義は途方に暮れる。もはや最終手段を取るしかないのか、と。


 そんな彼の気落ちは、周囲にも伝染する。


「……ああ、もう駄目だ。仕事終わらないわこれ」


「? どうしたんですか、山城さん」


「いや、なんでかな……急にやる気がなくなった」


「――あ、ああ、そういうことってありますよね。そういう時って気分転換した方がいいっすよ?」


「んー……そうだな、ちょっと外行ってくる。お前も少しは休めよ、相良。ここ最近休んでないだろ? 公務員なのに」


「公務員だからこそ、っていうか。安定しすぎてて、刺激を求めたくなるんですよ。いってらっしゃい」


 ――やばい。やっちまった。


 見れば室内にいる同僚はみんな、やる気を失いかけている。それは輝義のせい。

 今ここに留まっていてはまずい。制御が効かない今の状況では更に酷いことになる……から、輝義も外に出ることにする。


「……コーヒーでも買いに行こう」


 頭の天辺にチラっと見える紅色を揺らしつつ立ち上がり、自販機がある市役所のロビーへ向かう。

 様々な部署の前を素通りし辿り着いた市役所のロビーは閑散としていた。平日ということもあるだろうが、それにしても少ない。


 それもそのはず。本来『英雄科』のためだけ(ヽヽ)に作られた役所だ。カタチだけでも複数の部署があるが、主な仕事は周囲の市町村へ仕事を回すだけという、一つの部署に三人いれば間に合うようなもの。


 そして英雄科といえば、ヒールがいなくなってやはり暇になっただけの部署。集まる仕事は単なる雑用。別に役所でなくてもできるようなものばかり。『活動係』なんてものは消え失せ、もはや何を支援するのかもわからない『支援係』だけが残った。


 ――無駄。あるだけ無駄。早く無くなってしまえ。


 そんな声が方々からこの役所へ投げられる。

 悪者ヒール英雄ヒーローがこの世界にもたらしたものは何か。


 常識の上塗り。

 人々の価値観の変質。

 身近な人間が死にすぎたことによる倫理観、道徳観の喪失。


 戦争は常に科学の発展を促してきたというのに、彼らの戦争はマイナスしか生み出さなかった。本当に無意味で、無価値で、ならばヒーローなんて立ち上がらなくて、ヒールに世界が蹂躙されれば良かったのだ。


 輝義もあの時、死んでいれば――


「それを考えるだけ無駄、ってさ」


 世界はヒーローに優しくなくなった。彼らがこの世界で生きていくには、人々の観念が凝り固まりすぎていて。

 それを解そうと誰かが奔走しても、今度はヒーロー達が諦観を凝り固めている。


 彼らに必要なものは何か。

 自分にできることは何か。

 世界の認識を変える何か。

 ――何をすればいいのか?



「――きゃぁああああっ!!」



 自販機に硬貨を入れかける、その姿勢で止まる。中途半端に(ヽヽヽヽヽ)良い耳が遠く叫び声を捉えた。

 そう離れていないはずだ。今から行けば間に合う……と、思う。


 世界にヒーローは必要ない。そんな世の中でヒーローが活躍するにはどうすれば良いか。そんなものは決まっていた。


「助けを呼ぶ悲鳴に、応じればいい」


 ロビーから役所の外へ。そして走り出す。元々は英雄科活動係(ヽヽヽ)を目指した輝義の走る速さは今も劣らず、並の短距離走選手にも負けないほど。


 焦る気持ちを抑え、声がした方へ走る。走る。走る。踏みしめる大地は徐々に耐久値を超え始めヒビが入る。それほどまでに力強い輝義の踏み込みは、もはや人間業ではない。


 中途半端な英雄因子。英雄の成り損ない。


 黒く染めたはずの頭髪は本来の色――それすらも後天性だが――紅に染まっていく。

 世界を救った英雄、アレスと同じ紅色に。


「悲鳴を上げさせてんのは、誰だぁ!?」



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