第一章13 『後悔と真実の片鱗』
――十五年前。
ヒールが世界侵略宣言をしたその三ヶ月後。輝義はそれまでと変わらず、悪ガキ仲間と河川敷で遊ぶ日々を過ごしていた。
河川敷は風が強く、よくボールが失くなってしまう。その時も、失くした野球ボールを十人くらいで探していた。
「テルぅー、あったー?」
「ねーよ! ……なぁ、もう諦めねー?」
「バカ言ってんじゃねえよ。失くしたのテルだろ! 俺らが帰ってもお前だけは帰んないで探せよなー!」
「お前らこそバカ言ってんじゃねーよ!?」
輝義は知っている。彼らは帰ると言えば本気で帰るだろう、と。ボールを見つけられねば後日、やっかみを言われることになるだろう、と。
今日輝義は、両親や弟と共に外食の予定があるのだ。できれば今日だけは早めに帰りたい。
しかし、まあ、なんというか、
「普段のテルと同じこと言ってるだけだよなぁ?」
「そうそう。だからテル、ガンバ」
「いい顔で親指立てんなっ! 言われなくても探すっつーの!」
そう、普段輝義も同じことを言っているため、自分だけ例外を認めるというのも難しい。
結果、今のようにボールを探し出すまで帰れない状況にある。
なんだかんだで輝義の友達数人も残って探してくれているのだから、それなりの信頼関係が輝義達の間にあることが伺える。
だがそれも、タイムリミットだ。
「――あ、五時の鐘鳴っちまった」
「悪い、テル。俺らもう……」
申し訳なさそうに帰宅宣言をするその二人に対し、輝義は怒るはずもなく、
「気にすんなよーって。いつもは俺の方が帰ってるし。じゃな!」
「うん……輝義も、別に見つからなかったら見つからないで良いからなー?」
「は? 何言ってんだよ。これまでボールを失くしたことなかったんだ。絶対見つけてやるぜ!」
「……でも、最近ブッソーだし」
言って、顔を俯ける。輝義は彼が何をそこまで不安がっているのか、一瞬の間が空いてから気付いた。
ヒールの宣言だ。
「なんだよお前。まだそんなの信じてんのかぁ? あんなの嘘っぱちだって」
「だって、ニュースとかでもやってるし……」
「げぇ、ニュースとか見てんのかよ。オリコーさんか! ……まあ、それだってトクサツってやつだよ。番組の宣伝みたいな。だから気にしない気にしない。俺はボール探し続けるぜ」
「さっすが俺らのヒーローテル! 口だけは一丁前だな! 親の前だと良い子ちゃんのクセに」
「うるせー!」
結局二人は帰り、残ったのは輝義と他八名ほど。それすらも時間と共に帰宅し、最終的に輝義一人となる。
「みんなハクジョー者め……あれ、でもこうやって一人で頑張る俺カッコイイじゃん!?」
なんて言いつつ、しかしボールは見つからない。もしかしたらもっと川の方にあるのでは、と少し奥まで探してみる。
「必ずここら辺にあるはずなんだよ……どこだー?」
だんだんと日も暮れてきた。そろそろ帰らないと外食に間に合わない。
そうやって焦っていたからだろうか。
あまりに川の方に近過ぎていた。ぬかるみに足を取られ、滑らせ、そのまま川に――
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家に帰宅した頃には、すでに空は満天の星と相成っていた。美しい。幼心にそう思わせる夜空は、輝義の心を薄く満たした。
流されることはなかったものの、下半身がどっぷりと川に浸かってしまった。歩く度に靴の中がびじゃっ、びじゃっと鳴るおかげで現実逃避すらも許されない。
なんかもう、泣きたかった。
不幸中の幸いとしては、どうにかして川岸に上がった際にボールを見つけたことだろうか。あんなところにあればなるほど、どれだけ探しても見つからなかったわけだ。
「まあこれで、ボール消失数ゼロで抑えられたわけだし……あとは、」
両親への言い訳を考えねばならぬ。
これが何かと辛い。普段良い子ちゃんで通っている輝義は、このようなヤンチャはしないと思われているだろう。いったい何があったと問い詰められるかもしれない。その際にうっかり全て話してしまいかねない。
そうなったら、輝義を置いて帰った友人達に関して物申される可能性もある。それだけは避けたい。彼らは悪くないのだから。いやマジで。
さらに外食にも間に合わないわけで、問題が山積みである。
「……はぁ」
知らず知らずため息が漏れるのも当然と言えよう。輝義だってまだ八歳、ちょっとキツい。
ひとまず、帰ったら真っ先に謝ろう。
そう覚悟を決め、家に帰り着いたのだが――
「……あら、お帰り輝義。どうしたのよそれ」
「遊んでたらこうなった!」
嘘は言ってません。
輝義は玄関先で土下座姿勢を作りつつ、出迎えてくれた母親に対し告げる。
「もーしわけありませんでした! こんな遅くまで遊んでてごめんなさい!」
「…………」
輝義の母は無言のまま、土下座する息子を見つめている。睨んでいるともいうその視線は、地面に伏せている輝義には伺うことができない。
そうして、体感時間で三分ほど経過しただろうか。
「……なーに母親に対して土下座なんてしてんのこの馬鹿。良いから中入りな?」
輝義は生まれて初めて、母のことを女神だと思った。
「あ、でも静かにしなさいね。今お父さんのお客さん来てるから」
「はーい」
許されたことでかなり気分が軽くなり、返事もまた軽いものとなる。
足取りまで軽くして洗面所へ、そのまま着ているものを脱ぎ去り放り捨て、浴室へ――
「こら、脱いだものは散らかすな!」
母の喝を頂戴した。お客さんがいるということもあってか多少声は小さかったが、それでも鋭さは消えていない。思わず飛び上がるような挙動を取ってしまい、すごすごと脱ぎ散らかしたものを洗濯カゴへ入れ、ようやく浴室へ。
湯船が焚かれているわけでもないため、体感温度はかなり低い。いそいそとシャワーを流し、浴室に湯気が充満するのを待つ。
そしてほどよく温かくなったところで、
「お、おぉ……沁みますわぁ」
どこで覚えてきたのか、そんなジジくさい言葉を口にするのだった。
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男児の入浴シーンなど一部にしか需要がないだろうから割愛。
シャワーを浴びて、川に落ちた際の魚臭さを払拭した輝義はいつもの癖で居間へ向かう。が、母の話ではそこには客人がいるはずで、
「あ」
「お」
ちょうど、父とその客人が卓袱台を挟んで面と向かっているところだった。
母は何か茶菓子でも用意しているのかここには姿がない。気まずい空気の中、輝義はぎこちなく回れ右をする。
「し、失礼シマシタ」
「あ、ちょっと……キミ」
「へぁ?」
輝義に声をかけたのは件の客人だ。
透き通った声。芯の通ったソレは輝義を威圧するとまでは言わずとも、強烈な存在感と印象を与える。
振り返って見てみれば、その声もなるほどと言わんばかりの貫禄が滲み出る体格をしている。太っているわけでもなく、かと言って痩せ細っているわけでもない。
着ているスーツ越しにもわかる筋肉。ボディーガードのようだ、と思ってしまう。
「な、なんでございましょうか……」
何か粗相でもやらかしたか、と、大人に対しては良い子の皮を被る輝義は冷や汗を流す。
ただでさえ今日は遅れて帰ってきたのだ。母は許してくれたが、今までそういった門限を破ったことのない輝義自身が許していない。
できればこんな空気からはさっさとオサラバしたい所存である。
「いや、ね。少しお父様とは似ていないなぁ……と。あ、いや、別に血の繋がりを疑っているわけではないよ」
「はは……ご冗談がお上手で。そう勘繰らなくても、私と息子の輝義は親子ですよ。ちゃんと血の繋がった、ね」
客人の言葉に返したのは輝義ではなく、輝義の父親だ。
卓袱台を挟んで向かい合う客人とは真逆の雰囲気を持つ父は、言うなれば農家のお爺さん、と呼ぶのが一番近い。柔らかい空気を放ち、声もところどころゆっくりだ。
この二人の関係性がいまいち見えてこないが、おそらく職場の同僚なのだろう。
「失敬。なにぶん、目に付いたものには反応せずにいられないもので。輝義くん……だったかな。キミは小学三年生だと聞いている。遊びたい盛りだろうに、随分と聞き分けがいいらしいじゃないか」
「……遊んでますケド」
「ああ、恐がらせちゃったかな? 失礼。でもね、自分の気持ちに嘘をつくものではないよ。キミくらいの歳はまだ、まだまだわがままを言って許される。いずれ失う特権だ。今のうちに、その権利を行使し楽しむのが吉だよ」
随分と難しい言い回しを遣うものだ。おかげで輝義にはなんのことやらサッパリだ。
「……ありがとうございます? それじゃ」
あまり粗相をはたらくつもりはないのだが、この客人と長く話しているといずれボロが出てしまいそうだ。
居間に背を向け、部屋へと向かう。
その途中で母親とすれ違った。
「あら、アンタまだ部屋に戻ってなかったの」
「ちょっといつもの癖で」
「ふん? あ、お客さんに失礼してないでしょうね」
「するわけないでしょー。この俺が」
「そ。ならいいんだけど。……ま、アンタなら心配いらないか」
――そう、俺だから。
あの客人が言う通り、本音を言えば輝義だってもっとわがままをしたい。したいのだが……、
「もっとわがままを言え、ってことしか、あの人の話からはわからなかったし」
まあいいや。
自室に戻った輝義は、漫画に手を伸ばした。
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「……賢い子だ」
「それはどうも……」
輝義が去った居間では、それまでと同じ空気が流れ続けていた。
ただし、表面上だけの話だが。
「はい、お茶菓子ですよ」
「ああ、これはわざわざどうも」
輝義の母が持ってきた茶菓子を、スーツを着た客人は一瞬で平らげる。
ソレを見て輝義の母は、思わず目を剥くが……それも一瞬で引っ込め、またも表面上は平静を取り繕う。
そしてその母も居間から去り、
「相良輝義くん……か。有望株だ。どうだい? 彼も我らの同志とするのは」
「冗談はやめてください……アイツはどうあったって、私達と同じであることはできないんですから。それに何より、まだ子供です」
「……ふっ。大事にしているんだね。なーに、お察しの通り冗談さ。ほら、こういう会話をしているといかにもソレっぽいだろう?」
男は一旦言葉を切り、
「――まさに、悪の組織の重役会議だ」
「――――」
「といっても、キミとの二人きりでの会議だけどね。もはや会議の体さえ保てていないが……」
「もったいぶらないで、本題に入りましょう。私といえども暇ではないのです。今日だって、せっかくの家族との外食の予定をキャンセルしているのですから」
まくし立てるような輝義の父の言葉に、客人は「おっと、失礼」と悪びれもせずに言い、
「では本題に。――相良輝太郎。キミ、クビ」
「――は?」
「気付いていないだろうが、現在外に同志である『ヒール』数人が待機している。妙な真似を見せれば物理的に首が飛ぶと思ってもらっていい」
「わけが、わか――」
「わからなくてもいいよ。強いて言うならば、これはリストラだ。リストラとは得てして、リストラされる者達に理解されないものだから」
「そん、なッ……! 私はこれまで、どれだけ!」
「ああ、そうだね。キミは頑張った。頑張ってくれたよ……でも、」
パチン。
「私が英雄として降臨する未来に、キミのような凡人が側にいてはいけない」
右手の指が鳴らされ、それと同時に家の窓が割れた。
その音に、当然家族は気付いているのだろう。しかし、
「家族諸共、不幸なことに死んでしまいました……そういうことにしてしまおう。残念だね相良くん。忠告はしたよ? 妙な真似をすれば物理的に首が飛ぶと。キミはあろうことか、私に刃向かった。だから死ね」
「ふざけ、ん……なッ!?」
「ふざけているのはキミだよ。――私の計画の邪魔をするな、愚図が」
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ある一家での騒ぎをきっかけに、その街は業火に包まれることとなった。
いち早く異変を察した輝義は両親を置いて家から逃げ出し、業火の中を逃げ惑い、そしてとある英雄四人に助けられる。
彼らはやがて『神』クラスと呼ばれるヒーロー。輝義が憧れ、失望する対象。
しかし、そんなことはどうでもいい。
この日輝義が抱いた、人生における『後悔』。――家族を見捨てたこと。
それは、これから先もずっと、ずっと輝義を縛り続けるのだ。
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「私の名前は――アレス。アレス=ウォーリアだ。覚えておくといい、少年」
その男は、見たことのない格好をしていた。
白装束。全身が真っ白に包まれているのだ。
唯一、頭髪だけは紅蓮に染まっている。今までそんな髪色を見たことはない。
そんな痛烈な印象を与えてくる男はアレスと名乗った。
――アレス=ウォーリア。
それが、輝義の脳に刻まれた、初めてのヒーローの名だった。




