プロローグ 『テンプレートをなぞった悪者』
前兆がなかったわけでもない。世界中で次々と不自然な事故が重なり、人々のフラストレーションが募りさらなる事故が重なるという悪循環。世界滅亡か? とまで騒がれたそれ。
――悪が現れる、その前兆。
『世界は我らがいただく』
誰もが耳を疑った。この世の中に、本当にそんなことを言う人間がいたなんて、と。
『平和な世界は今日で終わり、また新世界が訪れよう』
誰もが首を傾げた。この全世界に向けて放たれている放送は、いったいどこから、どのようにして、と。
『我らはヒール。平和が奪っていった脅威を……返してもらうぞ――ッ!!』
ある日彼らは現れ、世界各地で起きた不可解な事件は自分たちの仕業であると告白し、その存在を大衆に知らしめた。
それでも人類は信じようとはせず、のうのうと生きることを選択する。
それが十五年前のこと。
そして彼らによる、初めての世界進軍が行われてしまった。
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「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ――」
息苦しい。視界が狭い。燃えている。踏み出す足は震え、踏みしめる大地は揺れ、吹く風は重心をズラしてくる。なればこそ、それは必然だった。
「――――ッ!」
足がもつれて派手に転倒する。手から着き、手のひら、膝を擦り剥く。それでも涙は出ない。枯れてしまったから。
背後から迫る足音が原因で。
「おいおい、そこまでして逃げなくてもいいだろう。別に取って食ったりはしねえよ」
「いや、嫌だ……嫌だッ!」
「あ。……ったく、めんどくせえなぁ」
立ち上がり走り出す。走り出した。――はずなのに、身体は動かずその場に留まり続ける。まるで逃げる意思を失ったかのように、走り出そうと姿勢を維持したまま硬直してしまい、その間にも足音は迫り続ける。
「逃げるなよ。俺も傷つくぜ?」
「――――」
声すらあげることができない。思考はそのまま時間を止められたかのような感覚に恐怖し、思う。
なぜこんなことになったのか、と。
「つーかまーえた」
背後から頭を掴まれて、本気で悟る。今度は自分が死ぬ番だ。殺されるのだ。
悪足掻きは意味を成さず、より恐怖を増す形で自分を捕まえた。いっそのこと、最初から死を選んでいればこれほどまでに恐がったりはしなかっただろうに。
――助けて。
――――助けろ。
「――誰かぁ!! 助けてっ!!」
「助けよう。たぶん、それが私の役目だ」
瞬間、全てが吹き飛んだ。
視界を覆っていた炎も。
自らを覆っていた恐怖すらも。
自分を掴んで離さなかった『死』でさえ。
全てが、吹き飛んだ。
「さて、と。――お前達がヒールを名乗る連中か? 名前の響きからして、もう少し癒される連中を期待していたんだけどな」
「は、っはは……とんだ勘違いだ、そりゃあ。俺達は『悪者』なんだよ。そもそも元ネタわかってんだろ」
「なるほど。通りで名前と行動が一致しないと思ったよ――悪趣味なネーミングだ」
「――――」
「お前達には消えてもらう。久々で加減ができるかもわからないからな」
「……やれるもんならやってみろよ。俺の味方は想像以上に多いぜ? 例えば――」
「…………?」
「――この子供とか、な」




