第一話 転生お耽美蛮族学園の日常と終焉
「終わりの都の角笛が! 貴様のために鳴っている!」
「オゴォ!」
弾ける思い。この耽美と惨劇の庭、ラダンヴァール学園みんなの憧れ、長身美形の銀髪オッドアイ王子様であるルーナル先輩のお顔が砕け散る。
固有エフェクトのバラとユリの中、骨と血と肉のシャワーを私は浴びたの。
叫びとともに私が思い切り、素敵なイケメンの顔面に振り下ろしたから。石斧を。
「少女と出会って初日に無人の部屋に連れ込み、手篭めにしようとは……後悔するがいい! せいぜいあの世でな!」
私の勝ち鬨に周囲から上がるのは悲鳴ではなく歓声。この学園の生徒たちが、もっとやれと各々、武器を掲げて叫ぶ。
いま、石斧を振るった私はこの学園の二年生、レイリヤ・リオッタード。花も恥じらう十七歳。
そして誇り高き殲滅民族【滅びの顎】リオッタード氏族の末姫にして、転生者なの。
私は一度目の死を迎え、この世界にやってきた。
日本で女子高生をやっていたときの最後の風景は、血溜まりに沈む自分の手。
急に飛び出してきたタンクローリーから、交差点で固まるシベリア虎を守ろうとして、脇腹を持っていかれたの。虎のアゴの一撃に。
「大丈夫、だった……?」
私を避けようとしてタンクローリーがガソリンスタンドに突っ込み、町の一角が炎上したような気がする。火達磨になりながら逃げ惑う人々。
でもそんなことどうでもいいの。この子を助けてあげられた。
明滅する赤い景色。優しくそっと伸ばした私の右手は、虎のおやつになった。迸る血。
美味しそうに肉を咀嚼するトラちゃん。でも急にうなると、一瞬で血を吐き倒れ痙攣を始めたの。
「オゴォ!」
「ふっ……こんなこともあろうかと、右手には常時、砒素を仕込んでいたの。まさに最後の晩餐ね。毒入りの肉はさぞ美味しかったでしょう……」
そして、トラちゃんは二度と動かなくなった。
そんな。折角助けてあげたのに。死んじゃうなんて。どうして!
たった一つのいのち同士、傷つけ合うために、そんな悲しいことのために私たちは生まれてきたんじゃない!
人生最後の戦利品となったトラちゃんを、携帯の写メで撮影しながら、私は心の中でそう叫んでいた。
そうしたら、神様の声が聞こえたの。
気が付くと私は白い部屋にいたの。聞こえてくる高く荘厳なキャラクターボイス。
声優で例えると、最近売り出し中のイチオシ、若手の星”栗えもん”そっくりというか……。
「CV扱いすんな。お前馬鹿か? 思いつきで行動した結果、千人以上焼き払って殺すとか、なに考えてんだ」
「あなた、誰!? 私の体をオモチャにするつもりじゃないでしょうね!」
「誰がギロチンやトラバサミを玩具にして遊ぶんだよこのアホ。俺はただ、てめえの魂を追放することを告げに来ただけのものだ」
その一言に、私は完璧に状況を把握した。私、やっぱり死ぬべきじゃなかったんだ……。
「この気配、やはり神様だったんですか! 私が死ぬべきじゃないのに死んだから、転生させてくれるんですね!」
「転生は合ってるけどお前俺の話、聞いてないだろ? 千人以上の運命を狂わせた罪として、この宇宙系から追放するって言ってんだよ」
「あ、じゃあ行き先は乙女ゲの世界にしてください。役割としてはチョイ役でちょっぴり苦労しながら最後には勝つのが好きです」
「理ッ解はやっ。でも徹底的に世の中舐め腐ってるよなお前」
「あと能力にはちゃんとチートくださいね。私、『自分は取り柄とかない人間だから!』とか言いながら控えめにして、結局期待に押されて最後には巻き込まれて活躍するってパターンが好きなんです。王道ですよね」
「お前そこまで周りに興味あるなら自分から積極的に関われや!」
「嫌ですよ私、人見知りするし。それにどうせならみんなに私の凄さとありがたさを見せつけたいじゃないですか。状況が悪くなったときの言い訳も欲しいし」
「とことん腐ってやがるな、お前……」
「あ、でも洋ゲの世界もいいなー。ムキムキの男臭い兄貴たちが斧や剣や魔法で殺し合うような世界で、友情とか、愛とかを育むのも」
「どっちでもいいから早くしろよ……」
結局、神様は私の願いを叶えてくれたんだ。両方。
「ごきげんよう。戦神の名誉に掛けて!」
「ごきげんよう。貴様はまこと族名の誇りよ!」
片手に鴨や大蛇の死体を戦利品としてぶら下げ、腰のベルトには各種の武器。優雅に生徒たちが行き来する。
私が通うラダンヴァール学園は、国内五百に迫る数の諸族の子弟が集う学びの園だ。
一度もこの王国は統一がなされたことはなく、形だけ飾りの上級王を置いて、実際は諸族による分割支配の世の中なのだ。
ちなみにこの世界は、都市内はともかく都市を出れば治安は最悪で、民の七%が何らかの形で犯罪に手を染めている。窃盗も殺人も日常だ。
技術レベルは中世中期、法律は中世前期レベル。魔法がなかったらこの世界は詰んでいたと思う。人の命も安いの。
にもかかわらず、学園で使える施設や食べ物には魔法が可能とする限界のセレブ品が置かれ、中世ヨーロッパノリの廊下や中庭にはバラやユリの花びらが舞い散る。
学生たちはパリッとした白の制服を身にまとい、下々の者たちなど省みない上流階級トークを交わす。みんなとても有力蛮族の子息令嬢には見えない。たびたび斧で決闘しなければ、だけど。
この学園内だけは、まさに近代の富裕社会。選ばれた者の楽園なの。
設備の維持のために、国家の財政が四年前に限界に来たとか聞いたこともあるけど、問題ないよね。
学園の外の道には汚物や浮浪者の死体が山積みになっているけど、特に問題ないの。
「きょうも平和、素晴らしいわね、ポチ」
「アウーン」
答えを返してくれたのは、ペットのポチ。犬に似た、四つんばいで歩き回る生き物。
胴体からは中年のおじさんとルーナル先輩の首と四肢が生えている。まるで肉でできたクモ。
女の子にいけないことをしようとした人を原料に、私がユニークスキルの【ネクロマンシー】で作った生き物なの。
私に懐いていて本当にいい子。命令には逆らわないし、エサは勝手に捕まえてくるから食費はタダ。
でもポチは、気を抜くとすぐ私の内股の間に顔を突っ込もうとするの。まだまだ甘えん坊なんだ。
「あらあらダメよ、ポチ。えいっ」
「オゴォ!」
しつけだもん、心を鬼にしなきゃダメだよね。私は愛用の金属棒で、ポチの頭をどやしつけた。
ポチもすっかり賢くなった。飼い初めのころは一分に一回は殴ってたのに。今日はまだ四回目だ。
今もつぶらな瞳で私を見て震えている。だいぶポチも、重く大きくなってきたね。
ポチがクウンと鳴いたそのとき、天から声が響いた。
「『えいっ』じゃねーだろ。なにやってんだお前。なんなんだその不気味な生き物」
「そのキャラクターボイス、”栗えもん”!? サインください!」
「ふざけんな。俺だ」
「なんだ、神様じゃないですか。どうかしたんですか?」
「どうもこうもねえよ。なんだよコレ。お前乙女ゲの世界へ行く予定だったんじゃないのか」
「あ、あれですね、転生のときに理想の世界をイメージしろ! とか言われたんで、乙女ゲに洋ゲを足してみました。そしたらコレがオイシくてオイシくて」
「はあああああ!? この世界、お耽美学園ものとリアル蛮族戦争ものをニコイチしてんのか!? 俺は許可してねえぞ! この狂った世界はそれか! だからだよ! 世界の法則に矛盾が発生しまくってんのは! すぐにやめろ!」
神様がテンパりながら命令してくる。でも狂ったはひどいなあ。お耽美にリアルが見え隠れして、なんと言うか物凄く俗悪なエネルギー溢れる世界になったのに。
「やめろ、とおっしゃられても、私楽しいですし。やめる方法とか知らないし」
「なにが楽しいだ! この世界に引っ張られて他の世界の魂がガンガン死んでんだよ! いいからすぐにエンディングに行け!」
「でも……」
「でもじゃねえよ! お前のせいでもう世界の果てで二つ惑星が滅んどるわ! 急げ!」
私、軽い気持ちだったのに。そんなにひどいことを神様がしていたなんて。
エンディング。それを迎えて、この世界を終わりにしなければまずいらしいの。
それで神様も怒りを鎮めてくれるんだ。頑張らなきゃ。
「分かりました。でも無理です」
「何でだよ! 乙女ゲなんだから、攻略対象になってる男と結ばれれば一発だろ!」
「あのですね、神様。この世界、人権意識とか女性を大事にしようとかいう観念、薄いんですよ。私だっていまや兄二人以外の男は信用してません」
「だからなんだ!」
「いえ、ですからね。男は気に入った女を大体、力づくで手に入れようとするんですよ。こっちも理解はしてますが無理やりとかゴメンですから。メイン攻略対象の熱血カインは入学式の日に襲ってきたのを反撃で『終わりの都』送り。対抗キャラのクールさんルダも、その次の日に私の飲み物に薬を盛ろうとしたところを『終わりの都』へのチケットをプレゼント。ショタ枠の後輩フェルもこの前下級生クラスのみんなで私を回転させようとしたところを『終わりの都』へ強制移住。先輩の俺様キャラ、ルーナルも今朝同じ運命を辿りましたしね。もう攻略対象残ってません」
ポチの胴体から、ぬっとボールみたいなものが突き出てくる。この世を去っていった良い男たちの首だ。カイン、ルダ、フェル。私の視界を光速で突き抜けて消えてった男の子たち。
神様が吐きそうな声を立てた。
「……な、なら、他のクリア条件を」
「蛮族戦争の方のエンディング条件は、『諸族平定、王国統一』ですよ? 大きい氏族だけで五百近くあるのに、一年二年じゃ無理ですよ」
「……どうすれば」
「このままでいいんじゃないですか。私も兄二人は優しいのと、セレブな生活できて楽しいことは楽しいから毎日充実してますし」
「そんな訳に行くか!」
「そういわれても、あっ!」
「どうした」
「いえ、一人だけ生存しているのを思い出したんです……攻略対象」
「そいつだ! 今すぐそいつと結婚しろ!」
「……えーでも」
「行くぞ! 善は急げだ! 一秒でも素早くそいつと交尾しろ!」
結局、押し切られて最後の攻略対象のところへ行くことになったの。あと神様、下品です。
剣と手斧に革鎧、兜にポーションを挟んだベルト。蛮族装備で完全武装した彼が、私たちを中庭で待ち受けていたの。
「待っていたぞレイリヤ……我が宿敵よ」
「おい。恋愛対象のはずだろ? 何でコイツ、ライバル的な雰囲気醸し出してるんだ」
「ああ、神様、この人の中身は……」
「その声はあの日の神か! 感謝するぞ! 俺に復仇の機会を与えてくれたことにな! 憎き毒殺者との長き因縁が、今日ここで決着する!」
声だけで、神様の実在を察知した?
この人、今までのオトコたちとは違う! やはりできる!
彼も間違いなく一流の戦士。気迫に空気が震えるのが分かるよ。
「おいコイツもしかして」
「はい神様。彼の中身はトラちゃんです」
「もはやあの時の一介のシベリア虎ではない! 生まれ変わった俺の力を見ろ! お前はさながら哀れな骸だ!」
私に最後まで言わせずに、トラちゃん、今は攻略対象の孤高キャラ、ティーゲランが打ちかかってきたの。
私と同じように転生した戦士。その力は本物。
片手なのに重過ぎる剣の一撃。私じゃいつまでも受けられない!
でも両手持ちの斧で、何とか凌いだの。
固有エフェクトのバラとユリが舞う。
「おいおいおい。お前にはユニークスキル【死の斧】があるだろ。なんで片手相手に押し負けてんだ」
「単純にレベルの差です。私が九十五、トラちゃんは百二十三ですから」
「お前らカンスト厨かよ。この世界、レベル五十以上は茨の道だろうが。魔王でレベル六十二なのに」
「負けられない! たとえこの世界に負けたとしても、トラちゃんには負けられない!」
「どっかで聞いたような台詞だな……」
私のユニークスキルは二つだけ。
斧なら全ての攻撃がクリティカルになる【死の斧】と死体を媒介に使い魔を作る【ネクロマンシー】だけ。
そして神様の口ぶりからするに、トラちゃんにユニークスキルはない。
実力が劣る以上、そこだけが糸口。
思い切り石斧を振りかぶる。牽制のため。
にやりと笑うティーゲラン。全速力で突撃してきた。
そこに覆いかぶさる影。ティーゲランの剛力に、互角以上の格闘を見せている。
「なんだ貴様は! 戦士と戦士の戦いに邪魔を!」
「ポチ、逃げなさい! あなたが勝てる相手じゃないの!」
影の正体はポチだった。いくら力で拮抗していても、ティーゲランとは技が違う。
あっという間にポチが叩き伏せられ、蹴り上げられ、切り裂かれていく。
それでも逃げない。まるで何か逆らいがたいものがあるかのように。引けない理由があるかのように。
「逃げて、ポチ逃げてったら!」
「いやいやいや。【ネクロマンシー】で突撃を命じながら言う台詞じゃないからな? 本能的に逃げようとしてる死肉をお前がスキルで無理やり戦わせてるんじゃねーか」
「ポチー! 逃げてー!」
神様が何か言っている。でもポチが心配で、私には何も聞こえなかったの。
ティーゲランはポチに私の指揮、補助が加わった格闘でも隙を見せない。
そうこうしている内に、手斧ですべての頭を叩き割られたポチがくず折れる。
今だ!
「ポチの仇! 諸族の面汚しめ!」
「甘いわ! この劣等が!」
ティーゲランの一撃は私の石斧を受け止め、砕いていた。返す刀でとどめが来る。
これで、もう私には武器がないと油断しているはず。
だが、主従の絆は、私たちの友情は、【ネクロマンシー】の恐ろしさは、ここからだ。
「アオーン!」
「なッ!」
「うおぉ。えぐすぎるだろお前」
ポチの死肉には、いざというときを考え、平時から大量の武具を隠しておいたの。断末魔とともにめり込んだ腐肉がはじけ飛ぶ。散々仕込んだ筋繊維から跳ね上がる本命の斧二本。
一本は重い代わりに必殺の『巨人の斧』。もう一本は斧系最速を誇る『極風の斧』。
浮いた巨人の斧がティーゲランの斬撃を妨害する。慌てふためく表情。
その間に私の手に収まった極風の斧は。吸い込まれるように。
「終わりの都の角笛が! 貴様のために鳴っている!」
「オゴォ!」
ティーゲランの顔面を打ち砕いた。固有エフェクトのバラとユリが舞う。
顔面に斧を植えて、無様にティーゲラン、トラちゃんは倒れた。もう息もしていない。
あの世送りとなったのだ……。
私の一撃に周囲からは悲鳴ではなく歓声が響いた。生徒たちがもっと残虐に殺るべきだったと叫んでいる。なんて野蛮な人たち。
なぜか神様のキレた声も、聞こえた。
「なにさっくりと殺してんだよお前! もうコイツしかエンディング候補がいなかったんだぞ!」
「いやだって、彼と寝るなんて、私、無理ですよ……」
初体験の相手が元、虎とか、乙女にはちょっと。
それが原因で、思わず力が入りすぎて、不幸な事故が起きてしまうなんて。死んじゃうなんて。どうして!
たった一つのいのち同士、傷つけ合うために、そんな悲しいことのために私たちは生まれてきたんじゃない!
いまや戦利品となったトラちゃんの死骸を魔法の記録水晶で撮影しながら、私は心の中でそう叫んでいた。
「写メ取んな!」
神様がまたキレていた。
戦いのあと。中庭で、私たちは話し合っていた。今後のことを。
「どうしよう……俺もうどうすればいいのか……」
「あ、大丈夫ですよ。エンディングのことなら」
「どこがだよ!」
「諸族平定。兄たちが動いて、すでに西部の百五十氏族は我がリオッタード氏族の傘下に入りましたから。でもあと数日は待ってくださいね」
「え、でも、さっき時間的に無理だって」
「はい。さっきまでは」
そう、別ルートで何とか世界は救える予定なの。
「もともとウチの氏族、王国制覇くらいなら軽くできたんですよ。最初に言ったじゃないですか。チョイ役のポジで『私は普通です!』って言い張って裏で活動するの好きだって。そのノリで兄たち中心に、自分の氏族を超強化してますから」
「おい、まさか」
「以前なら絶対トラちゃんが邪魔してきたでしょうから無理でしたけど。もうこの世にいませんし。それに私もトラちゃんからの経験値で百レベル超えましたから。敵とかこの地上にいませんよ。一人対二万人とかでも勝っちゃうんじゃないですか?」
「……」
「さて、王国統一エンディングまでの残り数日間、この世界を楽しみますか」
私は立ち上がり、空を見上げた。お星様が綺麗。
それからなついてくる可愛いペットに話しかけたの。
「綺麗ね、ポチ」
「アオーン」
ポチには新しい首が生えていた。ティーゲランの首だ。
恨めしそうに私を見ると、内股の間に顔を突っ込んできた。
「あらあらダメよ、ポチ。えいっ」
「オゴォ!」
私は愛用の金属棒で、ポチの頭をどやしつけた。
「『えいっ』、じゃねーよ……」
神様が疲れた声でため息をついた。
お星様が、綺麗だった。
連載作品が進まなかったころ、世の中への憎しみ全開で書いたものです。
某作品に影響受けまくってるけど作者に才能がないから、仕方ないね。
※2014/3/17、字下げ処理忘れていたのを訂正(主人公が異常な部分とかは訂正しないが)。