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霊の見えない大切な想い  作者: 黒宮湊
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見えない想い

 1月1日。


 その日、僕は死んだ。


 死因は交通事故。


 僕達家族はその日、年をこすために神社へ向かっていた。


 その最中に僕の乗っていた右側に信号無視をした車が突っ込んできて事故に遭い、僕以外の家族は重軽傷を負っただけで生き残った。


 何故か、僕だけが死んだ。


 享年15歳。


 中学卒業まであともう少しだった。


 そんな心残りがあったからなのか僕は"霊"になった。




 僕が死んでから半年。

 同級生は皆、高校生になっている。

 でも、僕の体は中学3年生のまま。

 若々しくていいだろ?

 な〜んてジョークを笑ってくれる人も聞いてくれる人もいない。

 僕は孤独なんだ。

 今、住んでいた家の中にいる。

 弟は中学校に行き、父は仕事に行き、母が家事をしている。

 僕が隣にいても母は気付いてくれない。

 僕が死んでから半年も経っているからもう皆は"僕がいない環境"に慣れ、いつものように過ごしている。


 僕が死んだ後は皆悲しそうで、ぎこちない生活をしていた。

 母は僕の分までご飯を作ってしまい、父は笑わなくなり、弟は部屋に塞ぎ込んでいた。

 お正月どころじゃなかったみたいだ。


 でも、今じゃ全部元通り。

 今まで通りの生活。


 違うのは"僕がいない"という事だけ。


 今、僕がここにいることなんて誰も知らない。




 僕は自分が死んだという自覚がある。

 死ぬ間際の記憶さえある。


 ただ、


 何故自分が"霊"になったのかが分からない。


 僕の心残りは卒業が出来なかったという事と、高校生になれなかったという事。

 でも、そんなのは今さらどうしようもない。

 僕はもう成長出来ないんだ。


 結論として、


 僕は成仏する事が出来ない。


 大抵"霊"というものは、心残りな事を成し遂げたときに成仏するものだ。

 本当かは知らないけど…。

 だけど、僕は成し遂げる事が出来ない。

 だから成仏出来ないんだと思う。


 それに成仏したいとも思わない。


 ……怖いんだ…。

 僕じゃなくなるのが…。


 成仏したら…どうなるのか分からない…。


 天国か地獄に行くのかな…?


 新しい命として産まれてくるのかな…?


 そんな未知の世界に行くくらいなら…"霊"としてこの世をさ迷っていた方がいい。


 ……その方が…絶対いい…。




「いい? (らい)。貴方はお兄ちゃんみたいになりなさいね」


 僕の弟、"莱"は母にしょっちゅう、そう言われている。


 僕みたいになれと言う事がどういう事か?


 僕は賢くもなく、運動神経がいいわけでもなく、普通な人だった。


 唯一の取り柄は"絵"だった。


 いつでも絵が描けるようにポケットに鉛筆が入ってるくらい、絵を描く事が好きだった。


 父は数々の賞をもらう有名な画家で、母も絵が上手い。

 そして僕は3年間ずっと美術部に所属していた。


 弟は今年、中1になり、もちろん美術部に入った。


 まあ、所謂"画家一家"だ。


 自分で言うのもあれだけど、僕は結構絵に自信があった。

 よく賞も貰っていた。


 でも…、もう描く事は出来ない…。


 だってペンすら持つ事が出来ないんだからね…。


 触れようとしても触れられない。


 それが"霊"なんだ…。


 話がそれたけど、莱は"僕みたいに絵が上手くなりなさい"と言われているんだと思う。


 ある意味、僕の化身なんだ。

 莱の描く絵は僕に似ている。


 何処が似ているかと言うと、"描く目線"がだ。


 僕は人間目線の絵は描かない。


 人間以外の"第三者"の目線から描く。


 例をあげるなら犬だ。


 犬から見た景色を描いたりする。


 そんな独特な描き方は父親譲りなんだ。

 莱もまた、父のそんな描き方を引き継いでいる。




 今、莱は自分の部屋で絵を描いている。


 その隣で僕は莱の描く絵を眺めている。


 さすが僕の弟。

 父にも劣らない絵だ。


 でも、莱が今描いているのが何の絵なのかが分からない。


 真っ黒に塗ったり、真っ青に塗ったり、様々な色を重ねて絵を描いていっている。


 きっと何かからの目線なんだろうけど…何だろう…?


 でも、実際にある風景じゃないみたいだ。


 本当に…、一体…何目線なんだろう…?


 僕や莱や父は、実際に見た景色ではなく頭の中に浮かんだ景色を描いている。

 あくまでも想像した風景なんだ。


 だから、何を描いているのか、何を描こうとしているのかは、自分の頭の中にしかない。

 絵が完成するまでは誰も何の絵なのか検討がつかない。


 でも…莱が描いているのを見ていると、無性に絵が描きたくなる…。


 莱と一緒に絵を描きたい…。


 僕が描く事が出来なくても、莱に伝える事が出来たらいいのに…。


 ……話せたら…いいのに…。




 僕が死んでから約半年、僕は"霊"として存在している事に慣れてきた。

 誰にも話し掛けられる事もなく、話し掛ける事も出来ず、ただ眺めているだけの生活をしている。


 お腹は空かない。

 喉も乾かない。

 本当に、ただ存在しているだけなんだ。


 退屈だけど僕にすらどうしたらいいのか分からない。

 何をしたらいいのか、どうすれば成仏するのか、何もかも分からない。


 だから、とりあえず住んでいた家で家族が過ごしている光景を眺めている。


 こうしていると、一緒に過ごしているみたいで、まだ生きているみたいだ。


 僕の唯一の、一番幸せな時間。


 でも、会話が出来ないのが悲しい。


 話し掛けても答えてくれないし、誰も僕を見てくれない。


 当然の事だけどね。


 僕は"霊"だから誰にも見えない。


 ……こんなに近くにいるのに…触れられない…。


 温かさを感じれない…。


 通り抜けてしまう僕の手がその悲しさを物語る…。


 僕が死んでからの半年間…ずっと…誰にも気付かれずに過ごしてきた…。


 なんか無視されてるみたいで…

 結構……辛い…。


 莱の絵は毎日少しずつ描かれていく。

 でも、絵の途中で莱は頭を悩ませていた。


 いくら想像力が豊かな莱でも、限度があるみたいだ。


 ……手伝ってあげたい…。


 僕は莱と一緒に描いた絵を完成させる事が夢だった。


 "兄弟で描いた絵で入選したい"、そんな夢もあった。


 だけど…その夢を叶える事は出来なかった…。



 僕が…死んでしまったから…。



 ……悔しい…。

 …何で…何で僕だけ死んだの…?


 何で皆は生きてるのさ…?


 何で…こんな…孤独なの…?


 誰か気付いてよ…。


 誰か僕を見てよ…!


 誰か助けてよ…!!


 ……こんな心の叫びすら…誰も聞いていない…。

 誰にも届きやしない…。


 "霊"になっても…ちっとも良い事なんて無い…。

 むしろ辛い事ばかりだ…。

 ずっと心が締め付けられてる…。


 動いていないはずの心臓が痛い…。

 心が痛い…。


 こんな事なら…逝ってしまった方がよかったのかな…?


 そう思いながら僕はポケットに手を入れた。


 すると、


 その時、手に何かが当たった。


 ポケットに何か入っていた。


 取り出してみるとそれは、


 生前、いつも持ち歩いていた短い鉛筆だった。


『こんなもの…』


 僕はそう言って鉛筆を投げた。


 すると、


 その鉛筆は、すり抜けずに机の上に置いてあった紙に黒い線を付けた。


 音はしなかったけど、明らかにその鉛筆が書いた線だった。


『あ…れ…?』


 僕は緊張しながらその鉛筆を手に取り、紙に丸を書いてみた。


 ちゃんと丸い後が残った。


 書くことが出来た。


『う、嘘…!?』


 まさか…!?

 本当に…!?


 突然の出来事に思考が回らない。


 こんな小さな鉛筆が僕の希望の光になった。

 これがあれば人に何か伝える事が出来る。


 絵を描く事が出来る…!


 莱と一緒に絵を描く事が出来る!


 僕は嬉しくてしょうがなかった。

 何より自分の存在を示せる事が嬉しかった。


 そして僕は早速紙に書いてみた。


 "莱、僕だよ"


 莱を驚かせたくて、わざと名前を書かなかった。

 早く気付いてほしいな。


 僕は胸を高鳴らせ、莱が書いた字に気付くのを待った。


 数分後、莱が字を書いた紙の近くに来た。


『ここ見て! 僕はここにいるんだよ!』


 当然だけど声は届かない。

 でも丁度、莱が字に気付いた。


「…僕…? 誰だろ…?」


 アハハっ!

 考えてる考えてるっ!

 その光景が可笑しくて、僕は笑みを隠しきれない。


 書いた人が目の前にいるのに、それに気付かず誰なのかを考え込む姿は、生きていたら出来ないイタズラだ。


 僕はまた紙に字を書いた。


 "莱、絵うまいね"


 莱は驚いた顔をしている。

 だって、莱から見たら突然鉛筆が動きだしたんだからね。


 この鉛筆は、ポケットに入っているときは誰にも見えなくなるけれど、ポケットから出すと見えるようになるらしい。

 さっき鏡に写ったときに気づいた。


 さて、莱の不思議そうな顔も見れたし、そろそろ正体を書こ…



「お兄…ちゃん…?」



 え!?

 気付いた!?

 僕に関することは一個も書いてないのに!?

 うーむ…。

 さすが自慢の弟だ…。


 感心しながら僕はゆっくりと字を書いた。


 何故か、目が熱くなってきていた。



 "そうだよ"



 僕の字を見た莱は驚いた表情をした後、すぐに、満面の笑みで涙を流した。


「本当に…!? 本当にお兄ちゃんなの…!?」


 泣きながら僕の姿を探す莱を、僕も泣きながら見ていた。


 やっと…


 やっと…気付いてくれた…!


 僕の存在に気付いてもらえた…!


 今までずっと誰にも気付かれずに過ごしてきたけれど…!


 まさか気付いてもらえる時が来るなんて思ってもいなかった…!


 もう無視される事はないんだ…!!



 僕は莱を抱き締めた。


 莱に僕の姿は見えてない。


 だから僕は、いつもなら怒られる事をした。


 暖かさも感触もないけれど、僕は嬉しくてしょうがなかった。


 とにかく嬉しさを行動で示したかった。


 もうこの先感じる事のないであろう幸せを噛み締めたかった。


 "ぼく、えがかきたい。らいといっしょにかきたい"


 僕は鉛筆が無くならないように、画数が少ない平仮名で書いた。

 筆圧も小さくして、薄い字で書いた。


 何故なら、鉛筆を削る事が出来ないからだ。


 鉛筆削りに入れると何故かすり抜けて落ちてしまう。

 だから、鉛筆が無くならないよう無駄な字は書かないようにした。


 一字でも一画でも多く書けるように、一線でも一点でも多く描けるように……1分1秒でも長く莱と一緒にいられるように…。



 ……僕は薄々感付いていた…。

 この絵が完成した時…僕は…本当に消えてしまうんじゃないかって…。


 僕の心残りは…


 "莱と一緒に絵を描きたい"という夢なんだ…。




 僕と莱は絵を描き始めた。

 厳密に言うと、僕は言葉で指示を出し、それを莱が絵にする、という方法をとっている。

 そうしないとすぐに鉛筆が無くなっちゃうからね。


 でも、その言葉は声ではなく、鉛筆で書く文字だ。

 話すのにも鉛筆を使ってしまう。


 その分、伝えたい事を短縮して言わないといけない。


 でも、莱は僕が描いてほしいと思った所に的確に描いてくれる。


 僕は大まかな説明を書いただけなのに、莱はそれを細かく読み取って描いてくれる。


 これほど嬉しい事はない。


 莱と一緒に絵を描けるなんて夢みたいだよ。

 本当に夢だったんだけどね。

 莱が生まれてからずっと叶えたかった夢だ。


 夢が叶うまでもう少し。


 …僕が消えるのも…もう少し…。




 莱は僕と描く絵以外にも絵を描いていた。

 そう、前から描いていた絵だ。

 何の絵なのかが分からない絵。


 今日は悩まず、一心不乱に描き続けていた。


 真っ黒の上に藍色や深い青や灰色の線や白い点…。


 様々な形や色が重ねられて…複雑で…暗くて…深くて…心が奪われそうな絵…。


 一体…莱は…何を描いているんだろう…?


 僕は莱に聞いてみた。


 "なにかいてんの?"


 そしたら莱は意地悪そうに笑って答えてくれた。


「秘密だよ」


 秘密かよ〜。

 こんなに意地悪だったっけ〜?


 こうやって素直に笑えるくらい、僕はもう楽しくてしょうがなかった。

 僕が死んでからの半年間は何だったんだろう?

 もっと早く鉛筆の存在に気付いてればよかった。




 僕と莱が絵を描き始めてから二週間が経ち、絵は形が見えてきた。

 莱の絵も着々と進んでいる。

 でも、まだ何の絵かは分からない。

 気になるな〜…。


 でも、二週間も書いていたため…僕の鉛筆の芯はもうほぼ無い…。


 会話をする事は出来なくなった…。


 それでも莱は、僕の思いが伝わってるかのように描き進めていく。


 …でも…僕は何もする事が出来ない…。


 ただ…黙って莱が描くのを眺めているだけ…。


 正直言って…悔しくてたまらないんだ…。


 弟が描いてるのに兄の僕が描けない…。


 一週間くらい前から感じてた…。


 胸がムカムカする…。


 同じくらい絵が好きで…同じくらい絵が上手くて…違うところは…、



 生きているか死んでいるか…。



 …嬉しかったはずだったのに…今は悔しくてたまらない…。


 …生きてる莱が…憎くてたまらない…!


 好きに描ける莱が…莱が…!!


「お兄ちゃん」

『…っ!』


 急に莱が僕を呼んだ。


「僕が前から描いてる絵ね、あれは…」

「莱〜! ご飯よ〜!」

「あ、はーい」


 運悪く母が莱を呼んで莱は行ってしまった。

 あの絵が何なのか教えてもらえそうだったのに…。

 今この部屋にいるのは僕だけ。

 気付かれる前に戻った気分だ…。


 ………気付かれる前…?


 ……僕は何を思ってたんだろう…?


 莱が憎いだと?


 馬鹿な事言うなよ。


 莱は僕に気付いてくれた。


 泣いて喜んでくれたんだ。


 莱がいてくれたからまた絵が描けるんじゃないか。


 僕は莱に感謝しなくちゃいけない。


 何も憎いことなんてない。



 ……"当然"の事なんだ。

 僕は……"霊"なんだから…。

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