表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ラインイントゥーザスカイ

作者: ケンスケ

「柳瀬様」

 柳瀬が銀行での手続きの最後に印鑑を押そうとした時、女の行員が彼を制した。

「その欄には手書きでのサインで結構です。こちらのペンをお使いください」

「いやあ、使えと言われても」

 差し出されたペンを受け取り、少し困った表情で誓約書にペンを走らせる。書き終えたのを見計らって行員が自分の元に誓約書を引き寄せる。

「ありがとうございます。それでは確認を……」といつも通りの仕事の会話を始めようとしたその時、契約書からカサカサと何かが動いているような音がした。

 不信に思った行員が誓約書を見てみると、

「文字が……」

 思わず言葉を失った。先ほど柳瀬が書いた文字が行員の目の前で浮き上がり、扉の方に向かって飛んでいってしまった。

「こうなっちゃうんでねえ」

 そういうと、柳瀬は行員から誓約書を奪い取り、手慣れた手つきで印鑑を押し、呆然としている行員に「早くしてくださいよ」と催促し、手渡した。


 まったくこの性質ときたら本当に使えない。字を書こうにも書けない。なんでこんな性質になってしまったのか。そう思えたことは今日も含めたびたびあった。

 しかし一度だけ、役に立ったことがある。

 それはビル火災が付近で起こった時である。

 柳瀬は自らの性質に機転をきかせ、巨大な階段を書き上げ、ビルの屋上に避難し、逃げ場を失った人々を救出したのだ。


 それ以来、柳瀬はちょっとした街のヒーローになった。

 街を歩いていると、「おじちゃん!」という声が膝もと辺りで聞こえ、その声の主を探してみると、4歳ほどの子達だろうか。色紙を手に柳瀬を見上げている。

「どうしたんだい?」

 柳瀬は膝を折り、子どもの目線に合わせて言う。

 その時、その子たちからちょっと離れた後方に女性の集団をみつけた。その女性たちは柳瀬を見るなり軽く会釈した。ははあ、どうやらこの子たちの親御さんのようだな。柳瀬も軽く会釈する。

「あのね。うんとね。おじちゃんのサインがほしいの」

 おおかた、お母さんにもらってきてと頼まれたのだろうな。柳瀬はそう解釈し、その子に答える。

「ごめんね。おじさん、事情があってサインができないんだ。でもそのかわりに……」

 そういうと、柳瀬は持っていた鞄から色鉛筆を取り出した。子どもから色紙を受け取ると赤、青、緑と色鉛筆で様々な模様を書いていった。

 やがてその模様は浮かびあがり、空へ飛んでいく。それでも気にせず、また別の色、今度は桃色、黄色、水色でまた模様を書いていく。そしてまた浮かび上がり、飛んでいく。

 色とりどりの線や丸や三角、四角……。子どもたちは空へ飛んでいくそれらを見上げ、あるいはただただその美しさに見とれ、あるいはそれを捕まえようと手を伸ばし、それぞれが目の前に映る光景にのめりこんだ。

 柳瀬も書き続けた手をいっとき止め、空に浮かぶ自分の線を眺めた。

 

 まったく、この性質ときたら……。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ