双子のパラドックス ~天野ほむら~の場合
「あおいくーん」
私は私立小田原工業高等学校普通科の一年生で幼なじみの神楽坂碧君と付き合っているのです。
「おい、こんなところで抱きつくな!」
「いいじゃん」
「周りが引くだろ」
「付き合っているのに...」
「仕方なく、だ」
「でも付き合っているんでしょ?」
「認めるから離れてくれ」
「絶対に離さないからね」
「あそこに猫が!」
「え、どこどこ」
「じゃ、またあとでな」
「騙したな」
「騙しあいも愛のうちだよ」
今日もいつもと同じく碧君に逃げられてしまった。私が彼と付き合い始めたのは中学の頃だった。
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私が中学生の頃ある出来事があった。その日は朝から雨が降っていて、帰る頃には五月晴れのような天気だった。家に着く直前、私はある人に声をかけられた。
「ねぇ、君。君ってば」
「私に何か?」
「この土地って誰のもの?」
「私の家のですけど」
話しかけてきた女性は私の家の向かいの空き地に立っていた。
「ここに小屋があるでしょ?そこに入ったことある?」
「絶対に入るなって言われてます」
「入ってみたくない?」
「別に私は......」
「そんなこと言わないで」
そう言って、私の手をとった。
「ちょっと、困ります」
「いいじゃない、別に」
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私はその女性に連れられて小屋の前に来た。
「暗号ね」
「暗号?」
「そう。自然定数の六倍って書いてあるからπεριφέρεια(ペリフェレイア)ね」
「パリフェレイア?何ですかそれは」
「神に近い数字、円周率だよ」
「暗号の答えは?」
「この式だと......2の三乗?」
「8ですか?」
「そう、みたいね」
文字盤にπと8を示すと扉が軽そうに開いた。銀行の金庫のような厚い扉が浮いているように動いた。
「さあ、調査よ、調査」
「調査って、私もですか?」
「当たり前でしょ。この土地の持ち主なんだし」
「ただの小屋ですけど」
「いいえ。ここは古代文明の中枢、未来科学の最先端だからね」
私がそこですべてを知ったとき、あることをお願いされた。
「あなたと同じ人が学校にいるそうだけど」
「たぶん、神楽坂?」
「そうかもね。私には誰がリーダーになるかはわからない。それは君たちが知っているわ」
「君たちって......」
「その、神楽坂って子によろしくね」
「は、はい」
それを聞いた女性は立ち上がってどこかへ行ってしまった。
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次の日、私は初めて神楽坂に話しかけた。外では雨が降っていた。
「碧君?」
「な、なに?話しかける何て......」
「ちょっと話しがしたくて、さ」
「僕と話してもつまらないよ」
「そんなこと言わないでよ」
「人と話すのは苦手だから」
「碧君って超能力、信じる?」
「科学的根拠のない事は信じない」
「根拠があったら?」
「その時は信じるしかないね」
「そう」
雨が止み、曇り空のしたで木々が輝いた時、神楽坂との話が終わった。
神楽坂は勉強ができる人で顔も良いのだが、性格がいまいちだった。あの頃と今では性格がだいぶ変わったけど、あの頃は自信がなかったのだろう。
そして私は背が小さく小柄であまり目立たない人だった。そのせいで性格的にも落ち着いた感じになっていた。
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それから、私はいろんな人に同じような質問をしていた。他にも私と同じ存在の人がいるのではないかと思ったからだ。
「天野さん。ちょっと」
「何ですか先生」
「最近、いろんな人に質問してるそうだな」
「はい。超能力についてちょっと......」
「超能力か。今はすべて科学的に解決できるからな」
「ダメですか?」
「別にダメじゃないが......止めといた方が良いぞ」
「そうですか......」
そんな注意を受けたけれども、私は聞き込みをやめなかった。後で神楽坂に聞いたらこの時、神楽坂も先生と話をしてたそうだ。
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「神楽坂」
「何ですか先生」
「おまえ、天野と仲良いんだよな?」
「別に普通だと思いますけど」
「そうか?あいつ、最近変わったけどしっかり支えてやれよ。よろしくな」
「だからそんなに仲良くないです」
「おまえ以外に誰がいるんだ?」
「でも......」
「よろしくな」
確か、こんなことを話しかけて来たそうだ。
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それから何日かしてカエルの鳴き声からセミの鳴き声に変わる時、再びあの女性にあった。彼女は銃で撃たれたような傷を負っていた。
「久しぶりね。仲間は見つかった?」
「いいえ、まだです」
「そう、私はもう長くない。今、組織の奴らに追われてる」
「組織って何ですか」
「人類の神である君たちの復活を阻止する奴らが作った、秘密結社。イルミナティやフリーメイソンなどの秘密結社の上層組織でもある。」
「そんなところが何故あなたに......」
「そんなことより、神楽坂君?その人は同じだった?」
「は、はい」
「じゃ、ここに呼んで。早く」
「はい」
私は神楽坂に携帯で電話をかけた。しかしかからない。電波が悪いのかと思ったが自力で見つけることにした。その日は土曜日の朝。神楽坂は土曜日午後から大学で講義を受けていて、いつも朝から駅にいて電車を待っていた。私は神楽坂がまだ駅にいることを願って走った。家から歩いて十分程なので走って半分程だった。
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駅に着くと多くの人が改札口に溢れていた。どうやら電車が止まってしまったようだ。神楽坂を探しているとすぐに見つかった。
「碧君」
「天野さん。どうしてここに」
「ちょっときて。携帯にかけても繋がらないから走って来たんだから。」
「やっぱり電話もか。で、どこに行くの?」
「早く!」
そう言って私は、碧君の手を取って走り出した。
「やっぱり誰がサーバーをハッキングしている。」
碧君がぶつぶつ言ってるけど、私は構わず走り続けた。
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「連れて来ました。」
「ありがとう。改めて自己紹介をするわ。私は瑠璃川結衣。一応科学者。」
「瑠璃川ってあの瑠璃川教授の......」
「あの人は私の夫だったわ」
「何故碧君を呼んだの?」
「君たちに話があるの。あの小屋の中に量子コンピューターを作ったわ。今はロックをかけてあるけど時が来たら解除しなさい。今、ちょうど私の娘がハッキングですべてのOSを管理下に置こうとしている。娘に会ったらよろしくね。詳しいことは小屋のコード666に入ってる。君たちはこの先、組織の奴らに追われるかもしれない。その時は二人で協力して助け合いなさい。神楽坂君には初対面なのにこんな話で悪かったわ」
「そんなこと言われても、僕には......」
「あなたは人類の希望。アトランティスの新しいリーダーなのよ。これくらいの事、簡単でしょう」
そこに一発の銃声が聞こえた。アスファルトの道路が弾け飛んでいた。
「もう時間がないわ。逃げなさい。私がここで時間を稼ぐから」
「結衣さん。また会えますよね?」
「ほむらさん。明るく生きなさい」
「天野さん、逃げよう」
「でも」
そして彼は私を抱えるようにして、その場から離れた。結衣さんはその後でどうなったかわからない。残っていたのは、黒く固まった血痕と13個の宝石の付いた髪飾りだった。
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その日から私と碧君は付き合うことになったけれども、逃げ続けることしかできなかった。私は明るい性格になり、碧君も変わった。そして今。
「結衣さんが残した髪飾り、未来に渡すべきかな?」
「たぶんその方が良いと思うよ」
「何で今日抱きついて来たんだ?」
「ちょっと、昔を思い出してね」
「昔か、あの人がいなかったら今ごろは、大変なことになっているかもな」
「今、どこにいるのかな?」
「いるさ。きっとどこかに」
「また私たちを驚かせてくれるかな?」
「いまだに驚かせて来るよ、あの人は」
「そうね」
その日も朝から雨が降っていて、碧君と話す頃には五月晴れのような空になっていた。