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第八話 旅立ち

金太郎は実の両親の霊と出会い

色々聞かされ、

頼光の家来になることを

決意します。

足柄の里にも別れを告げることに

なります。


翌日、清久の屋敷の広間で

金太郎の元服の儀が執り行われた。

元服の儀には烏帽子親となった頼光、

家来たち、安子、清久一家、伝助一家が

立ち会った。

金太郎は安子が作った中縹色なかはなだいろ

直垂に袖を通し、腰には義家の形見である刀と短刀を

差し、髪は髷を結わえられた。

烏帽子親となった頼光が金太郎の頭に

烏帽子を乗せ、顎紐が結ばれると

金太郎は凛々しい武士の姿になった。

頼光は自身が認めた書状を金太郎に見せた。

書状には筆太で金時と書かれていた。

「よいか、今日からそなたは

金太郎改め酒田金時だ。

金時の時は、お前の父方の祖父

酒田時行からとった。

時行どのは酒田の地を開拓し、

世の為人の為に尽力したお方だと

安子どのから聞いた。

金時よ、そなたも祖父上、父上のように

世の為人の為に役立てるように。

都で色々なことを学び、

いずれは酒田に戻り領主になるように」

「はい、頼光さま。

必ず領主になり、酒田家を再興してみせます」

安子は亡き父義家と重ねながら、

同時に両親が生きていたら

どれだけ喜んでいただろうと

頼光の正式な家来となった金太郎改め金時の姿を

見ていた。

「金時、おめでとう。

亡き父上さまとよく似ていますよ。

都に上がっても武芸と学問に精進し、

頼光さまの力となること。

酒田の領主になり、多くの人々に

愛され尊敬される人になってください。

頼光さま、兄上、義姉上、金時。

わたくしは金時と共に酒田の地に行き、

そのまま酒田に住もうと思います」

安子の言葉に皆驚いた。

彼女は語り続けた。

「昨夜、金時の両親とわたくしの夫の霊が

姿を現しました。

三人は金時が都に上がる際、酒田を通るから

お前も頼光さまと金時と共に酒田まで行き、

金時の両親とわたくしの夫と娘の墓所に訪れるようにと。

酒田を守る金時の遠戚の者に会うようにと。

そして、酒田に住みながら菩提を弔うようにと。

わたくしは迷いましたが、

酒田で菩提を弔いながら暮らそうと決めました。

突然このようなことを言って

大変申し訳ございません。

兄上、義姉上、伝助さん、おゆきさん

沢山の方々には大変お世話になりました。

わたくしの我が儘をお許しください」

清久が口を開いた。

「安子よ、十三年のあいだ金時さまを

守り立派に育てた。

金時さまの乳母ではなく、父として母としての

役目を務めた。

何も遠慮することはない、酒田に行くがよい」

「兄上、ありがとうございます」

「母上、酒田まで一緒に行きましょう。

わたしは知らないのです。

本当の故郷のことを。

ようやく行くことが出来て嬉しいというより

不思議な気分です」

金時たちの様子を見ていた頼光が話した。

「今朝方、金時と安子どののことを手紙に書き、

酒田の領主に送った。

今頃、届いていることだろう。

そろそろ出立しよう」


出発の直前、報せを聞きつけた

里の住民たちが金時を見送るために

屋敷の前にやってきた。

住民たちは武士の金時の姿に釘付けになった。

あの時の乳飲み子がたくましく成長しただけでなく、

実は武家の血をひき頼光の家来となったのだから。

金時と安子は清久一家、伝助一家、

里の住民たちにお礼を述べ、

頼光一行と共に足柄の里を出立した。

「義伯父上、義伯母上、

里の者たちよさらばじゃ。

達者で」

金時と安子は清久一家、伝助一家、

里の住民に別れを告げ一礼し、酒田に向かった。

大勢の人々に見送られながら。


金時たちが足柄峠に差し掛かった時だった。

昨日出会った熊の親子が姿を現した。

一行は驚いたが、金時は動じなかった。

母熊も金時の立派な姿に

ただならぬものを感じたが動じなかった。

金時は頼光に待ってもらった。

「熊よ、わたしは頼光さまの家来になり

都に上ることになり、母上は酒田に帰ることになった。

足柄の里の人々ともお別れをした。

里に困ったことがあったら助けてほしい。

お前ともお別れだ、元気で暮らせよ。

さらばじゃ」

金時の思いが通じたのか母熊は頭を縦に振った。

一行は酒田に向けて再び出発した。

熊の親子は頼光一行の後ろ姿が見えなくなるまで見送った。

市女笠に壺装束の安子は足柄峠を登りながら、

乳飲み子だった金時を抱きながら暗闇の峠道を

歩いた日のことを思い出していた。

あの時の道を頼光の家来となった金時と歩き、

再び酒田に向かうことになろうとは

想像できなかった。

険しい峠道を登り下りし、

酒田の入口に差し掛かった時だった。

関所のところで五人の武士が一行を出迎えた。

中央にいた武士が口を開いた。

「源頼光さまでしょうか」

「左様じゃ」

「隣にいるのが、金時どのと安子どのですか」

金時と安子は返事をした。

「わたくしは笹倉時家と申します。

金時どのにとっては遠戚にあたるものです。

十二年前、あの焼き討ちで義家どのや領民たちが殺され、

金時どのが行方不明となり、気にかけていましたが、

どこかで誰かに守られ生きていると信じていました。

先程、頼光さまから届いた手紙で

金時どのが足柄の里でで生きていると知り、

驚き喜びました。

わたくしの屋敷に案内しますので、

そこで休息をおとりになってください」

時家は頼光一行を屋敷に案内した。

馬上の頼光が金時に言った。

「金時、いよいよ入るぞ。

そなたの本当の故郷、駿河国酒田の地へ」

金時は初めて酒田の地に足を踏み入れた。

十二年前、焼き討ちに遭った酒田の地は

再建されて、領民たちは農作業などに

勤しんでいた。

一行は時家の屋敷内に入っていった。

屋敷では時家の妻子、家来たちが温かく出迎えた。

休息を取りながら、金時と安子は時家に

足柄の里で過ごした十三年間のことをすべて話し、

時家は金時が行方不明になったあとの酒田のことを

話した。

「金時どのがいなくなったあと、

兼家どのは金時どのを捜し出し殺そうとしましたが

見つけだすことは出来ませんでした。

亡きご両親と安子どのの思いが

御仏さまに通じ、お守りしたのでしょう。

金時どのを見つけ出せなかった兼家どのは

酒田家の実権を握りましたが、

領民たちを奴隷のように扱き使い、

高い年貢を取り立てていき、

領民たちの生活は苦しくなっていく一方でした。

そのうえ他の豪族の領地を奪い我が物にし、

無理やり服従させていました。

わたくしも例外ではありませんでした。

兼家どのの横暴が許せなくなり、

他の豪族と結託し、兼家どのと一族を倒し、

義家どのが生きていた時の、

皆が穏やかに暮らせる酒田を取り戻そうと

決意し、領主になりました。

領主になったあとも、

金時どののことを気にかけない日は

ありませんでした。

この空の下のどこかで生きている、

名を変えてでも生きていると信じていました。

今日、こうして金時どのと安子どのと

会えて嬉しかった。

これも御仏さまの思し召しなのだと。

金時どのは頼光さまの家来となって

都に上るそうですね。

都にいる間は、わたくしが責任を持って

酒田を守り、安子どのの生活の保障をすることを

約束致します。

都から戻ったら、必ず酒田の領主になり

酒田家を再興してください。

金時どの、安子どの、

しばらくしたら寿徳院に訪れてください。

金時どのの両親、安子どのの夫と娘が待っております」

「時家どの、色々話してくださり

ありがとうございます」

金時は時家に深く頭を下げた。


金時と安子、時家一家、頼光たちは

寿徳院を訪れ義家と良子の墓所、

安子の夫と娘が眠る墓をお参りした。

墓前に手を合わせながら金時と安子は

心の中で家族に語りかけた。

『父上、母上やっとこの日がきました。

こうして手を合わせる日が。

わたしは頼光さまの家来となって都に上ります。

都で色々なことを学んだのち酒田に戻って

領主になり酒田家を再興してみせます』


『殿さま、奥方さま、あなた、娘よ。

戻ってきました酒田の地に。

こうして墓前に手を合わせることが出来ました。

殿さまと奥方さまから託された若様は

頼光さまの正式な家来になり

武士の仲間入りをしました。

あの時の約束を果たせて嬉しゅうございます。

これからも若様のことを見守ってください。

わたくしも酒田で若様のことをお祈りします。

あなた、娘よ。

これからわたくしはふたりの傍にいますよ』

手を合わせるふたりの頬を一筋の涙が伝っていた。


酒田を発つ直前、頼光の計らいで金時と安子の

語らいの時間を設けた。

「金時、都に行っても身体を大切に。

何度も言うが、都で学んだのちは酒田に戻って

領主になり、世の為人の為に役立ち

愛される人になって下さい。

あぁ、そうだった

お前に渡したいものがある」

安子は葛籠の中から着物と櫛、鏡を出した。

そして寿徳院の和尚から金時に渡すようにと

言われた木製の阿弥陀如来像を

金時の前に差し出した

「これは金時の実の母上さまの愛用の品です。

お前と実の母上さまとをつなぐ貴重な品です。

お前の手元に置いて下さい。

お前に相応しい女性と結婚したら

その女性にこの品々をあげてください。

この阿弥陀如来像は寿徳院の和尚さまから

金時に渡すようと言われました。

この阿弥陀さまは金時のことを守ってくれる

ことでしょう。

都に行っても拝むように」

「ありがとうございます母上。

わたしからも渡したい物があります」

金時が縁側に出て、ある物を取りに行った。

安子の元に戻ってきた金時が手にしたもの

それは足柄の里で暮らしていた時に使っていた

鉞だった。

「母上、もう少し立派な物を用意したかったのですが

これしかありませんでした。

この鉞をわたしと思って下さい。

母上、わたしを育てて下さりありがとうございました。

わたしにとって命を守り育ててくれた

もうひとりの母上いえ大恩人です。

わたしが酒田に戻ったら一緒に暮らしましょう」

金時は安子の前に手をつき礼をした。

安子は一礼した金時を抱きしめた。

「わたくしの方こそ、礼を言わねばなりません。

血の繋がりのないわたくしを母と慕ってくれて

ありがとう・・金時・・。

血の繋がりはなくとも、金時はわたくしにとって我が息子です」

「母上・・」

ひしと抱き合うふたりの目には一筋の涙が伝っていた。

いよいよ出立の時が来た。

屋敷に面した通りには行方が分からなかった

義家の嫡男が生きていたと知った領民たちが

金時の姿を一目見たくて沢山集まった。

直垂姿の金時が門を出ると領民たちから

どよめきが上がった。

金時の姿は亡き義家によく似ていたからだ。

「母上、行って参ります。

時家さま、母上のことをよろしくお願いします」と

金時は安子と時家に挨拶した。

「都に行っても、時々手紙を下さいね。

頼光さま、ご家来の皆さま。

金時のことをよろしくお願い致します」

安子は頼光たちに深々と頭を下げた。

「心配なさるな。

金時のことは儂が責任を持って面倒を見る。

金時は将来の酒田の領主だからな。

では出立致すか、金時」

「はい、頼光さま。

母上、時家さま、皆の者。

わたしは立派な武士になって酒田に必ず戻ってきます」

金時は無償の愛情を注いでくれた安子への感謝を胸に

酒田を後にした。

安子は金時と初めて出会った時から今までのことを

思い出しながら、

一行の後ろ姿が見えなくなるまで見送った。

金時の後ろ姿はより大きく立派に感じた。


安子は義家の嫡男金時を命がけで守った

賢母・大恩人として笹倉家の手厚い保護を受けた。

安子は時家が建てた屋敷に住み

夫と娘、金時の両親の菩提を弔い

金時のことを祈った。

屋敷の近くに小さな畑を持ち、野菜や芋を作ったり、

酒田に住む子供たちに読み書きを教えた。

また酒田家の屋敷で一緒に働いていた

かつての使用人仲間とも再会を果たし喜んだ。

領民たちは安子に尊敬の念を寄せたが、

安子は十三年間、足柄の里で金時を守り育てたことを

鼻にかけるようなことはしなかった。

三十六歳になった安子の酒田での生活が再び始まった。


第九話につづく



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