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第七話 再会

育ての母安子から出生の事実を

聞かされた金太郎は

果たしてどんな決断をするのでしょうか?

その頃、金太郎は灯りのない家の中で

倒れたまま泣き続けていた。

先程の激しい嗚咽はなかった。

自分の出生の事実を知った衝撃、

足柄の里で育ての母と一緒に住むことも

許されない絶望感で、

心は悲しみでいっぱいだった。

その時、真っ暗な家の中が明るくなり

暖かな空気が金太郎を優しく包み込んだ。

「金太郎・・金太郎・・」と

彼を呼ぶ女性の声が聞こえてきた。

「金太郎、起きなさい」

続いて男性の声で彼を呼ぶ声が聞こえてきた。

金太郎が起き上がると驚いた。

直垂姿の男性と小袖と打掛姿の女性が座っていた。

「誰だ、おらの名前をなぜ知っているんだ」

「金太郎、久しぶりだね。

けれどお前は覚えていないだろう。

お前が産まれてまもなく

私たちはお前と別れることに

なってしまったのだから」

「誰なんだお前らは。

高貴な身分なら名を名乗れ」

「そうだった名乗らねばいけないね。

わたくしは酒田義家。

お前の実の父、隣にいるのはお前の実の母良子です」

金太郎は驚いた。

亡くなったはずの実の両親が自分の目の前に

いるのだから。

だが金太郎はふたりを疑いの目で見た。

「嘘だろう・・おらの両親は産まれてまもなく

亡くなったんだ。

どうして初めて会うのにおらと分かるんだ」

「えぇ、私たちは知っていますよ。

育ての母安子から沢山の愛情を受けて、

足柄の里で育ったことを。

大猪と格闘した時に負った右足の怪我のこと。

頼光さまがお前を家来に召し抱えようとしていることを。

金太郎、今日はお前に会うために

御仏さまのお許しをいただき、ここへ来たのです。

短い間ですが、お前と一緒にいますよ」

良子は優しい眼差しで金太郎を見つめていた。

「本当に・・おらの両親なの」

金太郎の問いにふたりは頷いた。

「じゃあどうして・・おっ父とおっ母は

おらを独りぼっちにしたの。

おっ母がおらさえ身籠らなければ

死なずに済んだのに・・

おらがおっ母を死なせたようなものだ・・。

おらが産まれた所為で・・」

良子は涙ながらに話す金太郎の両手を握った。

「金太郎、お前は悪い子ではありません。

私たちの血をひき、

育ての母安子から沢山の愛情を受けた

強く賢く心優しい子です。

お前を置いていくことは辛かったけれど、

酒田の血を引くお前の命を守るために

わたくしがお前と安子を引き合わせたのです」

「おっ母が引き合わせた、

おらを育ててくれたもうひとりのおっ母と・・」

良子はゆっくり頷いた。

「安子が金太郎の乳母を務めてくれると

聞いた時は嬉しかった。

これで金太郎の命は助かると。

けれど安心したのも束の間、

思わぬかたちでお前と永遠の別れをすることになろうとは。

わたくしの叔父が、酒田の地を襲ったのだ。

わたくしは、お前を死なせたくなかったから

安子に金太郎を託し、足柄の里へ脱出させたのだ。

安子は金太郎に乳を与えながら・・」

「おらに乳を与えながら逃げたの、

もうひとりのおっ母が・・」

「えぇ、そうです。

松明も持たず、寒さと恐怖に耐えながら

金太郎を抱きかかえる安子を守るために

母上は足柄の里に着くまでの間、

金太郎と安子のそばにいたのです。

ふたりが足柄の里に着いた時は

安心しました」

「しかし金太郎と安子を酒田に連れて帰る

ことが出来なかった時は、

ふたりに申し訳ないことをしたと思った。

わたくしがあの焼き討ちで命を落としたために。

金太郎、お前に辛酸をなめさせてしまった

両親を許してほしい」

義家は金太郎に詫びた。

金太郎は涙ながらに語った。

「おっ父、おっ母。

おらは確かに他の子のように

おっ父のいない寂しい思いを味わったし、

本当のことを知って辛かったけど、

もうひとりのおっ母や、

伯父上と義伯母上、里の人々に助けられて

ここまで頑張って生きてきた。

ただ幸せだった。

おっ父とおっ母を恨んでなんかいない。

おらを産んでくれて、

愛してくれてありがとう。

もうひとりのおっ母と一緒にしてくれて

ありがとう」

義家は金太郎を抱きしめた。

「おっ父・・あぁ・・」

今まで父に頼ることも甘えることも出来なかった

金太郎は父の胸の中で泣いた。

父親と過ごすことが出来なかった

空白を埋め合わせるかのように義家の胸の中で

泣いた。

義家に代わって良子が金太郎を抱きしめた。

良子の甘い香りに酔いしれながら

金太郎は良子の胸に委ねた。

「こうして抱きしめてあげるから・・

甘えていいのよ・・金太郎・・」

「本当のおっ母・・甘えていいんだね・・

今日だけ・・」

金太郎はしばらくの間、母の胸に抱かれていた。


どれくらいの時間が経ったのか、

義家が口を開いた。

「金太郎、父上と母上は御仏さまの

元に帰らねばならないのだよ」

「えっ、もう帰るの。もう少しそばにいて」

「金太郎、父上と母上はいつまでも

お前のそばにいることはできません。

お前は武家の血を引く子。

頼光さまの家来となって都に上り、

色々なことを学んだら再び酒田に戻り、

酒田の領主になってほしいのです。

お前が領主になることは一度は潰えた

酒田家の再興を意味するのです。

そして、お前に相応しい女性と結婚をして

息子がふたり授かったら、

長男は、お前の跡を継がせ、

次男は足柄の里の領主にしてほしいのです。

金太郎、約束してくれますか。

武士になり酒田家を再興してくれると」

「でも酒田の地は兼家さまの手に落ちて・・」

「えぇ確かに。

酒田の地は兼家さまの手に落ちましたが、

三年前に兼家さまとその一族は、

戦で殺されたり自害し滅び去りました。

お前の命を脅かす者はひとりもいません。

今、酒田の地は別の豪族が守っています。

そのお方は私たちの遠戚にあたる方で

金太郎のことを案じております。

都に行く時は、必ず酒田の領地を通りますから、

そのお方に会ってくださいね。

そして、寿徳院というお寺にも訪れてください」

「寿徳院・・」

「私たちの墓所があるところです。

お前が訪れるのを心待ちにしております」

その時、金太郎は三年前

安子に父の墓所のことで詰め寄ったことを

思い出した。

ようやく実の両親が眠る墓所に行けることが叶うのだ。

金太郎の心は嬉しいというより

何とも言えない気分だった。

神妙な面持ちの金太郎を見た義家が口を開いた。

「金太郎、お前に渡したいものがある。

両手を差し出しなさい」

義家は腰に差していた刀と短刀を

金太郎に手渡した。

「これをお前に授けよう。

この刀と短刀はお前を守り助けてくれるだろう。

金太郎、この刀と短刀をどんなことがあっても

手放してはならぬぞ」

刀と短刀を生まれて初めて手にした

金太郎の身体中に何ともいえない力が

漲っていく気がした。

「おっ父・・おっ母・・おらに出来るだろうか・・」

金太郎は不安げな表情で聞いた。

「出来るとも。

酒田家の血を引く強く心優しく賢い

お前が出来ないはずがない。

失敗を恐れずに勇気を持って生きるのだ。

父上と母上は見守っているぞ、

さらばじゃ金太郎。

足柄の里の人々への感謝の気持ちを忘れないように」

義家と良子は柔らかな光に溶け込むように

消えていき、明るかった室内は再び闇に包まれた。

金太郎は刀と短刀を握ったまま

暗闇の中で茫然としていた。


それから間もなく安子が食事を持って

帰宅した。

「金太郎、お腹空いたでしょう、

食事をもってきたわ。

まぁこんな暗いところにいて」

安子が蝋燭に火をつけると

金太郎の手に刀と短刀が握られていることに

気づいた。

「金太郎、この刀と短刀はどうしたの」

「おっ母・・。今、本当の両親が現れて

おらにこれをくれたんだ。

そして、武士になって酒田家を再興してほしいと」

「金太郎・・」

金太郎は安子に不思議な出来事をすべて話した。

そして、

「おっ母、おらは武士になる!

都で沢山学んで、酒田に戻り領主になって

世の為人の為の役立つ人になる!

必ず、おっ母を酒田に呼び寄せて一緒に暮らしたい。

いいでしょう」

「金太郎、よく決意しましたね。

父上さまのように立派な武士になるのです。

それが亡き両親の供養となるでしょう。

血の繋がりのない、わたくしのことを

案じるとは」

安子は金太郎の言葉に嬉し涙を流した。

「おっ母、今すぐ頼光さまに会って家来になることを

伝えたい」

「わかりました。食事を済ませてから会いに行きましょう」


食事を済ませた後、

ふたりは再び清久の屋敷に向かった。

金太郎の手には刀と短刀、

安子の手には葛籠を持っていた。

ふたりは広間で頼光と再び対面した。

金太郎が口を開いた。

「頼光さま、おらを家来にしてください」

彼の言葉に頼光の心は躍った。

「まことか、儂の家来になってくれるか」

金太郎はあの不思議な出来事と自身の決意の旨を

話した。

頼光は喜びながら、こう話した。

「そなたを明日から正式に家来として召し抱えよう。

同時に元服の儀を執り行い、そなたの烏帽子親となろう。

そうそう笹倉どのにも手紙を書き

朝一番に家来に届けさせるようにしよう」

頼光の言葉に金太郎と安子は穏やかな笑みを

見せながら礼をした。

その場にいた初子が口を開いた。

「金太郎が元服するのは良いが、衣装が」

「義姉上、ちゃんと衣装は用意してあります」

安子は葛籠を開け、二着の直垂ひだたれを出した。

「これは、昨年の暮れに安子に分けた着物地。

着物地はこの為に」

「はい、金太郎が武士になることを

希いながら作ったのです」

「おらの為に作ったの、嬉しい」

「金太郎、明日の元服の儀にはこの直垂を着なさい。

とてもよく似合うと思います」

金太郎は直垂を手にし、心が引き締まる思いだった。


その夜、金太郎と安子は親子で過ごす

最後の夜を清久の屋敷で過ごすことにした。

ふたりが眠りについたころ、

安子を呼ぶ声が聞こえてきた。

彼女が目を覚ますと、

義家と良子、夫道直が座っていた。

「殿さま、奥方さま、あなた。

お久しゅうございます」

「安子、金太郎をここまで立派に育ててくれて

本当にありがとう。

色々ありましたが、よく頑張りましたね」

「奥方さま」

義家が口を開いた。

「安子、今日はお前に話したいことがあって来た。

安子よ、金太郎と共に足柄の里を出て

酒田に帰らないか」

義家の言葉に安子は驚いた。

「酒田へ帰ると・・」

「そうじゃ。お前は足柄の里で金太郎を

育ててきた時も、夫と娘のこと酒田のことを

忘れたことは一時ひとときもなかっただろう。

酒田に住めないだけでなく

夫と娘の菩提を弔うことも出来ないとは辛いことではないか」

「殿さま」

「安子よ、酒田は平和を取り戻し、

金太郎の命を狙う者は完全に滅び去った。

安心して酒田へ帰っておいで。

寿徳院にも参拝しておくれ、

私たち夫婦とお前の夫と娘が眠る墓所へ」

道直が口を開いた。

「安子よ、お前が酒田に戻るのを心待ちにしているぞ。

悲しみに耐え金太郎さまを守り育てたね。

ご苦労だった」

「あなた・・」

すべてを伝え終えた三人は安子の前から

姿を消した。

三人の言葉を聞いた安子の頬を涙が伝っていた。

夫と娘、金太郎の実の両親の菩提を

酒田で弔いたくてもそれが出来なかったが、

ようやく出来るのだ。

もう酒田で暮らすことは無理だと思っていたが

それが再び出来る、安子の心に迷いはなかった。

「帰っていいのですね、酒田の地へ。

亡き夫と娘、金太郎と一時いちじ過ごした

酒田の地へ・・帰って良いのですね・・」


第八話につづく


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