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第二話 脱出

母を生後間もなく亡くした金太郎の

乳母を務めることになった安子。

安子の母乳のおかげで

金太郎の命をつなぎとめることが

出来て安心したのも束の間、

恐ろしい事件が金太郎たちの身に起きました。

義家の言葉に安子は驚き、何が何だか分からなかった。

「殿さま、あなたどうしたのです。

何が起きたのですか」

「焼き討ちにあった、首謀者は

わたしの叔父酒田兼家だ」

「えっ、殿さまの叔父上がなぜ」

「以前から、わたしの叔父とは所領を巡る争いがあったことは、

そなたも聞いたことがあるだろう。

わたしは何とか叔父との争いを避けるために努力してきたが。

それはともかく、確か安子の故郷は足柄の里だそうだな」

「はい」

「済まぬが、金太郎を連れて駿河国を出て

足柄の里に逃げてくれないか」

「足柄の里に・・」

「そうだ、身分を隠して逃げてほしい。

事態が収束したら必ず迎えの者をよこす。

だから駿河国から出るのだ」

「わかりました。

我が身に代えてでも若様をお守りします」

「では安子よ頼んだぞ」

義家は泣き叫ぶ金太郎を見てこう声をかけた。

「しばしの別れだ金太郎。

必ず迎えに行くから、足柄の里で安子と待っていておくれ」

安子が金太郎と共に屋敷内から出ようとした時だった。

「待て安子よ、これを持っていくのだ」

道直が安子にあるものを渡した。

それは安子が道直の元に嫁ぐとき、花嫁道具と一緒に

持って行った足柄明神のお守りだった。

「このお守りが若様と安子を守ってくれる。

私は殿のおそばにつかなければならないが、

落ち着いたら必ず迎えに行く。

絶対、若様を死なせてはならぬぞ」

「はい、約束ですよ」

安子は農婦に成りすまし、

泣き叫ぶ金太郎と必要な荷物を持って屋敷内から出た。

何も知らない乳飲み子の金太郎と安子にとって

これが家族との永遠の別れになろうとは。


屋敷内から出ると領民たちの家も燃え盛っていた。

道には逃げ惑う領民や敵味方の兵が入り乱れ

大混乱となっていた。

安子は泣き叫ぶ金太郎を着物の中に隠し、

人混みをかき分けながら、足柄峠へ向かって走った。

着物に火がつき悲鳴を上げ逃げ惑う人々や

敵兵に殺されゆく領民の姿、

無数の死体が転がっている通りを

安子は金太郎を抱いて走り抜けていった。

その時、義家の叔父兼家らしき叫び声が聞こえた。

「義家の嫡男はどこじゃ。

見つけたらその場で成敗せよ」

その言葉を聞いて戦慄を覚えながらも走り続けた。

そんなことは絶対させない、若様を絶対守って見せる。

その必死な思いを胸に、安子は松明も無く暗闇の街道を

走り続けた。

泣き叫んでいた金太郎は再び眠りについていた。

神様・・どうか若様をお守りください。

恐怖に打ち勝てますように・・足柄の里へ導いて下さい。

そう祈りながら安子は走り続けた。

やがて駿河国を脱出し、相模国に入った。

関所は見張りの者がひとりもいなかった。

足柄峠の入り口にさしかかろうとした時だった。

「安子・・安子・・」

誰かが安子を呼ぶ声が聞こえた。

「誰なの・・」

彼女が辺りを見回すと、金太郎の母良子の霊が立っていた。

「奥方さま・・」

「安子、金太郎を守ってくれてありがとう。

寒かったでしょう、怖かったでしょう。

さぁ、足柄の里に着くまでは、わたしがそばにいます」

「奥方さま・・あぁ・・」

安子の目から涙がこぼれた。

「さぁ、わたしがあなたの杖になります。

先を急ぎましょう」

良子の霊が杖に姿を変えて、安子の手にしっかり握られた。

そのうえ雲に隠れていた月が姿を現し、道を照らした。

「奥方さま、ありがとうございます」

安子が歩き始めようとした時、金太郎が再び泣き出した。

「若様・・お腹を空かせたのですね。

今、乳を与えますよ」

彼女は金太郎に乳を与えながら峠の険しい道を歩き始めたが、

足取りは軽く辛さを感じなかった。

冷たかった空気も暖かく、恐怖が薄らいだ気がした。

これも良子の杖のおかげなのか。

金太郎の体温と乳を飲む口の力が彼女の胸に伝わるだけで

この子と試練を乗り越えているのだという思いが増していった。

同時に金太郎が主君の息子ではなく本当の息子のような

愛おしい存在になっていた。

良子の力に助けられ半分の時間で峠の頂上辺りまで来た。

「安子、この先まっすぐ下ればあなたの故郷、

足柄の里です。

もう少しですよ頑張って・・」

良子の声に励まされ、安子は峠の道を下って行った。

東の空も少し明るくなり始めた。

金太郎も着物の中で小さな寝息をたてて眠っていた。

足柄の里が近づけば近づくほど彼女の足取りは軽くなった。

「若様・・もう少しで着きます。

私の故郷、足柄の里に・・」

安子は眠る金太郎に声をかけながら故郷へ続く道を歩いた。

そして、安子と金太郎は良子の力に助けられながら

足柄の里に着いた。

安子は道直の元に嫁ぐ前は足柄明神の巫女を、

実兄である葛城清久かつらぎきよひさは宮司を務めていた。

足柄の里に訪れていた酒田義家の供をしていた

道直と安子は出会い、ふたりは結婚。

安子は道直と共に駿河国に移り住むことになったが

駿河国に住んで三年後、不運が次々と安子を襲い続け、

こんなかたちで帰郷するとは思ってもみなかった。

安子は兄が住む屋敷の門の前に立ち、叩いた。

「兄上、兄上開けてください。

安子です、助けてください」

屋敷では兄清久が神社に行く支度をしていたが、

何者かが門を叩く音が中にまで届いていた。

清久の妻初子と使用人たちが外に出て門を開けたら、

駿河国にいるはずの安子が乳飲み子を抱え立っていた

ものだから驚いた。

「安子、安子ではありませんか。

一体なぜここに」

「義姉上・・あぁ・・どうか助けてください・・

お願いです・・助けて・・下さい・・」

足柄の里にたどり着いた安心感からか、

不眠不休で歩き続けた疲れなのか安子は

意識を失い、倒れてしまった。

金太郎も異変を感じたのか泣き声をあげた。

「安子、安子・・あなた、あなた来てください」

初子の声、金太郎の泣き声を聞いた清久が門に駆けつけた。

「どうしたのだ初子。誰か来たようだが・・。

これは安子ではないか。それにこの赤子は・・。

とにかくふたりを中へ運ぶのだ」


第三話へつづく



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