最終話 安子の死
金時一家が駿河国酒田へ移り住んで五ヶ月後。
聡子が三人目の子である女児を出産した。
金時と安子は喜び合い、聡子を労った。
産まれた娘を金時が抱き、次に安子が娘を抱いた。
安子は産まれたばかりの娘と幼くして亡くした娘と
重ね合わせながら抱いていくうちに自然と涙がこぼれた。
そして孫娘にこう語りかけた。
「姫や、どうか強く優しい娘になっておくれ。
家族と共に幸せに生きるのですよ。
産まれてきてくれてありがとう」
娘は安子の言葉に反応するように
彼女の親指を握った。
「おぉ、わたくしの指をこうして握っている。
姫は強い子に育ちますよ」
娘の誕生を我が事のように喜ぶ安子に
金時がある質問をした。
「母上、他界した娘の名前は何というのですか」
「遠い昔に亡くなった娘の名は千鶴といった。
鶴は千年の縁起の良さにあやかろうと思ったが
亡くなってしまって。
けれど、亡き金時の母上さまがお前とわたくしを
一緒にしてくれた。
乳飲み子だったお前は今は人の親になったのですね」
「母上、血の繋がりが無くても
わたくしにとってはたったひとりの母です。
感謝しきれません」
「金時・・」
娘は安子の亡き娘の名からとって千鶴姫と名付けられ、
ふたりの兄同様、乳母に頼らず両親の手で育てられた。
金時一家が駿河国に移り住んで八年後。
ふたりの息子は元服し、
父金時と共に行動することが多くなった。
千鶴は父金時の子供の頃を思わせるような
活発な少女に成長した。
ある時は父と一緒に馬に乗りたいと言ったり
弓道をやりたいと言い出しては大人たちを驚かせた。
聡子が「娘がすることではない」と言っても聞かず
金時が聡子と一緒に馬に乗って海の方へ出かけたり、
弓道の手ほどきを教えた。
安子は金時一家に囲まれながら暮らすうちに
家族がひとつ屋根の下で暮らせる幸せをかみしめていた。
同時に自分を母として姑として祖母として慕っていることが
嬉しかった。
ある日の昼下がり
安子は縁側で目を閉じながら昔のことを思い出していた。
夫道直との出会いと結婚、
初めて授かった娘を亡くしたこと
金時の乳母を務めることになったこと、
乳飲み子だった金時を抱いて暗闇の中を相模国へ
走り避難したこと、
実父義家と夫の死を知り
金時の親代わりを務めることを決意した日、
実父のことで感情的になり金時に手をあげたこと、
頼光との出会い、金時が都に上った日のことなど
色々と思い出していた。
「色々なことがあった・・辛酸をなめた日もあったが
楽しいこと嬉しいことも沢山あった。
金時も駿河国の領主を立派に務めながら、
今はもう一つの故郷、相模国足柄の為に力を注いでいる。
亡き両親も喜んでいることだろう。
素晴らしい家族に囲まれ、わたくしは果報者だ」
六十六歳になった安子はそう思いながら
日々を過ごしていた。
だが、この頃から安子の体調が優れないことが
多くなり横たわることが多くなった。
布団の上で金時が都から持ってきた物語本を読んだり、
足柄の里に住む兄からの手紙に目を通したり、
孫娘の千鶴に父金時の子供時代のことを語ったりした。
体調が良くなったら兄夫婦、甥一家に会いに
足柄の里に行こうと前向きな気持ちを持っていたが
ある夜、安子が広間から寝室へ戻ろうとした時
突然、心臓発作を起こし倒れてしまった。
安子の命の灯は消えかかろうとしていた。
彼女のまわりには金時一家、幸家一家、兄清久一家、
伝助一家に家来たち使用人たちが集まり
安子の最期を看取ることになった。
安子は途切れ途切れに別れの挨拶をした。
「皆さまには・・わたくしを・・家族として
扱ってくれたことを・・感謝します・・。
金時・・わたくしを・・母として慕ってくれて・・
ありがとう・・
聡子どの・・孫たちよ・・わたくしを・・
姑として祖母として慕ってくれて・・ありがとう・・」
「義母上さま・・死なないでください。
わたくしは義母上さまに何も親孝行をしていません」
「聡子どの・・その親孝行は・・すでにしています・・。
金時の妻になって・・駿河国へ来て・・住んでくれたこと・・
三人の孫を・・産んで・・くれたことが・・一番の親孝行ですよ・・」
「義母上さま・・」
「わたくしは・・金時の両親と・・
夫と娘の・・いる場所に・・行きましたら・・
こう話します・・。
金時は立派に・・領主を・・務めていると・・
おふたりさまの・・願いは叶ったと・・」
「母上・・そんなことを言わないでください・・」
安子の手を握る金時の目から涙がこぼれ落ちた。
「金時・・わたくしは・・亡くなっても・・
お前たちのことを・・空の上から・・見守っています・・。
お前の実の両親と夫と娘と共に・・」
その三日後、金時の育ての母安子は
静かに息を引き取った。
辛酸をなめながらも金時の親代わりをつとめあげ
金時と共に生きた六十六年の人生だった。
金時は安子の遺骸にとりすがり号泣した。
その後、安子の葬儀は盛大に行われ、
寿徳院へ続く通りには安子を慕う人々が
大勢集まり彼女を見送った。
安子の亡骸は夫道直と娘の墓と
同じ場所に埋葬された。
手を合わせる金時の心は安子に対する
感謝の気持ちでいっぱいだった。
「母上、わたくしをここまで育ててくれて
ありがとうございます。
どうか実の父上と母上と道直どのと共に
わたくしたちのことを見守ってください。
やっと家族と一緒になれますね」
安子の魂は五色の光に抱かれて
極楽へと旅立った。
安子が極楽への道を歩いていると
彼女を呼ぶ声が聞こえてきた。
声のする方に目を向けると
金時の両親、道直が笑顔で待っていた。
金時の実母良子の腕には安子の娘千鶴が抱かれていた。
「殿さま、奥方さま、あなた、千鶴よ。
お久しゅうございます」
「安子、金時を立派に育ててくれてありがとう。
ご苦労であった」
「殿さま・・」
「安子、千鶴を抱いてあげてください」
「あぁ千鶴よ、久々でしたね。
これからは母がこうして
お前のそばにいますよ」
「さぁ安子、殿さまと奥方さまと娘と共に
極楽へ参ろう。
色々聞かせてほしい金時さまと過ごした日々を」
「はい、色々お話したいことが数多あります。
何から話せばよいのでしょう」
「まずは安子と金時が駿河国に着いた時からのことを
話してほしいのだ。
良子がなかなか話してくれないものでな」
「はい、殿さま。そこからお話しましょう」
安子は義家たちと共に極楽へ旅立った。
金時は六十歳で亡くなるまで、
酒田家の当主、領主として
住みよい酒田を造るため民の為に尽力した。
長男幸綱は金時亡き後は酒田の領主に
次男信綱は相模国足柄の領主となり
共に愛され尊敬される人になった。
一人娘の千鶴姫は甲斐国の豪族の妻となり
子宝に恵まれ幸せな日々を送っている。
三人の子供の母、聡子は金時の妻として
子供たちの行く末を見守り
金時亡き後は得度を受け、香春院と名乗り
金時、金時の両親、安子の菩提を弔いながら
幸綱の一家と平穏な日々を過ごし
七十二歳の生涯を駿河国で閉じた。
金時の三人の子供たちの住む屋敷には
父金時の木像と育ての母安子の木像が
安置してある。
幼くして両親を亡くし、国を追われるという
辛酸をなめた金時、
その金時を命がけで守った安子のことを
後世に語り継ぐために幸綱が
彫り物師に命じて作らせたものだ。
金時の一族は、このふたりの苦労があったからこそ
今のわたしたちがあるのだということを家族や
領民たちに語り伝えた。
酒田金時と育ての母安子の強く優しい思いは
ふたりが死してなお、一族や領民たちの心の中に生き続けるのだった。
- 完 -




