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第十話 再び駿河国へ

金時の妻となり彼の愛情に抱かれて

過ごす身の上となった聡子。

心から愛してくれる金時と日々を送ることは

彼女にとって初めて味わう幸福である。


金時と聡子が結婚して半年。

聡子は金時との初めての子を身籠り、

ふたりは喜び合った。

聡子は金時にこう言った。

「必ず元気な子を産みます。

金時さまに頼みがございます」

「ほう頼みとは」

「産まれてくる子供は乳母に頼らず

自分の手で育てたいのです」

聡子が実母良子と同じ頼みをしたことに驚き、

不安を覚えた。

良子は義家に、その頼みをしたあとに

自分を産みおとし他界したからだ。

「あの、駄目でしょうか」

「いや、なぜ自分の手で育てたいと

思ったのだ」

「わたくしは幼くして両親を亡くし、

両親の愛情を知らずに生きてきました。

産まれてくる子供には

わたくしと同じ思いを味わうようなことは

させたくありません。

わたくしの頼みを聞いてくれますか」

金時は聡子の言葉にはっとした。

あぁそうだった、自分も聡子も幼い時に

両親と死に別れ、愛情を知らずに生きてきた。

幸い、わたしには安子という親代わりが

そばにいて乳を与え、無償の愛情を注いでくれたから

ここまで大きくなり頼光の家来となった。

今度は自分たちが人の親になる立場となった。

産まれてくる子供には親の愛情に飢えさせるような

ことをさせてはならない。

温かい家庭の中なかで子供を守り愛し育てていこう。

それが出来るのはわたしたち夫婦だけなのだと

金時は思った。

「わかった。

わたしたち夫婦、力を合わせて子供を育てていこう」

十ヶ月が経ち、聡子が産気づき腹痛を訴えた。

屋敷には産婆と医師が駆けつけたり

使用人たちが湯を沸かしたり、祝いの準備でごった返している。

頼光も知らせを聞きつけ屋敷にやって来た。

金時は子供が無事に産まれてくるようにと

安子がくれた阿弥陀如来像に手を合わせ祈っていた。

「大丈夫だ金時。

御仏さまとお互いの両親が見守ってくれる」と

聡子と子供のことを案じる金時を励ました。

一方、聡子は産婆や医師たちに励まされながら

出産に臨んでいた。

何としてでも金時さまの子供を産みたい、

自分たちの手で育てたい。

その願いを胸に安子は最後の力を振り絞り・・。

やがて屋敷中に元気な産声が響いた。

使用人のひとりが金時の許にやって来た。

「奥方さまが男児を産みました」

「そうか、して聡子は」

「奥方さまは薬湯を飲まれて休んでおります」

金時と頼光は、聡子と産まれた子供が元気と知り

喜び安堵した。

ふたりは聡子と産まれた子供がいる部屋へ

向かった。

出産を終え横たわる聡子の顔は優しい母の顔と

なっていた。

「おめでとう金時、聡子。

そなたたちは今日から人の親になったのだね」と

頼光は祝福の言葉をかけた。

「聡子、元気な子を産んでくれてありがとう。

ご苦労だった。

そなたの顔は優しい母の顔だ」

「金時さまのお顔も優しい父の顔になっていますよ」

「そうか、この子の名前だが」

金時は自身が認めた書状を聡子と頼光に見せた。

書状には子供の名前が書かれていた。

「元服を迎えるまでは小太郎、

元服後は幸綱ゆきつなとしたい。

どう思う聡子」

「良い名前ですわ。

名前のとおり、この子と共に幸せに生きて

いきましょう。

今日からお前は小太郎幸綱ですよ」


小太郎が産まれてしばらくしてから聡子は

桜色の胸の蕾から出る母乳を小太郎に飲ませた。

小太郎はお腹を空かせていたのか貪るように

母乳を飲んだ。

母乳を飲む口の力、小さな手が聡子の乳房に

触れるだけで生きる力と自分を必要としている

思いが伝わる気がして、

聡子の目から涙がこぼれた。

流した涙は母になることが出来た嬉し涙であり

自分を残してこの世を去った母の無念を思い

流した涙だった。

金時は聡子と小太郎の飲む姿を見ながら色々思った。

実母は自分を抱くことも乳を与えることも出来ず、

実父は乳飲み子だった自分を守るため、

育ての親安子に託したあと、この世を去った。

両親の無念はいかばかりだったか。

わたしたち夫婦と同じ思いを決してさせないと

金時は決意するのだった。


金時は小太郎誕生のことを手紙に認め

駿河国酒田にいる安子と幸家に送った。

ふたりは酒田家の嫡男誕生を喜び合い

祝福の手紙を送った。

安子は金時の実の両親、道直と娘の墓を訪れ、

酒田家の嫡男誕生の報告をした。

「殿さま、奥方さま、あなた、娘よ。

金時夫婦に男児が授かりました。

将来の酒田家の当主が産まれました。

殿さまと奥方さまはお祖父さまとお祖母さまに

なられて極楽で喜んでいらっしゃることでしょう」

その時、良子の声が聞こえてきた。

『安子、金時を立派に育てたあなたも

もうひとりのお祖母さまですよ。

金時一家が酒田へ帰ってきても、

お祖母さまとして姑として金時一家を

見守ってください』

「奥方さま・・」

良子の言葉に安子の頬を一筋の涙が伝っていた。


小太郎誕生から三年後。

聡子は再び男児を出産し小次郎信綱と名付けられた。

ふたりは約束通り、乳母に頼らず自分たちの手で

小太郎と小次郎に沢山の愛情を注ぎ育てた。

両親は息子たちをどこへ行っても

恥ずかしくない男に育てるために

武芸と学問に力を入れた。

息子たちは両親の大きな愛情に抱かれて

心優しく賢い子に成長した。

頼光も金時夫婦の息子たちを自分の孫のように

可愛がった。

だがこの時、頼光の身体は病魔におかされていた。

頼光は周囲に悟られないように振る舞っていたが

金時が三十四歳の時。

頼光が重篤となり、金時一家は頼光の屋敷を

訪れた。

頼光は家族や家来たちに諸々のことを話し、

金時にはこう話した。

「金時よ二十一年もの間、

儂の右腕としてよく頑張ってくれた。

礼を申すぞ。

あの時、お前を召し抱えたことは間違ってはいなかった。

儂が死んだら駿河国に帰り領主になるように。

酒田の人々、特に育ての母上さまは

金時が帰る日を首を長くして待っていることだろう」

「頼光さまがあの時、

わたくしを召し抱えてくれなければ、

育ての母上があの時

自分の過去を話してくれなければ、

足柄の里しか知らない人間になっていたことでしょう。

頼光さま、わたくしを召し抱え武士として

育ててくださってありがとうございます。

幼いころに父と死別した

わたくしにとって頼光さまは父のような

存在です」

そう話す金時の目から涙がこぼれた。

それから七日後、頼光は静かに息を引き取った。


頼光の葬儀のあと、金時は聡子とふたりの息子を前に

自分の過去をすべて話したあと

駿河国へ帰り領主になることが決まっているが、

もしひとりでも駿河国へ行く者が嫌と言う者が

いたら都に残るが、皆はどうするかと聞いた。

聡子はあの時の気持ちは変わっていない

駿河国へ行っても運命を共にすると言い、

息子たちは父と離ればなれになりたくない

駿河国へ一緒に行くと言った。

妻子の言葉を聞いた金時は、

頼光の一周忌法要のあと駿河国へ帰ることを決めた。

金時は頼光薨去のこと、一周忌法要のあと

駿河国へ帰ることを手紙に認め

安子と幸家に送った。

金時が帰ってくると知ったふたりは

あの時の約束が果たされると言葉では言い表せない

思いになった。

安子は金時の両親と夫と娘の墓を訪れ

金時一家が帰ってくると知らせに行った。

都へ旅立った時、十三歳の少年だった金時は

三十四歳の大人になり家族を持った。

早く会いたい金時とその家族に。

あの子の口からいろいろ聞きたい、話したい。

安子の目線は都の方角に向いていた。


その翌年、頼光一周忌法要のあと、

金時一家は駿河国へ旅立つことになった。

その時、聡子のお腹には三人目の子供の命を

宿していた。

金時は、帰るのを遅らせようと考えたが

聡子は三人目の子供は駿河国で産みたいと

聞かないので心配を抱えながらも出立を決めた。

出立の日、金時一家を見送ろうと多くの人たちが

やって来た。

金時と聡子は人々に丁寧にお礼を言い、

駿河国へ向けて出立した。

金時と聡子は都で過ごした日々、

出会った人々との思い出と感謝を胸に

都を後にした。

聡子の身体を心配した金時は

聡子とふたりの息子を輿に乗せることにした。

金時は一家揃って、駿河国へ無事に着けるよう

祈りながら駿河国を目指した。

道中、安産祈願の寺社仏閣を見つけてはそこへ立ち寄り

聡子とお腹の子供の無事を祈った。

出発から数ヶ月後、金時一家は駿河国へ入った。

聡子のお腹は少し大きくなったが

彼女は元気そのものだった。

金時は輿の中の聡子とふたりの息子に

話しかけた。

「三人とも今、入ったぞ。

故郷の駿河国へ」

三人は輿の御簾を開け駿河国の様子を見た。

どこまでも広がる青空、初めて見る大海原、

自然の豊かさと美しさに三人は目を奪われた。

「ここが金時さまがお生まれになった駿河国ですね。

なんて美しいところでしょう」

「海を見るのは初めてだ」

ふたりの息子は初めて見る海に心を躍らせた。

金時は三人にこう言った。

「わたしは産まれて半年後に国を追われ

育ての母と共に相模国へ逃げたから

駿河国のことは十三歳になるまで

全く知らなかった。

十三歳になった時、頼光さまの家来となって

駿河国に足を踏み入れた時、

この自然の美しさに目を奪われたのだ」

金時が妻子に語っている時、

数人の武士たちが金時たちの前に現れた。

中央にいる武士は金時が見覚えのある顔だった。

「お帰りなさいませ、金時どの。

この日を待っておりました」

「おぉ幸家どのか、今帰ったぞ駿河国へ」

金時が挨拶している時

聡子とふたりの息子が輿から降りて姿を現した。

「わたしの妻と息子たちだ。

一緒に都から来た」

「はじめまして幸家さま。

妻の聡子と小太郎と小次郎です」

「これはこれは、

都からはるばる駿河国へ。

長旅、お疲れのことでしょう。

酒田の地までもうすぐです。

わたくしたちが酒田まで案内します」

金時たちは幸家の案内で酒田へ向かった。

酒田の地では金時の帰国の知らせを聞きつけた

領民たちが通りに集まり温かく迎えてくれた。

やがて屋敷にたどり着いた。

金時が馬から降り、聡子たちが輿から降りると

屋敷の中から安子が姿を現した。

金時は安子に「ただいま都から戻りました」と挨拶をした。

五十八歳になった安子は白髪は増え

顔には皺が刻まれたが優美さは昔のままだった。

「お帰りなさい金時。

この日を指折り数えて待っていました。

あの時の少年が、こんなに立派になって。

隣にいるのは妻の聡子さまと子供たちですね」

「はじめまして義母上さま」

「まぁ、わたくしは金時の実母ではないのです」

「はい、義母上さまのことは金時さまから

聞いております。

金時さまの実の母上さまが亡くなったあと

義母上さまが金時さまの母親代わりになり

お育てになられたことを聞かされました」

「まぁ金時が・・」

「義母上さま、わたくしも金時さまと同じように

幼くして両親を亡くしました。

両親の愛情を全く知りません。

せめて義母上さまを母として慕いたいのです。

どうか義母上さまと呼ばせてください。

ひとつ屋根の下で家族全員で暮らしたいのです。

お願いします」

「聡子さま・・」

聡子の言葉に安子は涙を流した。

「さぁ小太郎、小次郎。

父上を立派にお育てした

お祖母さまにご挨拶をしましょう」

小太郎と小次郎は初めて会う安子に

挨拶をした。

安子は小太郎と小次郎に優しく声をかけ

金時一家と共に屋敷へ入った。

その日、酒田の領主の座が幸家から金時へ

正式に引き継がれ、金時は正式に酒田家の当主になった。

金時の実の両親と安子の願いが長い時間をかけて

ようやく叶い、

当主の座に座る三十五歳になった金時の姿は

亡き父義家とそっくりだった。


金時一家が酒田に着いた翌日には

知らせを聞いた足柄の里に住む伯父一家と

金時の帰国の前年に駿河国へ戻ってきた

伝助一家が金時に会いに来た。

金時たちは二十二年間過ごした都のことなどを

語りあった。

三十五歳になった金時と妻子と育ての母安子との

生活がこうして始まった。


最終話につづく


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