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第一話 ふたりの母

この物語を書くきっかけは、

懐かしのテレビアニメ『まんが日本昔ばなし』の

1976年版と1990年版2種類の金太郎を

見比べたり、伝承など調べたのがきっかけでした。


1976年版は作画や演出は可愛らしく親しみは

あるものの、金太郎の子供時代を描いただけで

親子の情愛と絆が感じられませんでした。

76年版の金太郎の母は我が子に対して

愛情が無いわけではないけれど、

無関心なところもあったり、

『親は無くとも子は育つ』を地でいく母親という

印象を受けました。


90年版は作画や演出は可愛らしさに欠けて

生々しいのですが、

親子の情愛と絆、金太郎の優しさと強さが伝わる

内容でした。

90年版では金太郎の両親は戦で殺され、

乳飲み子の金太郎を命がけで守り育てているのが

乳母という設定で描いていたし、

共感するところもありました。


2種類の金太郎を観終わった後

金太郎の伝承について調べたところ、

金太郎は駿河国の豪族・酒田義家の嫡男として生まれたが、

父・義家は所領争いが原因で実の叔父に殺されたこと、

母親は金太郎を守るため足柄山中に逃げ込んで

金太郎を育てたという伝承があることを知りました。

(金太郎の父は、京に住む坂田蔵人という説などもあります)


私は、90年版の金太郎のアニメと

金太郎が駿河国で生まれた説をヒントに

物語を書きました。


最後に『まんが-』のファンの皆様、

アニメ制作に携わっている皆様、

お気を悪くしたら、お許しください。


今から千年以上も昔のこと。

駿河国酒田に酒田義家さかたよしいえという

豪族が住んでいた。

義家には良子ながこという正室がいたが、

彼女は遠江国の豪族の娘であり、互いの家との強い結束を

結ぶための政略結婚で義家と夫婦になった。

月日を重ねていくうちにふたりは

強い愛情で結ばれていった。


結婚から三年が経ち、良子は義家の

初めての子を身籠った。

良子は日に日に大きくなるお腹を見ては、

不安と喜びを感じながら日々を過ごしていた。

義家は喜びのあまり、

「良子、一番目には男児を産んでくれ」という

始末だった。

良子は苦笑しつつも、こう答えた。

「はい、義家さま。

必ず元気な子供を産みます。

義家さまに頼みがございます」

「ほう、頼みとは」

「産まれてくる子供は、乳母に頼らず

わたくしの手で育てたいのです」

良子の思わぬ頼みに義家は驚いた。

「そなたは、大変な仕事をするというのか」

「はい、駄目と仰るのですか」

「いや、そうではないが本気で言っているのか」

「はい、義家さま。

生まれてくる子供は男児であろうが

女児であろうが酒田家の血を引く子を

立派に育ててみせます。

わたくしの頼みを聞いてくれますか」

彼女の強い思いに義家は負けてしまった。

「わかった、そこまで言うのなら

自分の思うように育てていくがよい。

私もそなたと共にお腹の子供を育てていこう」


やがて臨月を迎え、良子が陣痛を訴えた。

屋敷には産婆が駆けつけ、家来と使用人たちは

出産祝いなどの準備におおあらわだ。

そんな家来と使用人たちのなかに

悲しみを抱えながら仕事をする者がいた。

義家の家来金ヶ崎道直と妻の安子だった。

ふたりには結婚三年目にして生まれた娘がいたが、

病弱で夫婦の懸命な看病むなしく、

娘は生まれて二ヶ月後にこの世を去った。

悲しみから立ち直れないまま、

良子の出産と祝いの準備をしなければならない、

ふたりの心中は複雑だったが、

義家の初めての子供が無事に産まれることを

祈りながら仕事に取り組んでいた。

一方、良子は力んではいたがお腹の子供の身体が

大きいのか、なかなか出てこない。

ようやく身体が半分出てきた。

「奥方さま、しっかりなさいませ。

もう少しですよ」

産婆と侍女たちが良子を励まし続ける。

良子が最後の力を振り絞った時、

お腹の子供が勢いよく出てきて元気な産声を

あげた。

生まれた子供は身体の大きな男児だった。

男児と分かると義家、家来と使用人たちは

跡継ぎの誕生と大喜びだ。

だが喜びも束の間だった。

良子の産後の肥立ちが悪く、

彼女の身体が衰弱し、食事も口に入らなくなった。

「良子、どうしたのだ。

しっかり致せ。

子供は自分の手で育てると言ったではないか」

「義家さま・・わたくしは・・起き上がることが

出来ません。

どうか産まれた子供のこと・・お願いします。

わたくしの手で・・この子を・・育てたかったのですが・・

乳の出が良い女性がいたら・・その者の乳を

この子に与えるよう・・お願いします。

義家さま・・この子を残して逝くことを・・

お許し・・ください・・」

「何を申して居る。

良子、しっかりするのだ。死んではならぬぞ」

「義家さまと・・過ごした日々は・・本当に楽しかった・・

あなたさまの・・妻であることを・・誇りに思います・・。

短い間でしたが・・お世話になりました・・。

息子よ・・先逝く母のことを許して・・おくれ・・」

義家は良子の手を取り励ましの言葉をかけたが、

良子は静かに息を引き取った。

義家は良子の亡骸に取りすがり号泣するばかりだった。

彼女の亡骸の隣に横たわる

生まれたばかりの息子の胸には

良子の手がそっと添えられていた。

その後、良子の葬儀はしめやかに執り行われたが、

義家は息子の乳母を務める女性を募った。

だが領民たちは若様に乳を与えることに

抵抗を感じるのか、手をあげる者がひとりも出ない。


一方、道直の妻安子は娘の墓前に手を合わせていた。

娘がこの世を去って二ヶ月が経つが、

彼女の胸の蕾からは母乳が出続けていた。

この母乳を飲む娘はもう、

この世にいないのに母乳が出続けるだけで辛く

悲しくなり涙をこぼし墓を後にする日々が

続いていた。

安子が義家の屋敷に戻る道すがら、

領民たちの立ち話に思わず立ち止まった。

「若様の乳母を務める者が見つからなくて、

殿さまは大変困っているそうよ」

「けれど若様に乳を与えることを躊躇って、

手をあげる者がひとりもいないんですって」

「一刻も早く見つけないと、若様は死んでしまうよ」

領民たちの話を聞いた安子は思った。

義家さまと若様が困っている・・

乳を与えねば若様は死んでしまう。

このまま見過ごしていいの?

ならば私が義家さまと若様の力になろう。

この乳すべて若様にあげよう。

いつまでも娘の死を嘆いていられない。

奥方さまに続いて若様を失うようなことを

殿さまに味わせてはいけない。

安子は急いで屋敷へ戻り、

道直に若様の乳母を務めたいと話した。

道直は彼女の頼みに驚いたが、

一刻も早く義家の息子を助けるため

安子の声を聞き入れ、義家の元に向かった。

そのころ使用人たちは、

義家の息子に母乳代わりにお粥を飲ませようとしたが、

お粥をうけつけず、弱っていくばかりだった。

義家と使用人たちが困っていた時、

道直と安子が慌てて、義家の元にやってきた。

「道直と安子ではないか。何用だ」

「はい、殿さま。

私たち夫婦は赤ん坊だった娘を亡くし

二ヶ月が経ちますが、妻のほうは今も乳が出ます。

妻の乳を若様に与えることが出来ます。

どうか妻に、若様の乳母を務めさせてください」

「殿さま、わたくしの心は決めております。

我が身に代えても若様のお命をお守りいたします。

わたくしに乳を与えさせてください」

「安子よ、力になってくれるか」

「はい」

その時、義家の息子が泣き出したので、

使用人たちが急いで義家の息子を

安子に託した。

義家の息子を託された安子は、

すぐさま片側の乳房を露にして

子供の口元に差し出した。

義家の息子は桜色の胸の蕾から出ている

母乳を貪るように飲んだ。

「あぁ・・若様辛かったでしょう・・

苦しかったでしょう・・。

母上さまを亡くされて、乳を飲みたくても

飲めなくて・・。

もう心配ありません。

わたくしが若様のお命を守るため力になります」

義家の息子の母乳をのむ口の力、

身体の温もり、

小さな手が乳房に触れているだけで、

この子が必死に生きようとする力、

自分を必要としているという義家の息子の思いが

乳房に伝わってくる気がした。。

母乳を与えていくうちに、

彼女の目から涙が止めどなく溢れた。

義家の息子との出会いと流した涙が

娘を失った悲しみを流し去っていった。

安子の乳のおかげで、義家の息子は死を免れることができた。

義家も一安心したところで、ふたりに語りだした。

「道直、安子よ。この子の力になってくれることを

感謝するぞ。

そうだ、この子の名前だが、

そなたたちの苗字金ヶ崎からとって金太郎としたいのだが、

そなたたちはどう思う」

道直夫婦は驚き、

「わたくしの苗字からとって名前を付けるとは、

恐れ多いです。

もっと別の名前を」

「何を申して居る。

そなたたちはこの子の命の恩人だ。

感謝の意味を込めて金太郎とつけたいのだ。

それ以外の名前は考えられない。

どうか金太郎と付けさせてほしい」

義家の思いを聞いたふたりは

「そこまで仰るのなら、

どうぞ金太郎と名付けて下さい」と答え、

義家に一礼した。

こうして義家の息子の名前は金太郎と決まった。

母乳を飲み終えた金太郎は安子に

かすかな笑みをみせ、

やがて彼女の胸に委ね眠りについた。

安子のことを本当の母と慕うように。

彼女もまた優しい母の眼差しで

金太郎を見つめていた。

乳母となった安子は金太郎と亡くなった娘と

重ね合わせながら母乳を与え育てた。

ふたりの姿は、どこにでもいる

普通の親子のようだった。

「安子と金太郎は本当の親子のようだ。

のう安子、金太郎が自分の息子だったら良かったのにと

思っているのでは」と

義家は冗談交じりに金太郎をあやす安子に話しかけた。

「そんな、殿さま・・お戯れを。

若様はいずれは酒田の領主になるお方。

そう思ったことなどありません」と安子は慌てて返答した。


だが平穏な日々は長くは続かなかった。

金太郎が生まれて半年が経った、霜月の夜のこと。

安子は金太郎を寝かしつけたあと

眠ろうとしたが、なかなか寝付けなかった。

ようやく彼女が眠りについた時だった。

金太郎が突然泣き出し、安子が目を覚ました。

同時に人々の騒ぎ声が聞こえ、

ふたりのいる部屋に煙が入っていることに気づいた。

彼女が部屋の戸を開けると、

隣の部屋が猛火に包まれ、炎と煙が安子と金太郎に

襲いかかろうとしていた。

「こ、これは」

安子は金太郎を抱いて庭へ出た時、

義家と道直がふたりの元に走ってきた。

「安子、金太郎は無事か。

安子よ金太郎と共に今すぐ駿河国を出るのだ」

「えっ、駿河国を出る・・」


第二話へつづく


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