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第A-9話・大切なもの

 朝の昇降口。

 松葉杖をつきながら、そんな過去の苦い――痛い――思い出にふけっていた私。

 松葉杖のことを考え、いつもより朝早くに起きて登校することが日課になってしまってからは、自分の馬鹿さ加減を呪うように、毎日のように思い返していた。

 あれは、きっと日頃から積極的になれない私への戒めなんだ。

 今ではそう思うようにしている。


「おはよ〜」


 隣に並んできた加藤さんが、私に挨拶してくれる。考え事にふけっていたからか、時間はすでに加藤さんが登校してくる時間になってしまっていた。


「加藤さん、おはよう」


 落ち込みそうになる心を隠して、加藤さんに挨拶する。


「おはよう、水野さん」


 驚いたことに、加藤さんの後ろから出てきたのは、正臣君の親友である、万年遅刻常習者の和輝君だった。


「か、和輝君? どうしたの今日は」


 歩くペースを、松葉杖の私に合わせてくれる和輝君の心遣いが、嬉しい。


「ん〜、なぜだか早起きできたんだよね。神様の思し召しかな。日ごろから模範囚のような俺への」

「……すでに、投獄されてるんだね」


 和輝君の、冗談か本気か分からない言動に、私は笑わされてしまう。正臣君がいつも楽しそうに笑っているわけが、分かった気がした。


「正臣君、きっとびっくりするね。和輝君がこんなに早く登校したことを知ったら」

「そうなんだよ! 俺もそれが楽しみでさ。正臣のヤツ、俺が遅刻してくるといつも馬鹿にするからさ。今度くらいは、あいつのこと馬鹿にしてやるつもり」


 正臣君の話題になると、本当に嬉しそうな顔を見せる和輝君。

 それは、私にとっても同じ。

 和輝君から聞ける正臣君情報は、私にとっては何よりも有益なもの。

 有益さで比べたら、学校の勉強内容なんて、正臣君情報の足元にも及ばない。

 ……ふと気づくと、いつもなら嬉々として会話に参入してくるはずの加藤さんが、後ろを黙ってついてきていた。


「加藤さん、さっき聞いたんだけど、今日これから集会なんだって」


 楽観主義者の加藤さんにしては珍しく深刻な表情で考え込んでいたので、私は心配になってしまう。だから、教室に行けば嫌でも知ることになる今日の集会の予定を、話しかける材料にした。


「え、それって授業つぶれるの?」


 授業がつぶれて欲しくない私としては、加藤さんの喜びようは、正直言ってとても複雑だった。


「授業がつぶれるのを喜んじゃ駄目だよ。次の授業で遅れを取り戻すの大変なんだから。先生も生徒も……」

「ま、それが加藤らしいよな」


 笑って加藤さんの肩を叩く和輝君。


「正臣早く来ないかな〜、驚かせてやりたいよ」


 憂鬱だったはずの朝が、正臣君の驚いた顔を想像するだけで払拭されていく。


「そうだね、私も楽しみ。正臣君の驚く顔、楽しみだな」


 突然、パン、という平手打ちのような音が加藤さんから聞こえてきたので、私は驚いて振り向いた。


「よし! 加藤優理子は、今日も元気です!」


 体育会系らしい加藤さんの元気の出し方に、私は笑ってしまう。


「おかしな奴だな」


 和輝君もつられて笑い出した。


「水野さん、正臣ってどれぐらいに登校してくるか分かる?」

「う〜ん、普段は、大体今の時間くらいかな。今日は遅れているみたいだけど……」

「それなら、俺も今ぐらいに登校するかな……。そうだ、加藤、さっきは断ったけど、お前も一緒に登校するか? 俺一人では起きれないけど、お前と二人なら、連帯責任のようで起きれるかもしれないし」


 和輝君の何気ない問いかけに、加藤さんは飛び跳ねるように喜ぶ。


「する! するする! 登校する!」

「よし、そうと決まったら、明日から早速な」

「まかせてまかせて」


 拳と拳をつき合わせて、意思の確認をする二人。

 私は、そんな二人を見ていて羨ましくなる。

 私が正臣君とそんなことが出来るとは思えない。

 きっと、これからもずっと……。


「水野さんもどう?」

「……え?」


 誘われるとは思っていなかったので、私はびっくりしてしまう。

 私は怪我をしていて、松葉杖で、人一倍登校に時間をかけなければならない。そんな私に合わせながらの登校は、二人にとって負担でしかないから。

 だから。


「私は、いいよ。早めに登校して予習したいから。だから、ごめんね」

「……そっか。それじゃ、正臣にも、そう言っておくよ」


 和輝君が何を言っているのか図りかねる。


「正臣さ、最近数学分からないってぼやいてるから、水野さんが教えてやってよ」


 和輝君が、笑みを浮かべて、松葉杖で階段を上る私を手伝ってくれる。


「正臣も喜ぶと思うよ」


 私は涙が出そうになるのをこらえながら、大きくうなづいた。


「ついでに私からも言わせてもらえば、夏美はもっと積極的になったほうがいいと思うよ」


 加藤さんが、白い歯を見せる。

 右から支えてくれる和輝君。その反対側を、加藤さんが支えてくれている。

 私は二人に挟まれる格好だ。

 二人とも大変なはずなのに、喜んで、笑顔で手伝ってくれる。

 二人の何気ない厚意に、じわじわと胸が熱くなっていく。


「……がと…………ありがとう……」


 加藤さんの言う通り、少しだけ積極的になってみよう。

 少しだけ勇気を出してみよう。

 少しだけ自分勝手になってみよう。

 少しだけ大好きな彼に近づいてみよう。

 たとえ結果的に救われないとしても、何もしないまま救われない自分を後悔したくないから。


「気にしない気にしない」


 右を支える和輝君が朗らかに笑う。


「これぐらい遠慮しない! 友達なんだからさ」


 左を支える加藤さんが、元気に笑う。

 私を支えてくれる人がいる。

 こんなにも優しい友人がいる。

 だから、私の大好きなあの人にも、こんな優しさを伝えられたなら。

 彼を思いやることが出来たなら。

 支えることが出来たなら。

 それはどんなに素晴らしいことだろう。

 素敵なことだろう。

 救われなくても構わない。

 片思いでも構わない。


「……水野夏美……頑張ります……」


 流れてしまった一滴を、私は止めることが出来なかった。

 きっと今日という日は、私にとって大切な日になるに違いない。

 だって、こんなにも優しさに囲まれていることに、気がつくことができた。

 だって、あんなにも消極的だった私が、人生の階段を一歩、踏み出すことができた。


 

 私は生涯忘れない。

 


 和輝君と、加藤さん、そして、大好きなあの人と出会うことができた喜びを。



 ――私は、生涯忘れない。

興味をもって下さった方、読んで下さった方、ありがとうございます。

久々の連続更新でした。

今回投稿した朝の登校風景は、加藤さん視点のものとリンクしています。……はい、ダジャレです。

面倒ですが読み比べてみると面白いかもしれません。あくまで、かも、です。

それではこれからも細々と頑張っていきます。

評価、感想、栄養になります。

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