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第A-6話・夢見る少女

 夢と現実の境界は、いったいどこにあるのだろう。

 痛覚があれば、それは夢? 現実性がなければ、それは夢?

 私はどちらも現実と夢を分ける根拠とはならないと思う。

 夢は脳とリンクしているし、痛覚とも関連付けられていてもおかしくはない。現実性だって、ただの思い込みに過ぎない。誰かに植え付けられた一方的な当たり前を、当たり前と思い込んでいるに過ぎないのだから。

 もし、長い、とても長い夢を見ることができたなら。



 ――夢はきっと現実になってしまうのだと思う。




「夏美、ごめん!」


 加藤さんが私を拝むように手を合わせる。

 私は目をぱちくりさせながら、片目をつぶっておどける友人を見つめた。


「宿題見せて! 今日、指されるの忘れてました」

「いっそのこと忘れたまま先生に指されて、分かりませんって答えて、みんなの前で恥をかいたほうが、加藤さんのためになるのかも……?」

「おほほほほ……夏美先生、それはないですわよ。この私にそんな羞恥プレイは似合いませんわ」


 右手の甲を口に添えて、高飛車娘を演出する。


「それはそうと夏美先生? ここはやはり、この私めに颯爽と宿題のノートを差し出すのが、夏美先生たる器の大きさを見せ付ける絶好の機会であると存じ上げますが!」


 極端にへりくだった加藤さんの物言いに、私は思わずほほを緩ませてしまう。


「もう……。夏美先生はそろそろ加藤さんに愛想を尽かしそうです」


 私は渋々ノートを机から引っ張り出して、加藤さんに差し出した。


「夏美! 愛してる! ああ、夏美! あなたはなぜ夏美なの!」

「シェイクスピアも怒るよ、加藤さん……」

「加藤よ、お前もか!」

「シェイクスピアも怒るよ、和輝君……」


 二人とも、物知りなのかそうでないのか分からなくなる、見事な連係だった。


「べーだ、和輝には見せてあげないもんね」


 私の貸したノートを背中に隠して、加藤さんは舌を出した。

 まだ十分時間はあるのだから、和輝君に見せてあげてもいいと思うのだけれど。


「いいのか、加藤。こっちには誰も知らない秘密兵器があるんだぞ」

「口に出した時点でもう秘密ではないけどね」


 口を挟んだ私に咳払い。


「……ごほん。とにかく、俺にもノートを見せてくれたほうが身のためだと思うぞ。これは脅しではない、取引だ」

「和輝君、悪役の台詞だよ……」

「水野さん、いまさら気がついたか。しかし、時すでに遅し!」


 和輝君が悪党さながらの不敵な笑みで、こぶしを振り上げる。


「正臣!」

「え? 俺!?」


 胸から心臓が飛び出すかと思った。事を傍観していた正臣君が、話を振られて戸惑っている。

 そんな困惑した表情も、どこか可愛いと思えてしまう私は、きっと馬鹿だ。そうに違いない。


「いいか、水野さんのノートを最初に俺に貸すように言ってくれ。いや、言うんだ。むしろ、言え。さあ言え。すぐ言え。疾く言え」


 腕を組んだ和輝君が、じりじりと正臣君に迫る。両手を胸の前に広げた正臣君は、頬を引きつらせていた。

 和輝君の顔が、よほど悪党面化しているらしい。


「ちょっと! 夏美の弱みをつくのは卑怯よ、和輝!」

「悪役に、卑怯も糞もない。勝てば官軍、手段は選ばん」

「弱み? 水野さん、弱みって何?」

「あ、あの……その……弱みというか……その」


 指を差して非難する加藤さんに、胸を張って応戦する悪党、和輝君。

 私は正臣君に見つめられて顔が赤くなる。

 正臣君の鈍感は、今に始まったことではない。でも、心の準備がこれっぽっちもできていない私にとって、気持ちは複雑だけれど、すごく助かる。


「夏美が好きだって知ってるでしょ! 悪党とかそういう以前に、友人として問題があるわよ!」

「……却下。さ、正臣、言ってくれ。俺のために」

「水野さん、加藤さんが言う好きって?」


 質問と回答が錯綜して、私の脳がパンク寸前。


「あ……う、その……弱みが好きというか、好きなのが弱みで、えっと、そうじゃなくて、正臣君が弱みを握っているというか、弱みそのものが正臣君というか……」


 頭に浮かんだ言葉の羅列をうまく整理できない。

 主語と述語がくるくると回転して、落ちものパズルゲームのように次第にスペースを失っていく。


「み、水野さん?」

「夏美?」


 和輝君と加藤さんが、競い合うようにノートの端を持ちながら、私を振り返る。

 私は哀れなノートを取り上げて、ほほを膨らませた。

 正臣君が見てるんだから、なるべく可愛い物言いをしなければいけない。


「二人ともそこに正座! 喧嘩両成敗です!」


 腰に手を当てて二人を叱りつける中、ちらりと正臣君を盗み見た。

 正臣君は、やれやれといった風体で頭をかいている。少し長め髪の毛が彼の耳を隠していて、時々現れる耳元にどきりとする。

 正臣君は、福耳だった。


「夏美ぃ〜……」

「水野さん……」


 涙目になった和輝君と加藤さんが、神にでも祈るように両手をがっちりと組み合わせている。正座した二人が私を拝むのを見ていると、教祖様って案外悪くないかもしれないと思ってしまう。


「問答無用。両成敗です」


 手に持った松葉杖で、二人の肩を軽く叩く。


「大岡裁きならぬ、水野裁き。いや、名裁き名裁き」


 楽しそうに拍手する正臣君に、私は少し照れてしまう。


「あ、ありがとう、正臣君……」


 恥ずかしさで首筋がかゆくなる。


「今の感謝するところか?」

「馬鹿にはしていないと思うわよ」


 机の横で正座する二人が顔を合わる。


「水野さん、あんなこと言ってるけど」

「裏切り者!」


 正臣君が私に密告した瞬間、正座した二人が同じタイミングで声を上げた。

興味を持ってくださった方、読んでくださった方、ありがとうございます。

気を失った水野が過去の夢を見ています。視点が、コロコロと変わっていて、読みにくいとは存じますが、どうかお許しください。

評価、感想、栄養になります。

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