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第B-7話・デート

「これで二日だぞ」


「はい、十回目〜、大台突破」


 呆れ顔の由美は、テーブルの上にあるストローを口にくわえる。

 ストローがオレンジ色に染まるのと同時に、オレンジジュースの海から氷が顔を出す。

 大は、例えとしては場に不適切だと分かっていたが、輸血のチューブを通る血液のようだ、と心の中で想像し胃を収縮させた。


「ねぇ、大さ〜、せっかく真由が映画のチケットをくれたんだよ? 真由が楽しんできてって言ってくれたんだから、楽しまなきゃ真由にも私にも失礼だと思うんだけどな〜」


 氷山が崩れ、清澄な音が会話の間を取り持つ。


「そうだけどな……その真由は一体どこに行ったんだっていうんだよ?」


 大は注文した飲み物も飲まずに、ウインドウの外に視線をくれている。

 ふくれっ面なのは、決して二人のデートが楽しくないからではない。

 事実、思っていた以上に二人のデートを楽しんでいた。

 当たり前のように待ち合わせに遅れてきた由美に悪態をつくのすら、大はどこか初々しく恥ずかしげだったし、途中で立ち寄ったアクセサリーショップだって、店員を冷やかしては思う存分指輪をはめたりした。


 確かに楽しかった。


 二人が予想していた以上に。


 でも、それは二人でいる時間が少なかったから、そう思えたに過ぎない。昔から三人で行動するのが通例となっていた幼馴染み達は、一人欠けただけで新鮮な空気を味わうことが出来たのだ。それがゆえに、楽しく思えるのも今のうちだけだということに、大と由美はうすうす気がつき始めていた。


「分からない」


 由美も視線のやり場に困って外の風景を目に移す。


「姉だろ?」


 由美はその言葉に少しだけいらだつ自分が理解できた。


「姉だからって、妹の全部が分かるなんて、そんなの傲慢すぎー」


 口をとがらせながら、窓の外を歩く恋人達にしかめっ面を見せてやる。

 窓の外を歩く恋人達は、そんな渋面には一切気が付く様子もなく、お互いの顔を見てはにこにこと楽しそうにしている。


「……ったく、一体どこに行ったんだ真由は……」


 大の手元に置いてあるウーロン茶は、すでに結露でびしょ濡れだった。一口も口をつけられずに、水かさだけが増していく。


「分からない」


「由美に言ったんじゃない」


 結露はやがて互いにより集まり一滴となる。グラスの表面を駆けていき、コースターにぶつかる。コルク製のコースターは、大量の水が染みこんで薄黒く変色していた。


「私に言っているように聞こえる〜」


 窓の外に目を向けたまま、由美はストローを口にくわえる。飲み物が底を尽きかける証拠に、溶けた氷で薄まったオレンジが舌の上に微妙な後味を残した。


「悪い、なんか俺いらついてるな」


 大は大きくため息をついた。そして、今更ウーロン茶に気が付いたかのように口をつける。


「映画、行くの止めよっか〜?」


「……そのほうがいいかもな」


 軽口のつもりで言った台詞を、真正面から、真っ正直に受け止められる。


「む……やっぱり行く。絶対に行く」


 頬を膨らませて、ストローに唇をつける由美。グラスの底を吸い上げるストローが、うるさく音を立てる。


「こうなったら、意地でも行くんだからね〜」


 大はストローの立てる音を聞きながら、真由と一緒に歯医者に通っていたときのことを思い出す。唾液を吸い上げる機械が、今の音と同じ音を立てていたのを思い出したのだ。


「止めるとか、行くとか、どっちなんだよ」


「行く。い〜く〜の。今の大を見てたら、意地でも行きたくなった」


「勝手なヤツ。ま、今初めて知ったわけではないけどな」


 鼻で笑い、濡れたグラスを持ち上げる。グラス越しに見える由美の顔が、年齢よりもだいぶ幼く見えた。


「……真由、二日も家を空けるなんて、何かあったのかな。由美にも何も言わずになんて、今までそんなことなかったのにな」


「むむ……知らない」


 十回を数えた段階で、由美は数えるのを止めた。

 会話が途切れた後は決まって真由の話題だ。大が真由を心配するのは分かる。仲の良い幼馴染みだし、真由が誰かに心配をかけることは希だから。

 でも、大が真由を心配するのは、それとはまた違う毛色のような気がする。


 由美はふと思う。


 真由の立場が私になったとして、同じように心配してくれるのかな、と。

 だからこそ、由美は大に対して意地悪をしたくなった。


「大ってさ、真由のこと好きでしょ」


「ああ」


 意外にも、即答だった。


「私のこと好き?」


「ああ」


 同じタイミング、同じ音量、同じ抑揚。

 その二つに何らの違いも発見できない。

 由美の中でさらなる嗜虐心が溢れていく。


「じゃあ……私のこと愛してる?」


「馬鹿か」


 ウインドウの外に視線を向けていた大は、大きく右手を振って、付き合ってられないといった風だ。

 氷の溶けたグラスに口をつけ、今更のどを潤している。


「真由のこと愛してる?」


「……馬鹿だろ」


 グラスを口の手元で止めて由美をにらむ。由美は口元をグラスで隠した大の表情を読み取ろうと、にらみつける大に応戦するように視線をぶつけた。


 拮抗する視線の探り合い。


 大はグラスを下げるのも忘れ。

 由美は瞬きをするのも忘れ。

 二人は互いの瞳の内側に映る景色を読み取ろうと、レントゲン写真のように視線の色を変える。


「やってられるか」


 先に折れたのは大だった。

 グラスを下ろし、やり場に困った視線を、奥に座る初老の女性に投げかける。

 瞬間、由美は大の内側に隠れていた本心を読み取る事に成功する。

 大は、互いに譲れないはずの、譲ってはいけないはずのつばぜり合いの中で、あろうことか背中を向けて逃げ出したのだ。

 冗談だとされても、由美は一向に構わなかった。にらめっこだと勘違いをして、大が吹き出しても怒るつもりはなかった。それはそれで良かったのだ。


 ただ一つ。


 ただ一つだけ、由美にとってして欲しくないこと。それが目をそらされることだった。


「そんな馬鹿な質問に真面目に答えてられるか」


 由美は、二人の幼馴染みの間で揺れていたはずの心が、片一方に傾いてしまったことを、大の態度から知ってしまう。

 何が違ったのか。何を間違えたのか。何がきっかけだったのか、何を動機としたのか。

 大はいつから、私ではなく、妹の真由を見るようになったのか。



 いつから、どうして。



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