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第B-6話・決心

「全く、これだから由美は……真由もこんな薄情な姉を持って不幸ものだな」


「こら、大! 言って良いことと悪いことがある! 大はなんて言うか、こんな可愛い幼馴染みをもてて幸せだー、とかそういった感謝が足りないよね〜」


 姉の朗らかな笑みが、大君に向けられている。

 大君も、そんな姉に、先ほど私に対して向けていた笑顔と同じ……いや、それ以上の笑みを向ける。

 二人で笑顔を共有し、楽しさを共有し、幸福な領域を作り上げる。


 そこには、私の入る余地などないような気がした。



「可愛い? それはまぁ……否定できないところではあるけどな」



 姉の頭からつま先まで、視線で行ったり来たりさせると大君はため息をついた。


 確かにお姉ちゃんは、可愛いよ。私なんかとは違って。


 だから、大君の言っていることに間違いはない。

 でも、どうしてそんな当たり前のことを私は否定したくて仕方がないんだろう。


「ふむふむ、幼馴染みの暁大は、姉妹どんぶりを狙っているわけですなぁ……いやいや、なんと破廉恥! この変態! スケベ! ロリコン!」


「おいおい、ここ校門前なんだけど……それにロリコンって、年一つしか違わないだろうが」


「ああ、弓道部副部長は、私の豊満なボディをなめ回すように見て、脳内ハードディスクに記憶……そして、コラージュ写真のように脱がせたり、すげ替えたりして、きっと今晩のおかずに!」


 姉が体をくねらせながら、大君に軽蔑のまなざしを突き刺す。もちろん、そこには本当の軽蔑なんて微塵もない。姉特有の冗談がふんだんにちりばめられていた。


「……もう、大のえっち」


「黙れ、変態女」


 肩に提げた弓で、姉の頭に面を入れる。主審が一本と勝敗を告げそうな勢いで。


「痛、痛い! 大〜、仮にも乙女に向かってその暴挙は〜」


 頭を抑えた姉が、大君の後ろに回り込み羽交い締めにする。


「おわ! 由美! 止めろ!」


 大君よりも背の小さい姉は、後ろからぶら下がる格好だ。

 体を惜しげもなく密着させて、チョークスリーパーに移行する。

 校門の前で、恥ずかしげもなくとっくみあいを繰り広げる姉と大君に、通りかかった弓道部員がはやし立てていた。



 ――暁先輩! ごちそうさまです!


 ――これからは、二重の意味で大先輩と呼ばせていただきます!


 ――これは姉フラグ成立だな。



「あはは……お姉ちゃんも、大君も、止めてよ。恥ずかしい。お似合いなのは分かったから」


 乾いた声でそう言ってしまえる自分がいた。

 心の中で壊れてしまった弓を足下に破棄したまま、矢を再度つがえる力もなくて。


 私は心に鍵をかけた。


「ほら、みんな見てるし、早く帰ろう?」


「むう、我が妹の温情に免じて、大を無罪放免とする」


 密着させていた体を離して姉は腕組みをした。


「ったく……」


 刹那、大君は何かに気がついたようで、私と姉に背中を向けた。


 こういうとき、めざとい自分自身に、本当に嫌気が差す。


 大君は自分の体に起こった変化を隠そうとして背中を向けた。


 グラビアモデル顔負けのスタイルを持つ姉に、後ろから抱きつかれて、あまつさえその柔らかい谷間を背中に押しつけられた。

 大君は、気持ちよかったのだろうか。嬉しかったのだろうか。

 もっとこうしていたと思ったのだろうか。



 ――大君は、反応してしまった男性自身を、見られたくなかったんだ。



 そんな自分が格好悪くて、背中を向けたんだ。

 つまり、大君は、姉の女としての魅力によって、男性の象徴を固くしてしまった。


 ……大君は姉に対してそういった欲望を持っている。


 私ではなく、姉だから、大君は感じた。おおきくしたんだ。

 大君は、きっと姉をそういう目で見ているんだ。




 姉と比べて、姉と比べて、由美と比べて。




 ――私には魅力がないから。




「そうそう。真由、ごめん! 私本当に覚えていないんだよ〜……だからさ、どんな約束をしていたのか教えてくれない? 馬鹿なお姉ちゃんにもう一度、ね?」


 両手を合わせて懇願してくる。ウインクが様になっている。


「馬鹿と言うよりは、ボケだな」


 瞬間、姉の鋭い眼光が大君に突き刺さり、大君は両手を挙げて降参のポーズ。正面を向いているところから見て、どうやら男性自身の高ぶりは鎮まったようだ。


「お姉ちゃん、あのね。約束なんだけど……あ、そうそう、思い出した!」


 私は落ちた鞄を開けて、中から二枚の映画のチケットを取り出す。


「映画のチケット?」


 私の手元をのぞき込む姉。


「うん、二枚あるんだけど、お姉ちゃん行かない?」


「え、いいの?」


 姉の顔が喜びに染められていく。


「ほら、大君にもあげるよ」


「いや、俺は……」


「お姉ちゃんと姉妹水入らずで行こうと思ってたけど、私用事が出来ちゃって行けないの。だから私の代わりに大君が代打。土曜日、大君暇でしょ、知ってるんだから」


 予行演習なんてしなくても、言える。自分にとってマイナスになると分かっているのに、こうも口がくるくると回る。

 肝心な言葉は言えなくて、本当は言うべきではない言葉はすんなりと出てくる。

 裏腹な心は、私を自己嫌悪の海に引きずり込む。


「真由、どうして俺が暇だって……」


 弓道部員に聞いたからに決まってるじゃない。


「分からない、ただそうじゃないかって思っただけだから。気にしないで」


「いや、でも真由……」


 大君と二人で行きたくて、部員にこっそり練習の予定を聞いて。計画を練って。

 旅行は計画を練っているときが一番楽しいって言うけれど、あれは本当だった。

 だって、心臓が高鳴って眠れなくなったんだから。


「あ、さては大君、お姉ちゃんと一緒だから恥ずかしいんだね? そこはほら、一つ年上なんだから、大人なところ見せてよ」


「真由……まさか」


 毎日毎日……空想の中を泳いで、にやにやしたり、恥ずかしさにもだえ苦しんだり。


「あ、それと、お姉ちゃんにえっちなことしたら、妹の私が許さないから! いくら大君だって、両者の合意なくそんなことしたら犯罪なんだから!」


 本当……私、馬鹿だ。


「だから、二人で行ってきて。映画の感想、聞かせてね」


「……分かった。由美、その日大丈夫か?」


「私は大丈夫、予定はナッシング」


 私は必死に微笑みを作り続ける。


「じゃ、決まりだな」


「大と二人でデートか〜、悪くないかな」


 悪いはずないよ。むしろ二人なら、きっと素敵な一日になる。


「本当にお似合いだね、妹として鼻高々」


 デート中、二人は仲むつまじく手と手を繋ぐに違いない。


「ほらほら、今から手を繋ぐ練習!」


 私は姉の手と大君の手を取って繋がせる。そして、二人の背中を乱暴なくらいの力で押してやる。


「あれ〜、大、恥ずかしいの? 顔が真っ赤」


「うるさい、中山姉。慣れていないんだ、仕方がないだろ」


「慣れていない、大は慣れていない、と。にしし、ではこれはどうかしらん?」


 脳内にメモ書きした姉が、おどけたような古文調で、大君の腕に自らの腕を絡める。

 確信的に自分の胸に腕を押しつけている。

 大君の腕に押しつけられた双丘は、簡単に形を変えた。今、大君へは、姉の持つ凶悪な柔らかさが存分に伝わっているはずだ。

 太陽の半分が山の向こうに消えてしまった夕闇の中、身を寄せ合って体温を共有する二人は、まるで恋人のように見えた。


「真由!」


「真由〜!」


 うつむいてしまった私と、太陽と一緒に山の陰に隠れてしまいそうになる私の心を、二人の声が呼び戻す。

 二人とも笑顔で手を振っている。大君は担いでいた弓を振って大きくアピールしていた。

 私は十メートル以上間隔を開けられてしまった二人に、走って追いつこうとする。

 慌てて足下に落としてしまった鞄を拾い上げた。



 ――夕暮れを覆った暗闇の中で、何かが転がるのが見えた。



「あれ……?」


 嫌な予感がして、鞄の取っ手を見る。

 いつもあったものが、なくなっていた。

 チェーンだけが、虚しくぶら下がっている。


「あれ……? あれ?」


 私は伸ばした膝を、汚れるのも構わずに地面に付け、コンタクトレンズを落とした人間のように、地面に手をついて探し始める。


 辺りはすでに暗闇が支配している。


 もとより黒いキーホルダーだ。目をいくらこらしても、手でアスファルトの上を探しても、土下座するように這いつくばっても見つからない。


「……あれ? ……あれ?」


 涙をたたえながらも、笑ってしまいそうになる。


「おかしいな……? 見つからないよ……」


 きっとこれは罰なんだ。自分勝手になろうとした罰。



 姉の想いも、大君の想いも。

 全てを出し抜いて、自分の幸せを求めた罰なんだ。

 だから、宝物はどこかへ消えてしまった。



「見つからない……大事にしてきたのに……ずっとずっと宝物だったのに……」


 私の様子がおかしいことに気がついた二人が、引き返してくる。


「どうしたの? 真由? 何か落とした?」


 姉の優しい言葉が、私の悲しみを、滑稽さを増大させる。

 姉がいなければ良かったなんて、いなくなってしまえなんて、少しでも考えてしまった自分に、さらなる自己嫌悪が押し寄せた。


「よし、俺達も手伝うぞ」


 二人が差し伸べてくれる手。

 大君は荷物を置いて、腕まくりをした。姉も鞄を置いて、やる気十分だ。


「……あ……でも、もういいの」


 私は、その二つの手をやんわりと断って、立ち上がった。


「そんなに大事なものじゃないから。もう、あきらめたから」


 そこに私の心があったのだろうか。

 限りなく無感情に近い声。まるで薄暗闇を吸収したかのようだ。


 二人の優しさに、私は決心するしかなかった。



 私は……もう気持ちを吐露しない。



 二人はお似合いだから。私が勝手に想って、悩んで、そして、自滅しただけ。

 変わらないことがあったっていい。想い続けることがあったっていい。



 姉は大君が好き。大君だって、姉が好きなはずだ。



 二人の幸せを祈ることが、いつかきっと私の幸せになる。



 ……でも、そんな日は決して訪れるはずがないと、私は不意に思ってしまう。



 私はその日、姉と大君、二人から半歩遅れて歩こうと決めた。

 家に帰って、未練たらしくぶら下がっているチェーンを捨てようと決めた。



 ――もう、決めたの。


興味を持ってくださった方、読んでくださった方、ありがとうございます。

久しぶりの連続更新です。この調子で、どんどん書ければよいのですが……。

評価、感想、栄養になります。

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