プロローグ
金糸の風が吹いている。
黒いゴムの体を持った砂鯨が砂浴びを始めたのだ。空を飛ぶために進化した巨大なヒレで、熱い砂をざぁくり、ざぁくりとかいている。
私はそこへ通りかかった一人の異邦人だった。
風化したジッグラトの遺跡に腰掛け、地平線を覆う砂鯨の姿態を眺める。
柔らかいカーブを描く、黒い鯨。風に吹かれて舞い散る金色の砂の雨。
夕日に照らされて、それは徐々に赤みを帯びていった。
ゆっくり、ゆっくりと、時が過ぎてゆく。
鯨は最後に砂の潮を吹き、沈み行く太陽に代わって昇り始めた月とともに、ぽっかりと空に浮かんだ。
ジッグラトの遺跡が月の神を祭っていた当時と変わりなく、青い色に染まる。
砂鯨は風に乗って地平線の向こうに帰りゆく。たなびく雲もそれに伴い、黄金の色から深いアンディゴの色に変化していった。
世界の終わりに腰掛けているような錯覚を覚えて、私はふと自分を抱き締めた。
確かにここにある、血と肉。指に纏わり付く体温。
夜はすぐに来た。
完全に満ちた月が、こちらを見つめている。川底に敷いたガラス粒のような星が、視界の端へ向かって滑り墜ちて行く。
抱き締めた体がこのまま闇に溶けてゆきそうで、私は腕に更なる力を込めた。
独りだった。
それでよかった。
静かすぎる、この世界で。
いつ果てるとも知れない、明日。
それでいい。
この世界は完結しているのだから。
けれど、そう思う度に私は無気力になっていくのだった。