●第6話
【side 河合 千奈津】
野々木が自殺をしたと聞いたとき、最初に出てきた感想は「そんな馬鹿な」だった。
だって野々木が自殺をするような繊細さを持っているとは思えなかったから。野々木は、被害者に「よくも騙したな」と詰め寄られても、堂々と「騙される方が悪い」と言うような人間だった。実際にそのようなことを言っている場面も見たことがある。
とはいえ私は野々木の友人でもないし、わざわざ彼の死の真相を探ろうとは思わなかった。そんなことをしても私に利益は一ミリも無い。そもそも私は野々木と仲が良かったわけではないから、マルチ商法をやっていること以外、彼の情報を持っていない。真相を探ろうかどうしようか悩む以前の問題だ。
そんな私のもとに、野々木について探っているらしいSNSアカウントからメッセージが届いた。
最初は無視をしようかと思っていたが、だんだんと好奇心を抑えきれなくなってしまって、メッセージを返した。するとそのアカウントの人物は、取材がしたいから喫茶店で会えないかと聞いてきた。
正直なところ、かなり怪しかった。野々木がマルチ商法に手を染めていたことを考えると、野々木の仲間が取材を口実にマルチを勧めてくる気がした。
しかし私はこれを承諾した。もしマルチに勧誘されても、自分ならキッパリ断ることが出来ると思ったからだ。会う場所もチェーン店の喫茶店ということだから、他人の目もある。おかしなことはされないだろうと考えたのだ。
当日、指定された喫茶店へ行ってみると、私を待っていたのはとても野々木の知り合いとは思えない真面目そうな男だった。
「本日は取材をさせていただけるとのことで、ありがとうございます。僕は吉岡と申します。ええと、あなたのことは『ナツさん』とお呼びすればよろしいですか?」
「はい、ナツで良いです。本名を晒すのは抵抗があるので」
「分かりました。それで構いません。僕が知りたいのはナツさんのことではなく、野々木君のことですから」
目の前の男、吉岡は丁寧に挨拶をすると、取材を始めた。なお「ナツ」というのは、私がSNSで使用しているハンドルネームだ。
意外にもマルチに勧誘されることなく話は進んだ。どうやら吉岡は単に野々木の自殺に興味を持って、個人的に調べているだけらしい。
「野々木の被害者は同じ大学の学生だけだったんですか?」
「詳しくは知りませんが……友人曰く、野々木の住むマンションの住人はほとんどマルチに入れられてたらしいですよ。集会のときに、彼が笑いながら話してたらしいです」
「マンションの住人が……」
吉岡の表情が硬くなった。
どうしたのだろうと顔を覗き込むと、考え込む吉岡と目が合った。
「あっ、すみません。実は僕、野々木君の住んでた部屋に、現在住んでるんですよね」
「野々木の部屋……事故物件ってやつですか」
「ええ。おかげで家賃はずいぶん安いんですけどね」
なるほど。吉岡が見ず知らずの野々木の自殺について調べていることに合点がいった。事故物件に住んでいるのなら、前居住者の事件について知りたくなっても不思議ではない。
「野々木の幽霊が出るんですか、その事故物件」
「どうでしょうね。僕はまだ会ったことがないです。霊感が無いから視えてないだけかもしれませんけど」
「霊感、ですか」
そういえば昔、伯母の幸子おばさんが、幽霊が視えると言っていたっけ。小さかった私を怖がらせるためだけの嘘かもしれないが。親戚というのは、そういう変な嘘を吐く生き物だから。幸子おばさんの嘘のせいで、私はしばらくゴーヤのことを病気になったキュウリだと思っていたのだ。だから幸子おばさんに霊感があるという話を心から信じることは出来ないものの、試しに聞いてみる価値はある気がする。
「あの。私、霊感がある人を知ってるんですが、その人と一緒に野々木の住んでたマンションを確認することは出来ますか? そのマンションを一度見てみたいんです」
「ナツさん、霊感のある人を知ってるんですか!?」
霊感のある人ではなく、霊感があるかもしれない人、だが。
「幽霊が絶対に視えるという保証はありませんが、少なくとも私よりは視えると思います」
「ぜひその方に視ていただきたいです! その方と連絡は取れますか!?」
思っていたよりも吉岡が食いついてきた。これで幸子おばさんの霊感が嘘だったらものすごく申し訳ない。どうか本物であれ、幸子おばさんの霊感!
「連絡は取れますが、伯母さんは現役で働いてる人なので、もし了承をもらえてもすぐにマンションに行くことは出来ないと思います」
「ああ、そうですよね。大抵の人は毎日働いてますよね」
「……もし、ですが。野々木の幽霊が出てきたら、吉岡さんはどうするつもりなんですか?」
「どうするつもり……何も考えてませんでした。でも自殺の真相を語ってくれるなら聞いてみたい気もしますね」
「叔母さんは霊媒師ではないので、幽霊と会話をすることは難しいと思いますが……でも私も野々木の死の真相は知りたいところですね」
会話は出来ないまでも、野々木の幽霊の様子で、自殺か他殺かを判断することは出来るかもしれない。
……本当に幽霊なんてものがいれば、だが。
「私が話せるのはこんなところですかね。大した情報を提供できなくてすみません」
「いえいえ。いきなりメッセージを送ってきた僕と会ってもらえただけでもありがたかったです。ブロックをされ続けて心が折れそうでしたので」
「普通の人はブロックしますよ。怪しいですもん」
どこかの出版社とかテレビ局に所属しているならまだしも、いきなりメッセージを送ってきた所属も分からない人間に会ってみようと考える人は少数派だろう。野々木がマルチ商法をやっていたこともあって、怪しすぎる。
「それでは、伯母さんと連絡が取れたら私からメッセージを送りますね。了承をもらえた場合も、断られた場合も」
「助かります。本日はありがとうございました!」
* * *
「……ってことなんだけど、幸子おばさんに霊感があるって話は本当?」
『本当よ。幽霊がバリバリ視えるわよ、あたし』
吉岡と会った日の夜、幸子おばさんに連絡をしてみた。吉岡から聞いた話を伝え、幸子おばさんに一緒に吉岡の住むマンションに来てくれないか交渉をするためだ。
「本当かなあ。ゴーヤが病気のキュウリだって話は嘘だったのに?」
『いつまで言っているのよ、それ。ちょっとからかっただけじゃない』
「幸子おばさんのせいで、私は学校で恥をかいたんだからね!?」
『あら可愛いじゃない、子どもらしくて』
昔の不満を口にしてみたものの、幸子おばさんはどこ吹く風だ。
『それよりも。変なことに首を突っ込んだわね、千奈津ちゃんは』
「どうしても気になっちゃって。だってあいつが自殺なんて考えられないから」
『千奈津ちゃんは自殺した大学生のことが好きだったの?』
「まさか! むしろ嫌いだったよ。友だちをマルチに巻き込んだんだもん」
私が野々木のことを好きだったなんて、考えただけでも鳥肌が立つ。あんな邪悪なやつとは一切関わりたくない。
それなのに今、野々木の幽霊と関わろうとしているのだから、人生は何が起きるか分からないものだ。
『嫌いだったなら、この件に関わるのはやめなさい。人の恨みに関わっても、良いことなんか一つも無いんだから』
幸子おばさんは好奇心旺盛なタチだからてっきりこの話に乗ってくると思っていたが、意外にも消極的な姿勢を見せた。
「別に除霊をしようってわけじゃないよ。幽霊を視て、それで終わり。危険なことなんてやらないよ?」
『他人に害を成さない幽霊もいるけれどね。千奈津ちゃんの話を聞く限り、人の恨みが関わっていそうな案件だわ、それは』
「確かに野々木は恨まれるようなやつだったけど……じゃあ幸子おばさんは来れないの?」
『うん、行きたくないわね』
幸子おばさんが断言をした。まさかこうなるとは思っておらず、しばし考える。
幸子おばさんは面倒見が良くて私のことを可愛がってくれているから、問題は幸子おばさんに霊感があるかどうかだけだと思っていたのに。まさか同行を拒否されるなんて。
「……じゃあ、私一人で行く」
考えた末に私が出した答えは、こうだ。
『千奈津ちゃん。初めて会った年頃の男の家に一人で行くなんてあたしは反対よ。幽霊うんぬんを抜きにしてもね』
「だって幸子おばさんが来てくれないなら一人で行くしかないもん。こんな話、幸子おばさん以外には出来ないし」
『それなら行くのをやめなさい。いろんな意味で危険すぎるわ』
「大丈夫だよ。あの人は細くて弱そうだったから。襲われたとしても、相討ちまでは持ち込めそう」
『相討ちって、あんたねえ』
通話の向こうから大きな溜息が聞こえてきた。
実際のところは、相討ちは難しい気がする。吉岡が細くて弱そうなのは事実だから体育会系の女なら勝てる気もするが、あいにく私はそうではない。だから今の発言は、幸子おばさんを同行させるためだけのものだ。私のことを可愛がっている幸子おばさんなら、私が危険な真似をしようとしたら、見て見ぬふりは出来ないと思ったのだ。
『……ああもう、分かったわよ。行けばいいんでしょ、行けば』
作戦大成功!!
言質は取った。あとはスケジュールを決めるだけだ。
「ありがとう、幸子おばさん! 優しい幸子おばさんなら一緒に来てくれると思ってたよ。それで、いつなら行ける!?」
『まったく調子が良いんだから。最短でも月末ね。あたしだって暇じゃないからね』
「分かった。月末の土曜か日曜は空いてるか、相手に確認してみるね!」
私が上機嫌でそう言うと、幸子おばさんが急に真剣な声を出した。
『ただし。同行する代わりに条件があるわよ』
「条件?」
『この件にはこれ以上深入りしないこと。一緒にその事故物件に行って、それで終わり。その後は相手と連絡を取ることもやめなさい』
「どうして?」
『さっきも言ったでしょ。人の恨みに関わっても、良いことなんか一つも無いの』
幸子おばさんがこんなに念を押すなんて、幸子おばさんはこれまでに幽霊と関わって大変な目に遭ったことがあるのかもしれない。
お金を払うわけでもなく幸子おばさんの善意だけで一緒に事故物件に来てもらう以上、ワガママを言うわけにはいかない。
「分かったよ。事故物件を見たら、それで終わりにする」
『絶対だからね。約束よ』
「うん、約束する」
『それじゃあ、その野々木って人について知っている情報をまとめてあたしに送っておいて。当日までに目を通しておくから』
幸子おばさんとの通話を終えた私は、すぐに吉岡にメッセージを送った。スケジュールの確認と、後で揉めないように「霊感のある人が一緒に来てくれる条件として、事故物件から帰宅したらこの件からは手を引くように言われました。帰宅後にはあなたのアカウントをブロックしますがよろしいですか?」と尋ねておいた。
すると吉岡からは了承の連絡が届いた。吉岡は別に私と仲良くなりたいわけではなく、野々木の幽霊の件を知りたいだけだから、私と連絡が取れなくなっても構わないのだろう。
さあ、月末にはすべてが判明するはずだ。




