●第4話
大学名と彼のフルネームを入手した僕は、SNSで情報を集めまくった。SNSに不用意なことを書き込むと特定されると言うけど、やってみてその怖さを実感した。僕は数時間の検索で野々木自身のアカウントを発見し、野々木のアカウントや野々木の友人のアカウントから、彼の情報をいくつも入手することに成功したからだ。
「野々木の入ってたテニスサークルは、いわゆる飲みサーっぽいな。絶対とは言えないけど」
野々木のアカウントでは、テニスサークルの活動として、テニスの写真よりも飲み会の写真が上がっている。まあそれもテニスサークルらしいと言えばテニスサークルらしいのかもしれないけど。
「そして野々木は……マルチ商法をやってた」
ネットには「野々木に騙された」という内容の呟きが何件も転がっていた。それに野々木自身のアカウントには、年齢が様々な謎の集まりの写真が何枚も投稿されている。きっと彼らは同じマルチの仲間たちなのだろう。
ちなみに野々木の顔も判明したけど、少しも僕とは似ていなかった。とはいえ僕が老人の顔がみんな同じに見えるように、あのおばあさんからしたら若者の顔はみんな同じに見えていたのかもしれない。だからこれについては深く考える必要は無い気がする。あれ以来、あのおばあさんとは会っていないし。
それよりも注目すべきなのは、やっぱり。
「飛び降り自殺をした大学生がマルチ商法にハマってた。うん、闇を感じる」
心霊現象とは離れてしまうけど、調査をしたら面白そうな気がする。良いネタになりそうだ。
「だけどネットで調べられるのはこれが限界か」
さすがに野々木のやっていたマルチ商法については、ネット上で調べることは出来なかった。簡単に調べることが出来たら、それこそ簡単に捕まってしまうから、そんなヘマはしないのだろう。
「でもここで終わらせるつもりはない。直に話が聞きたい」
せっかく掴んだ面白そうなネタを、中途半端な状態で終わらせるわけにはいかない。野々木がどのような人物で、どのようなマルチ商法をやっていて、どうして自殺を選んだのかが知りたい。
と言っても、遺族に取材をしに行く勇気はない。失礼だし、家族が自殺をしたことで出来た傷をえぐってしまう。
それなら。
「駄目でもともと。野々木大地と繋がってるアカウントに、野々木の話を聞けないか、片っ端から連絡をしてみよう!」
まだ傷が浅いだろう彼の友人に話を聞いてみた方が、遺族に突撃するよりはマシなはずだ。友人であっても不快な想いをさせるかもしれないけど、その場合は僕のアカウントをブロックしてもらえばいいだけだ。
そう考えた僕がいくつものアカウントにメッセージを送る作業をしていると、玄関のチャイムが鳴った。インターホンに出ると、ハツラツとした男性の声が聞こえてきた。
「おはようございます、野々木さん。昨日からずっとドアの前にマックの袋が置かれてますが、大丈夫ですか?」
言われて気付いた。調べ物がしたくて出掛ける時間が惜しくなった僕は、少し高くなることを承知でウーバーイーツを頼んでいたのだった。それなのにドアの前に置いてもらったまま忘れていたなんて。もったいない!!
「すみません、頼んだことを忘れてました。すぐに片付けます!」
僕はそう言ってマックの袋を回収し、冷えに冷えたハンバーガーセットを胃袋の中に押し込んだ。
* * *
「本日は取材をさせていただけるとのことで、ありがとうございます。僕は吉岡と申します。ええと、あなたのことは『ナツさん』とお呼びすればよろしいですか?」
チェーン店の喫茶店で目の前の大学生に挨拶をする。なるべく怪しく見えないように、にこやかに爽やかに。
……僕自身が爽やかさとは無縁の人間のため、本当に爽やかに笑えているかは怪しいものだけど。
「はい、ナツで良いです。本名を晒すのは抵抗があるので」
「分かりました。それで構いません。僕が知りたいのはナツさんのことではなく、野々木君のことですから」
「あまり期待はしないでくださいね。野々木とは大学が同じというだけで、特別仲が良かったわけでもありませんので」
ナツさんはパッと見た感じ、どこにでもいそうな量産型の大学生だ。突飛な髪型や服装はしておらず、茶髪のショートカットにシックな色のワンピースを着ている。
ただ野々木の投稿していた写真を穴が開くほど眺めてから来たけど、その写真のどこにもナツさんは写っていなかった気がする。そこに写っていた人物よりも、言い方は失礼だけど、地味な印象だ。
野々木のサークル仲間やマルチ仲間から話が聞けたら良いなと思っていただけに、少し残念ではある。もちろん口には出さないけど。
「それでもありがたいです。野々木君のことは何で知ったんですか? 講義が同じだったとかですか?」
「いえ、その……友人が野々木に騙されてマルチのグループに入れられてしまって」
つまりナツさんは、野々木の被害者の友人、ということか。
野々木のサークル仲間やマルチ仲間ではなくて残念だと思っていたけど、かえって良かったかもしれない。野々木のことを敵だと思っているナツさんからは、野々木の友人からは聞くことの出来ない、贔屓目無しの情報が得られそうだ。
「マルチ商法をやってたみたいですからね、野々木君は」
「知ってるんですか?」
「詳しいマルチの内容までは知りませんけど、マルチをやってたという情報は掴んでます。大学内にも彼の被害者は多数いるようですから」
SNSで野々木に騙されたと呟いているアカウントは一つや二つではなかった。大学内で何人もの学生をマルチに引き入れていたことは間違いないだろう。
「私の知り合いでマルチのグループに入れられたのはその友人一人だけですが、被害者は何人もいたようですよ。彼の所属してたテニサーなんかはマルチの温床だったとか」
「あはは。嫌ですね、そんなサークル」
「大学内ではマルチの件がうわさになってて、あのテニサーに近付く人は少なかったように思います。テニスは好きなもののあのテニサーに近付きたくない人たちが、別のテニサーを立ち上げてたくらいです」
そこまでうわさになっていたら、マルチの勧誘も難しかっただろう。だから野々木はたぶん、まだうわさを何も知らない新入生をターゲットにしていたに違いない。
もしくは野々木はものすごく口が上手くて、うわさになっていてなおマルチの勧誘に成功していたか。
どちらにしても、厄介な人物のように思える。
「ナツさんは友人をマルチのグループに入れられたことで、野々木のことを恨んでましたか?」
「……少しも恨んでないと言ったら嘘になりますが、甘い話に乗った友人にも責任はあります。だから野々木に復讐をしてやろうとかそういうことは思ってなかったですね、私は」
「私は?」
「当然、野々木のことを恨んで復讐したいと考えてる人はいたと思いますよ。被害者なんかは特に。大学の構内で暴力沙汰は見たことがないですが、言い合いをしてるところは見たことがあります」
大学生相手だから何百万円も失わせたということはないだろうけど……いや、奨学金を使わせたとか借金をさせたとかならその可能性もあるか。とにかく、多大な被害を被った人間なら野々木のことを恨んで復讐を考えてもおかしくはない。
「ナツさんは…………野々木が自殺ではなく殺されたんじゃないかと疑ってるんですか?」
僕の問いかけに、ナツさんが頷いた。
「野々木は自殺をするような性格ではありませんでした。少なくとも私の知る限りは」
「ナツさん自身が野々木と接触をしたことがあるんですか?」
「マルチに入れられた友人の件で何度か。ですが野々木はふてぶてしいと言いますか、悪を悪だと思ってないようなやつだったんです」
ここでナツさんが僕の目をまっすぐに見つめた。
「野々木は本当に自殺だったんですか?」
野々木が自殺ではなかったとしたら、本当は他殺もしくは事故だったとしたら、これは面白いネタになる。
いやそれどころではなく警察に情報提供をしなくてはならないレベルの話だけど、もしそれでニュースにでもなったら、その事件を調査して漫画を描いた漫画家として話題性抜群だ。絶対に出版社は拾ってくれる。
何としても真相を突きとめたい!
「野々木の被害者は同じ大学の学生だけだったんですか?」
「詳しくは知りませんが……友人曰く、野々木の住むマンションの住人はほとんどマルチに入れられてたらしいですよ。集会のときに、彼が笑いながら話してたらしいです」
「マンションの住人が……」
まだ僕の知るあのマンションの住人は二人だけ。引っ越し初日に出会ったおばあさんと、顔は見ていないけど置き配の件を知らせてくれた男性。あの二人も野々木に騙されていたのだろうか。
それからナツさんとしばらく会話をしていると、野々木の住んでいたマンション、つまり僕の現在住んでいるマンションを見たいと言われた。ナツさんの知り合いに霊感のある人がいるらしく、その人に野々木の死亡現場を見てほしいらしい。
どうやらナツさんは幽霊肯定派のようで、もし野々木が自殺ではなく本当は殺されたのだとしたら、殺害現場に野々木の幽霊がいると思っているようだった。
もちろん僕はこれを快諾した。こんな面白そうな話に乗らないわけにはいかない。
僕には霊感のある知り合いなんていないから、わざわざ霊感のある人を連れてきてくれるなんて、願ったり叶ったりだ。
一通り話をした僕たちは、例の霊感のある人の予定が分かったらSNSでまた連絡を取り合う約束をして、解散した。
「めちゃくちゃ有意義だった。良い漫画が描けそう!」
ナツさんへの取材を終えた僕は、確かな手応えを感じていた。
事故物件を巡る野々木の話を描いたら、絶対に面白い漫画になる!
「ただ今のところ心霊的な怖さは一つも無いんだよな。ナツさんの連れてくる霊感のある人とやらが、野々木の幽霊を見つけてくれたらいいんだけど」
あの不動産屋にお願いをしたら、数時間だけでも屋上に繋がるドアのカギを貸してはもらえないだろうか。せっかく霊感のある人が見てくれるのなら、絶対に屋上も確認してほしいのだけど。
「それにしてもマンションの住人がマルチの被害者だったなんてな。野々木も悪いことをするもんだ」
そこまで考えて、はたと気付いた。
「僕、あのおばあさんに野々木と間違えられてたよな。だけどあのおばあさん、野々木のことを恨んでる様子じゃなかった」
もしかしてあのおばあさんは野々木に騙されたことに気付いていないのだろうか……その可能性は十分にある。おばあさんは少しボケているみたいだったから。
「だけどマンションの住人ほとんどをマルチに入れたっていう話は、野々木自身が言ってただけだ。自分を大きく見せるために誇張しただけの可能性もある」
集会で言っていたなら「こんなに簡単に勧誘できるんだから、君たちも近所の人を勧誘してごらん」とマルチ仲間をそそのかすためだけの文言かもしれない。実際には野々木はマンションの住人を誰もマルチには入れていないかもしれない。
「だけどマルチなら、なるべく多くの人を勧誘したいよな。だから本当にマンションの住人をマルチに入れてた可能性もある。確率は五分五分だ」
どちらが真実だろう。いっそマンションの住人に確認してみるか?
「あっ、もしかして」
ここで僕はピンと来た。
不動産屋の男が言っていた「ご近所付き合いをしないでください」という発言は、過去に野々木のマルチ勧誘があったからではないだろうか。
同じことが起こらないように、あらかじめ僕に釘を刺しておいたのかもしれない。
そう考えると辻褄が合う。
「でもその場合、あのおばあさんはやっぱり野々木に騙されたことに気付いてないのかな……って、あれ?」
野々木のことばかりを考えていたせいで違和感を抱かなかったけど、置き配のことを教えてくれた男性、彼も僕に向かって「野々木さん」と呼びかけてはいなかっただろうか。
「それなのに置き配のことを教えてくれて……あの置き配、毒とか盛られてなかったよな!?」
一瞬慌てたものの現在まで身体の異変は無いため、少なくとも命にかかわる毒は盛られていなかったらしい。
「じゃあただの親切で教えてくれた? 野々木だと思ってる相手に? 一体何がどうなってるんだ?」
野々木のことを調べたせいで、僕は自分を取り巻く事態が、より分からなくなってしまった。




