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ご近所付き合いはしないでください  作者: 竹間単


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3/9

●第3話


「あのね、吉岡君。キミは絵はまあまあ上手いんだが、話がまったくダメだね。先が読めすぎる」

 提出した漫画原稿を読んだ編集者は、開口一番そう言った。

「先が読める、ですか」

「うん。と言っても、先が読めても面白い漫画はいくらでもあるよ? バトル漫画なんかは主人公が勝つことが分かりきっているが、それでも面白い。しかしキミの作風はそういう系統じゃない。絵も臨場感のあるタイプじゃないしね」

 自身の絵が大手少年誌向きではないことは分かっている。過去にはそういう系統の漫画も描いてみたけど、あまりにも向いてなさすぎて描くことをやめた。

 しかし少年漫画に向いていない画風が、少年漫画に劣っているとは思わない。ただの画風の違いだ。少年漫画には少年漫画の、青年漫画には青年漫画の、少女漫画には少女漫画の良さがある。ちなみに少女漫画にもチャレンジしたことがあるけど、少年漫画以上に向いていなかった。僕は少女漫画を読んで育ったわけではないから、それも当然なのかもしれないけど。

「僕の画風に合ってるのは、お仕事モノとかですよね?」

 僕の言葉に編集者は頷いた。

「そうだね、そっち系統の漫画を描くのが良いと思う。いわゆる、友情・努力・勝利、ではない漫画だね。そういう意味ではうちの雑誌はキミ向きと言えると思う。だがキミの漫画を載せることは出来ないよ。あまりにも力不足だ」

「ストーリーが弱いから、ですか」

「そう。キミの描く話は、キミにしか描けない物語じゃない」

 僕にしか描けない物語じゃない。

 ……あまりにも耳の痛い話だ。

「ありきたりな話でも表現力で押し切れるなら良いが、君にその力は無い。今の状態で戦うなら、ストーリーを面白くするしかないだろうね。もちろん面白いストーリーに、漫画としての表現力が乗ることが一番良いがね」

「……どうやったら面白い話が描けるようになりますか?」

「それが分かったら、世の中の漫画家志望は全員、漫画家になれているだろうさ!」

 編集者がからからと笑う。そしてひとしきり笑った後で、真剣な顔に戻る。

「言えるとしたら、答えは一つではなく人によって違う、ということくらいかな。何百もの作品に触れることで面白さを手に入れる者もいれば、実際に面白い体験をすることで漫画にそれを組み込めるようになる者もいる」

「面白い体験……」

 バトル漫画を描く漫画家先生が実際に戦ったことがあるとは思わないけど、リアル路線の漫画を描くなら体験談を入れ込んだ方が面白くなる理屈は分かる。ただの想像を並べ続けるよりも説得力がある。

 リアル路線の話を描く漫画家先生は漫画を描くにあたって取材もしているのだろうけど、誰かに聞いた話よりも、自身で体験して感じたことやそのときの空気感を描写した方が完成度は上がる気がする。

 とはいえ個人で経験できることには限度があるから、必ずしも描きたい題材を体験できるとは限らない。

 だからこそ体験した者の描いた話が「その人にしか描けない物語」になるのだろう。

「僕にしか描けない物語……僕にしかできない体験……」

「キミは、他人のしていないだろう体験をしたことはあるかい?」

 頭を悩ませる僕に編集者が質問を投げかけた。しかしこれまでの人生でそんな特殊な体験をしたことがあっただろうか。普通の高校に通っていたし、入っていた部活は漫画研究会だ。そんな漫画家志望はごまんといる。

 高校を卒業してからは、漫画を描きつつ、漫画家先生のアシスタントとしてアルバイト料をもらっている。これも多くの漫画家志望が通る道だ。珍しいことなど何も無い。

 それ以外で変わっていることと言えば……そうだ!

「今、事故物件に住んでるんです、僕」

「へえ、いいじゃないか! もう幽霊は視た!?」

 事故物件に編集者が食いついた。そういえばここの出版社の出す雑誌にはホラー漫画も載っていたっけ。

「まだ視てません。数日前に引っ越したばかりですから」

「引っ越したてだと会えないのか。むむむ。幽霊は人見知りをするということかな?」

 編集者が今日一番の目の輝きを見せた。

 単にこの編集者がホラー好きなだけかもしれないけど、もしかするとホラーを描く漫画家には需要があるのかもしれない。後者だとしたら、こんなにラッキーなことはない。なにせ今の僕は、現在進行形で事故物件に住んでいるのだから。

「幽霊のことはよく分かりませんけど……いいですね、人見知りをする幽霊。ちょっと幽霊について調べてみます!」

「新作が描けたら、また持っておいで。事故物件に住む漫画家の体験談漫画なら、こっちとしても売り出しやすいからね。多少ありきたりな展開でも、そのときの心情や恐怖を表現すれば、今よりはずっと良いものが描けると思うよ」

「はい! 頑張ります!」

 次に描く漫画の方向性が見えてきた僕は、元気よく返事をした。僕の返事に、編集者は満足そうな顔で立ち上がった。

「実際に当事者として体験をすることで、漫画家として得るものがある。体験の詳細だけではなく、体験を通して自身の心の変化も学べるんだ。面白いよ、人間の心は。漫画家志望の人たちは漫画を描くことばかりに気を取られているが、もちろん漫画を描くことも大事なのは間違いないが、もっといろんな体験をするべきなんだ。そのことに気付けたことが、きっとキミの財産になる。頑張りなよ」

 僕は編集者に深々とお辞儀をすると、出版社をあとにした。




「事故物件の漫画か。僕の作風と合わないこともないかも」

 あのあと他の出版社にも漫画原稿の持ち込みをしたけど、良い返事はもらえなかった。今の僕の漫画では紙面に載せることは難しいらしい。それぞれにアドバイスをもらえたことはプラスだけど、一所懸命に描いた原稿だっただけに残念だ。

 それでもそこまで落ち込んでいないのは、次に描く漫画の方向性が決まったからかもしれない。

 ただし。

「特にネタになりそうなことは起こってないんだよなあ。本当に幽霊が人見知りなだけだったらいいけど、このまま何も無かったらネタにならないよなあ」

 そう、僕が事故物件に住んで一週間が経つけど、これと言って何も起こっていないのだ。幽霊を視たこともなければ、ポルターガイスト現象の一つも起こっていない。

「やっぱり屋上から飛び降りたから、幽霊が出るとしても屋上に出るんじゃないかな。カギが掛けられてて屋上に行けないのが残念だよなあ」

 もし屋上に行けるなら、深夜に屋上で幽霊を待ってみることもやぶさかではないのだけど。

「まあ何も起こらなかったら起こらなかったで、安くて良い物件に入居出来たってことだから、喜ばしくはあるけどね」

 だけどその場合は事故物件とは別に、漫画のネタになる何かを見つけないといけない。

 それを思うと、漫画家志望としては心霊現象が起こってくれた方が嬉しい気もする。

 そんなことを考えながら201と書かれたポストを開け、中に入っていたチラシやら何やらを取り出して部屋へと向かう。

「……って、あれ」

 部屋の前に着くと、またしてもドアの上に「野々木」の文字が掲げられていた。

「絶対に表札を取ったはず。それなのにどうして」

 これは心霊現象……ではないだろう。幽霊が紙にペンで字を書いて表札に入れるなんて聞いたことがない。だからこれは絶対に人間の誰かがやっている。目的はまったく分からないけど。

「嫌がらせ? それとも前居住者が亡くなったことを知らない住人が善意でやってる?」

 僕は不動産屋の男の話に従って近所に引っ越しの挨拶をしていないから、僕が引っ越してきたことを知らない住人は多い気がする。だからここにまだ前住居者が住んでいると思っている人がいても不思議ではない。

 だけど……自分の住むマンションで飛び降り自殺が起こったのに、そのことを知らずにいられるものなのだろうか。

 救急車が来ただろうし、事件性が無いか警察が住人に事情聴取をするような気もする。

 ……これまで住んでいるマンションで飛び降り自殺が起こった経験なんてないから想像でしかないけど。

 ぼーっとしながら部屋の中に入り、手に持っていたチラシを確認する。ほとんどがどうでもいいチラシだったけど、一枚だけは読むべき手紙だった。手紙には赤字で「ゴミ出しについてのお知らせ」と書かれている。

「マンション内の住人に対する注意喚起か。ゴミ出しは曜日を守れってやつ。こういうのって不動産屋が出してるのかな。それともマンションで暮らしてる誰かが作ってる?」

 手紙をよく見たことで、おかしな点に気付いた。赤字にばかり気を取られていたけど、その手紙の一番上には。

「『野々木様』って書かれてる。この手紙は僕が入居したことを知らない住人が書いたってこと?」

 ……どうだろう。

 以前会ったあのおばあさんのような人なら、そういう勘違いを起こしていても不思議ではない。しかしこの手紙はパソコンで出力されている。あの少しボケていそうなおばあさんが作ったものとはとても思えない。

「もしこの手紙や、何度取っても付けられる表札がヤバイ人の仕業だとしたら……これはネタになる」

 嫌がらせを受けているのかもしれないのに、自然と笑みがこぼれる。

「ホラーって幽霊の話だけじゃないよな。ヒトコワだって十分ホラーだ」

 この件について描いたら、面白い漫画になるかもしれない。ネタが向こうから飛び込んできたようなものだ。

 だけど受け身でいるだけでは不十分だ。こちらからも動かないと。

「そもそも、自殺をした『野々木』ってどんな人だったんだろう。あのおばあさんが勘違いをしたってことは、僕と年齢とか背格好が似てたのかな」

 果たしてこのマンションの住所と野々木という苗字だけで個人に辿り着けるものだろうか。

「ノノギダイチって言ってたよな、あのおばあさん。ノノギは手紙や表札に書かれてた『野々木』だろうけど、ダイチはどういう漢字だろう。考えられるのは……いや、待てよ」

 野々木は飛び降り自殺をしたのだ。記事になっていてもおかしくない。

「……あー、名前までは公表されてないか。こういうのって遺族の許可が必要なのかな」

 ネットの海を漂ってみたものの、飛び降り自殺の記事は出てきたけど名前までは見つからなかった。書かれていたのは自殺をした人物が大学生であることと二十歳という年齢だけ。

「それならSNSだ。大学生なら絶対にうわさになってるはず」

 SNSで「野々木、自殺、学生」で調べてみると、ヒットするものが何件かあった。そしてその呟きをしているアカウントを確認し、大学を特定した。そして大学名と野々木で検索をかける。

「……あった。彼のフルネームは、野々木大地だ」




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