影響する意外性
「……さて、次は俺たちの番だな。」
「楽しもうね〜、くわっち!」
「あぁ、怖い。」
二番手は頼れる先輩コンビだ。どうなるのか楽しげな様子の有栖川先輩と心配オーラが滲み出る祐先輩。果たしてどんなお題を演じてくるのだろうか。
一言一句聞き逃すことなどできない、この場で起こる全てが手掛かりになる。一番手の黒木&白鷺で得た物を元に、なんとか予想できるといいが。
「それじゃあ準備はいいですか〜?行きますよ〜、3、2……」
キューの合図を白鷺が手で示して第二戦が始まった。
まず行動を起こしたのは有栖川先輩だ。前回の白鷺のように椅子をステージに持ってくると、若干上手寄りの位置に下手に向かって座る。何やらパソコンに向かうような姿勢で指をカタカタ動かし、時折隣にある何か、デスクワークをしているとするならば資料だろうか、を開いて見ては度々目もとをこする仕草をしながら、目の前の画面らしきものと向き合っていた。
「うぅ〜、眠い……。もうげんかーい……。」
あくびをして、伸びもするも力尽きて突っ伏してしまう有栖川先輩。
そこへ祐先輩が舞台の中心へ走り込んでくる。そして普段の祐先輩とは思えないどすの利いた声で一言。
「おい!寝るな!」
普段優しい先輩の姿とはうって変わった口調、まるで恐喝しているかのような雰囲気に俺は空いた口が塞がらない。
ズカズカと有栖川先輩の方へと歩いていき、胸ぐらを掴もうとしたけど何故かスッとからぶる。祐先輩には掴もうとする様子もあって、有栖川先輩が避けた様子もない。なのになぜか少し手前で手は動いた。まるでわざとからぶっているような。
俺がそう疑問に思っているうちにも、祐先輩は有栖川先輩に怒りをぶつけていた。
「もーうるさいなぁ。」
「お前がなんとかするって言ったから待ってるんだろうが!」
「焦りすぎだって。まだ1日しか経ってないよ……、ふあぁぁぁ。」
「何言ってんだよその3倍経ってんだよ!ったく、いつになったらあたしはこの状況から解放されんだ。」
「普段の仕事もあるんだよ……、あー、また返却期限過ぎてる〜。」
「まだ文献見つかんないのかよ、くそっ……。」
言い合いをしている間にも祐先輩は有栖川先輩につかみかかろうとしていたようだけど、その手もまた惜しくも手前を通り過ぎる。そのうち祐先輩は諦めた様子でヤンキー座りをして項垂れた。
一方の有栖川先輩は眠たげにしながらも、ひたすら資料を開いては、パソコンを操作し、時折資料を裏返して後ろにある何かをスキャナーで読み取るような仕草をする。それに”返却期限“という言葉をよく聞く仕事。俺はその動きにすぐにピンときた。
(……あれは、図書館司書?)
読書が趣味な俺としては、図書館で本を借りる時必ず見る光景だ。手順がそっくりそのままであることから、有栖川先輩は“図書館司書”であると推測する。そしてこの場所は図書館だ。
一方の祐先輩。喧嘩腰で突っ掛かり気味でヤンキー座り、若干座る時に足元を気にするそぶりが見られた。おまけに自分のことを“あたし”と呼ぶ姿は、まるで幼い頃お笑い番組で見た、竹刀を持ったスカート丈の長いセーラー服を身に纏ってキレ芸をする芸人にそっくりだ。
(シンプルに考えるなら、不良、ヤンキー……、女ならスケバンか?)
祐先輩が不良少女、なんだかそう考えるとこの状況はなかなか稀有だ。
ここまで人物の予想はできたものの、肝心の状況設定がわからない。有栖川先輩は眠たげな様子が印象的だが、ただの眠い司書ではないだろう。最もシンプルに考えるなら“睡眠不足”とか“徹夜で作業をする”だろうが、俺的には祐先輩があえて“3倍”と細かい数字を出したことが気になる。
確かその直前にどれくらい時間が経過したかの話をしていたはずだから、寝不足になるぐらいの時間の単位といえば“1日”が基本だろう。となると、3倍なら三日間か。三徹は流石に意識を失うレベルだと納得する。問題は。
(祐先輩は、なんで有栖川先輩の調べ物を待っているんだ?)
調べ物を待たなければいけない、自分ではどうすることもできない状況。それは一体なんなのだろうか。
そう考えていると、有栖川先輩が項垂れる祐先輩に声をかける。
「あ、関連ありそうな本あったよー。えーっと、オカルト、都市伝説系の棚の3段目!」
「……ほんとか!?」
それを聞くと祐先輩はガバッと顔を上げて、立ち上がると指示された場所まで向かい、手を伸ばす。が、しかし、伸ばした手は何も掴まず空を切った。
「どうしたの?早く取ってきてよ〜。」
動けなーい、と再びぼやきふにゃふにゃと体を揺らす司書、有栖川先輩。その様子を見て、祐先輩は拳をふるふると振るわせる。
「……だから、体が透けてる状態じゃ取れないって言ってんだろうがー!!」
「え〜、自分の体のことなんだから自分で解決してよ〜。」
「それができたらお前なんか頼ってねぇ!」
怒りに任せて祐先輩が拳を振るも、またもや空を切る。
「何回も言ってるのになぁ、殴っても効き目はないですよー。」
「ちくしょう……、なんでお前しかあたしのこと見れねえんだよ!」
「自分で喜んで離脱したくせに。私に霊感があってよかったですね〜。」
悔しかったら殴ってみろと言わんばかりに、揶揄うような表情で変顔をする有栖川先輩。子供じみた挑発に俺らも思わずクスッと笑ってしまう。
「だー!くそっ、早くしないと時間が……。」
一方タイムリミットが迫っているのか、頭を掻きむしり、だんだんと焦りだすスケバン祐先輩。そこで俺はある一つの予測に辿り着く。
あの行動が演技のうちだとすると、体が透けているおかげで触りたくても触れない。言葉を喋っているから人間ではあるけど人間とはいえない状況。
(おそらくは、幽霊だ。だけど……。)
幽霊と結論づけると少し納得いかない点がある。それは祐先輩が、ものに触れない問題が解決されると当初から妙な確信を持っていたことだ。ただなんらかの事故などで死んでしまって、幽霊となってしまったら、戻れないと自覚しているケースが多い。
例外として本人が死んだことに気がついていないというパターンもあるが、ものに触ることができないことに気がついている以上、その可能性は低いだろう。”早くしないと“と時間を気にしていること、そして有栖川先輩の”離脱“という言葉から俺が導き出した予想は。
(まさか、幽体離脱してるってことか?)
幽体離脱は、時間が経ちすぎると戻れなくなると聞いたことがある。
でも有栖川先輩自身が”霊感がある“としか言っていないことから、祐先輩の状態は幽霊で、その離脱という言葉が指すのは“現実から離脱している”ということかもしれない。シンプルに考えていいのか、少し難し目の言葉なのか。果たして今の状況は、まだ体に戻れるのか、それとも戻れないのかーーーー。
「はい、そこまで。」
氷室の凜とした声で熟考から現実へと引き戻される。
「いやぁ、くわっちが別人だったぁー。こわいこわいー。」
「当たり前だ、演技なんだから。」
「いつもと違う一面が見れるから、エチュードはやめられないよね〜。」
有栖川先輩はなんてことないように笑っているが、俺は十分度肝を抜かれた。
黒木と白鷺はある程度変貌するという予測があったし、本人の面影がほんのりあったからそこまで驚かなかったが、いつもは温厚な祐先輩が、こうした圧迫感のある演技をするとガラリと雰囲気が変わって面白いなと思った反面、まだまだ知らない一面があることに驚いた。
それはさておき予想タイムだ。各々の意見を出し合う。
「意外とわかりやすいお題かもしれないわね。」
最初に口を開いたのは黒木だ。
「“寝不足の図書館司書”と“幽霊になってしまった不良少女”、とかどうかしら。」
「くるみも似たような意見かも〜。最初から有栖川先輩の眠たげな様子はかなり印象的だったし、図書館の貸出/返却とか担当してくれる人の動きそのものだった!さすがですね〜。」
「桑原先輩の口調も、懐かしい昭和の不良少女を連想させる感じでとてもいいと思ったわ。意外性があってとても面白かったと思います。」
「……黒木もスケバンみたいなキャラ得意そうだな笑笑。」
「つまり遠山くんは私のことをそういう存在だと思って見てるってこと?」
「え、あ、いやぁ、そのー……。」
「いとちゃん、どうどう〜。」
茜の余計な一言はさておき、白鷺の同意もあり、一度その答えで先輩2人に投げてみるも先輩は少し微妙な顔をする。
「私のお題は正解にしてもいいんだけど、くわっちのはもう少し詰めて欲しいかなぁ。」
「幽霊じゃないんですか?」
「幽霊っちゃ”幽霊的な存在“なんだけど……、まあ少し押しが弱かったかもな、気付けなくても無理はないと思う。」」
思いもよらぬ返しに驚く黒木。白鷺も「えー。難しいです〜。」頭を悩ませている。
発言してもいいものか迷っていると、氷室が口を開く。
「僕は、もしかして桑原先輩は幽体離脱してるのかなって思ってました。」
「お!瑠璃ちゃんなんでなんで?」
「幽霊になってしまったら、死んでしまったんだと自覚するか、死んでいることに気がついていないそぶりとかがあると思います。でも桑原先輩はどっちでもなくて、幽霊のような状態なのに最初から自分はまだ死んでいない、何かこの状況を解決する術があると確信しているようでした。だからこそ物がさわれないから霊感をもっている有栖川先輩に頼んで、とある情報探してもらっていた。」
順序よく探偵の如く自分の考察を並べる氷室。その考察は俺が考えていたものと近しい。しっかりと状況がどうだったか捉えていてさすがだなと思う。
「僕としては途中、とにかく時間を気にするような仕草が印象に残りました。有栖川先輩が発した“離脱”という言葉もヒントになったとは思いますが、幽体離脱をしてしまって戻る方法を探している、と考えるとしっくりくるかなと。」
その考察を聞き、祐先輩はとても感心したように呟く。
「情報少なかったのに、ここまで細かく考察できるとは……、さすが、氷室さんだね。」
「これなら正解でいいんじゃない!?」
「あぁ、当ててもらえて良かった……。」
ほっとしたように祐先輩は胸を撫で下ろす。有栖川先輩は仕切り直すように手をパチンと鳴らした。
「てなわけで私たちのエチュードのお題は”幽体離脱をして戻れなくなったスケバン“桑原祐と、”三日間寝てない図書館司書“有栖川茅野でした〜!」
「三日間も寝てなかったのかー、そりゃあ意識無くして机に突っ伏すよなぁ。」
「だろうな。結構わかりやすく主張してたし。」
エチュードの冒頭あたりの有栖川先輩の動きを思い出した茜のぼやきに俺がつっこむと、茜は呆気にとられたような表情になった。
「え、じゃあ琥珀はお題の予想ついてたってこと!?」
「それなりに?」
「またまた〜、実はわかってましたよのフリはもう古いって〜。」
そんなことはない、と言いたいがこれでは後出しジャンケンのようなものだ。今説明したところであまり納得はしてもらえないだろう。それに茜がダル絡みし始めるととても長いので、相手にするだけ無駄である。そう諦めていると氷室が口を開く。
「僕も確信が持てなかったから言わなかったんだけど、手がかりはちゃんと言葉に残されてたんだ。琥珀くんはそれに気づいてたみたいだね。」
「うっそだぁ。オレが気づくならともかく!」
「……その自信は一体どこから湧いてきてるんだ?」
根拠のない自信に満ち溢れている茜に呆れ、俺はため息をつく。その様子を見たのか茜はむすっと頬を膨らませていた。
「そんなに言うなら琥珀、どこにそんなヒントが隠されてたっていうんだよ。」
俺としてはこのまま疑われているのはあまりいい気はしない。できる限りの不機嫌オーラを醸し出しながら、俺は考えを口にする。
「祐先輩の”その3倍は経ってる“って発言がすごく気になってて。細かく数字出してくるってことは何かしら意図があるんじゃないかなと。直前の会話を詳しくは覚えてないけど、時間がどれくらい経ってるかの話をしてたはずだから、長らく待たされてることと寝落ちしてしまうくらいの時間を掛け合わせたら”1日“が最適な単位かなって考えにたどり着いて、勝手に三日間寝てないんだぁ、で満足してた。」
「さすが琥珀くんだね。いい着眼点だと思うよ。」
「いや、え、そんな発言あったんだ……。」
「茜くんが聞き逃していただけだよ。」
そう氷室にピシャリと言われてガックリと膝をつく茜。その様子は相変わらずオーバーリアクション芸人のようだ。
一方の白鷺は心当たりがあったようだ。白鷺が思い出したように口を開く。
「確かにあった〜!けどそんなに重要な情報じゃないと思って捨てちゃったよ〜。」
「……さっきも思ってたけど藤倉くんって意外と観察眼が鋭いわね。それと考察力も。」
「そう、なのか?」
「実際の演技を見なきゃわからないけど、分析力はしっかりあるわ。」
氷室に続き黒木から思わぬ褒め言葉をもらい、動揺する俺。基本褒められた後というのはあまりいいことがないというのが物語の鉄則だ。もしや次何かよくないことが起こるのではないかと不安になる。
「さすがはオレの親友だな!見込みがあるぜ〜!」
そう言って茜は俺の肩に手を回す。わしゃわしゃと頭を撫で回そうとする茜をひっぺがしながら、俺はひたすら次のことについて考えを巡らせていた。
次のこととは、もちろん俺たちのターンのことだ。
「……なあ、本当に大丈夫なんだろうな?」
二つ続けてエチュード→考察タイムを繰り広げたため、流石に疲労もきているだろうということで一度休憩を挟むことになった。
俺にはまだ疲れたという感覚はない。だがそう言った疲れは後からどっと襲ってくることを最近の特訓で学び始めていた。その辺にあった椅子に座って、とりあえず糖分補給にと小さなラムネを口に放り込む。
茜も俺の目の前の椅子に座り、お気に入りのスポーツドリンクを飲んでいた。
「なーに、心配しすぎだって。それに琥珀大活躍じゃん!」
「活躍って、さっきのお題も元となる推測は茜とか黒木が出してたし。」
「そこからそうでないならって思考を自然とできちゃうのがすごいんだって!それに一つのセリフからあんなに細かく推測できないし、あぁやって答えを出しても惜しいって言われるのがやっとなオレとしては羨ましい能力だよ。」
「……褒めても何も出ないぞ。」
「まあまあ、少しは自信持てって〜。」
言われてることが自分としては大袈裟に感じてむず痒くて、これ以上続けたくなくて無理矢理話を切り上げたくて目をそらす。
「とにかく次はオレたちの番。いつも通りの琥珀で行けば大丈夫だって!」
「……そう、だな。」
そう言われつつも、これだけしっかりと表現を盛り込んでくる先人たちを見た後ではさらに懸念は大きくなる。
不安混じりの言葉を吐く俺を茜は一瞥すると、「よし!」とお気に入りのスポーツドリンクを片手に立ち上がる。そしてビシッと効果音が出そうなくらい大袈裟に、まるでマイクかのようにその持っていたペットボトルで俺を指した。
「時間があるからちょいと作戦会議と行こうぜ。」
「作戦会議って、さっき一応したよな?」
「そうなんだけど、このままじゃ面白くないだろ?」
「……はあ?」
そう生き生きとし始める茜にため息をつく。始まる前に茜から仕掛けるということでまとまっていたはずだが、一体どういうことだろうか。
今度は何をしようと提案されるのか、俺は訝しむ。
「前の2組は、必ず一方がことが起こる場所やきっかけを作り、もう一方がその状況に乗るような形だった。同じようにオレがまず琥珀が入りやすいように状況を作ろうかと思ったんだけど、それじゃあ同じ流れでつまらないし、何より普段から慎重な性格の琥珀は、おそらく綿密にどうその場に入るか考えるだろ?それで琥珀が入るタイミングを逃す可能性もあるかもしれないと思ってさ。」
「そ、そりゃあそうかもしれないけど、え、じゃあ、俺から入れってこと!?」
「いーや、そうじゃない。」
急なプラン変更に動揺を隠せない。青ざめていく俺の様子を見た茜はチッチッチと指を振り、やがてニヤリと口角を上げた。
その様子はまるで悪戯を思いついた子供のようにも見える。けど打ち合わせをしている今の状況を踏まえると、絶対に観客にウケる演出を思いついた演出家のようにも思えた。
「オレはこの人はこうだろうって決めつけは好きじゃない。意外性があった方が芝居は面白いと思ってる。」
それは先ほどの祐先輩を見て俺も思ったことだ。けど、俺には予想できないことをしてくださいと言われてパッとできる気がしない。そう思って茜を見るも本人は意思を変えるつもりはないようだった。
「そこでみんなのエチュードを参考にしながら必死に考えた結果、琥珀のお題とオレのお題、うまく利用すればどっちも同時にその場に登場できて、勢いに乗ったまま芝居を始められることに途中で気がついたんだ。」
「え、それって不慣れな俺でもできるの?」
「あぁ、できるとも!」
自信満々に胸を張ってそう言う茜に一抹の不安を覚える俺。
人物では時代が違いすぎるため状況設定を利用するべきなのだろうが、”食パンを口にくわえて走る侍“と”突如ミレミラに変身してしまった男子高校生“だ。どれだけ必死に考えてもいい考えは俺の中には浮かんでこなかった。
やがて茜は咳払いを軽くした後、突拍子もないことを言う。
「なあ、琥珀。”食パンを口にくわえて走る“と”男子高校生“、と聞いてどう思う?」
「え?そんなの、遅刻して食パンくわえながら走ってたら曲がり角で運命の相手とぶつかる、みたいな漫画みたいなベタな考えしか出てこないけど。」
「そう!大抵の人はその展開を知っていて”急いでいる“とか”曲がり角でぶつかる“とかが連想される。つまりーーーー。」
そう茜が得意げに語ってきた演出は確かに面白いと思った。けどそれを聞いて俺は実現できるかどうか、半信半疑だった。
「なあ、どう思う?」
「いや、でも……。」
「じゃあ、続きやるよ。琥珀くんと茜くんは準備して。」
俺が返事を渋っている間に氷室の召集を促す声がかかる。強制的に作戦会議は終わりを告げた。
自分にできるかわからない。けど俺の親友がここまで言うなら信じてみよう。
「……わかった。お前がそんなに言うならやるよ。」
「琥珀なら乗ってくれるって信じてたぜ、そうこなくっちゃな!」
覚悟を決めて、俺は初舞台への一歩を踏み出した。




