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即興演技は波乱の予感




 俺が特訓を始めてから5日が経とうとしていた。



「あめんぼ赤いなあいうえお、浮き藻に小エビも泳いでるーーーー」



 今日の活動場所は視聴覚室。机と椅子を後ろに寄せて作った広いスペースで、発声練習の題材としているのは北原白秋作のあめんぼの歌だ。言いづらいのもイメージしづらいのも、たくさん詰まっているのだが、この練習の大変なところはそこではない。



「また腰が下がってきてるわよ!藤倉くん、まっすぐ!」



 体幹を鍛えるのに効果があるとされるプランクの中でも難しい、サイドプランクをしながら読んでいるのだ。


 黒木に指摘されて体を一直線にするため腰の位置を上げ直すも、すでに脇腹がプルプル震えているし、肘も痛い。この筋トレかつ発声練習はかなりしんどかった。なぜみんなあんなに涼しげな顔でできるのか不思議である。



「ーーーー植木や井戸換えお祭りだっ。」


「はい、一旦休憩ね。」



 なんとかわ行まで言い切ると、やっと一息つくことができた。まだまだ始めたばかりで筋力がついたりだとか、滑舌が良くなったとか、手応えはあまりない。


 けれど、新しいことを知れるというのはそれだけで楽しいような、気がする。



「どう?練習は順調かな?」



 すぐには起き上がれなくて床に突っ伏していた俺に、有栖川先輩が声をかけてくれる。


 流石に先輩の前で突っ伏しているわけにもいかず、のそのそと起きあがろうとすると「無理しなくていいよ〜。」とのほほんとした様子で近くにあった椅子を持ってきてくれた。


 俺が椅子になんとか腰掛けると有栖川先輩は黒木に向けて口を開く。


 

「糸音ちゃん、このあと例の“アレ”やろうと思うんだけど、いいかな!?」


「えぇ……、茅野先輩本当に“アレ”好きですね。」


「だって面白いんだもん!みんなの発想が起こす化学反応久しぶりに見たいな〜と思って!せっかく藤倉くんも加わったことだし、やりたくない?」



 げんなりした様子で有栖川先輩を見る黒木。先輩は真逆でなぜか瞳をキラキラと輝かせていた。


 俺は2人の言う“アレ”がわからなくて首を傾げる。



「あの、“アレ”ってなんですか?」


「それは〜、やってみてからのお楽しみだよ!ぜひやろう!」


「……そう言うパターンって、大抵良くないこと起こりますよね?」


「〜〜〜♪」



 俺が不安そうにそう尋ねると、有栖川先輩は意味深な笑みを浮かべ何やら視聴覚室の隅で作業をする祐先輩の元へスキップしながら向かっていった。


 そんな上機嫌の先輩とは対照的に、隣で黒木が深いため息をつく。



「“アレ”、人によってはカオスなお題書いてくるからかなり疲れるのよね。」


「だから、“アレ”ってなんだよ“アレ”って!」


「やればわかるわよ。」


「いとちゃ〜ん!一緒に書こ〜。」



 白鷺に呼ばれて、黒木はにこにこ笑顔で待つ白鷺の元へと向かっていった。白鷺から何かメモのようなものを受け取り、2人でおしゃべりしながら何かを書いている。


 またしても俺の知らない何かをやらせようとしているのには違いないが、いい加減何をやらされるのか気になって仕方がない。場合によっては断る選択肢も視野に入れたいところだ。そう悶々と考えていると。



「まじですか!?やったぜー!」



 筋トレが終わってから祐先輩と話していた茜の歓声が視聴覚室に響き渡る。茜は基本テンションが高いが今のはいつにも増してうるさかった。


 同時に、本格的に警戒しなければならなくなった。俺にとっては、茜が騒ぐこと=厄介ごとでしかないからだ。



「はい、琥珀の分!好きなの書けよ〜。」



 茜は嬉しそうな様子でこちらへと駆けてくる。そして俺に四枚ルーズリーフを切って作ったであろう小さなメモ用紙を手渡してきた。



「2枚には演じる人物の設定、もう2枚には演じる状況設定を書いて。もっと書きたかったらまだ紙あるよ。」



 手渡された意味がわからず俺がポカンとしているといつのまにか氷室が隣にいた。



「人物?状況設定……?」


「今からやるのは、即興演劇(エチュード)と呼ばれるものだよ。この方式は観晴ヶ丘放送部(M B C)オリジナルかもだけどね。」


「え、エチュード……?」



 聞きなれない単語にさらに頭の中にクエスチョンマークが浮かぶ。ちなみにMBCというのは『観晴ヶ丘 Broadcasting Club』の略称だ。理解できたのはそれぐらいである。



「エチュードという単語にはフランス語で勉強、あるいは練習という意味がある。ピアノとか音楽方面だと練習曲を指すことが多いね。演劇だと俳優の即興演劇……、すなわちアドリブ力を鍛える方法として用いれられる訓練のこと。」 


「は、はあ……?」



 またしても知らない単語に、知らない練習方法も出てきて混乱する。そんな俺のことなど気にも止めずに氷室は説明を続ける。



「舞台は普段、脚本によって演出やセリフが決まっている。エチュードは台詞や設定を決められることなく、自由に俳優たちが作っていくのが特徴だね。即興劇というジャンルに近いかも。」


「即興……、自分で考えなきゃいけないのか。」


「そうだね。何も全部自分で考えなきゃいけないわけじゃないよ。MBC方式はまずさっきも言ったように、人物の特徴を示すお題と状況の設定のお題を各個人好きなように書く。人物設定なら男子高校生、幼稚園児とか、状況なら宝くじに当たった、評定で1を取ってしまった、とか。」


「結構細かく指定するんだな……。」


「2人で合わせて演じる場合は多少の打ち合わせもありだけど、基本その場で即興で演じるって感じかな。それでお題がどのようなものだったか、観ていた人たちに当ててもらうんだ。」


「え、これ自分の演技観られるってこと!?」


「もちろんそうだけど。それで、お題がうまく伝わっていたら成功って感じかな。」



 何を当たり前なことに驚いてるの?と氷室に不思議な顔をされる。


 氷室の話を聞く限り、決められた基準となるものがない中で自分で考え、それを演じる上にその先の未知の展開にまで備えていなければならない感じのようだ。


 まだ基礎的なことを積み重ねている段階で、演技、そして肝心の脚本にすら辿り着けていない俺にそんなことが出来るのだろうか。それに俺には最大の懸念材料がある。



(……緊張しないだろうか、あの時みたいに失敗しないだろうか。笑われたり、しないだろうか。)



 俺が思い悩み始めたのを察したのか、氷室が再び口を開く。



「まあ、そこまで難しく考えなくていいよ。難しい言い方をしたけどエチュードというのは自分の考え方とか他の人にはない個性が見えてきたりしてある意味発見の場でもあるから。うちの人たちにとっては即興力を高めつつも良い息抜きの方法になってる。きっと琥珀くんも楽しめると思うよ。」


  

 それに、と氷室は付け加える。



「お恥ずかしいことに、ここにはやばいお題を書いてくる人たちしかいないからね。そんなに真面目にやる必要はないよ。」



 お遊び程度に思っておくのが一番、そう呟く氷室は少しわくわくしているような表情に見えた。


 そんな表情をするのが意外で、俺は呆気に取られる。演技とかに関しては一切の妥協を許さない、真面目な性格だと思っていたのだが、案外そうではないらしい。楽しむところは楽しむ、といったところだろうか。


 にしてもお恥ずかしいお題とはどういうことだろうか。俺が首を傾げていると祐先輩の厳しめな声が飛んでくる。



「いいかー!くれぐれも厄介なお題を書くんじゃないぞ!特に有栖川!それから遠山くん!」


「え〜、くわっち心配症だなぁ。」


「いやいや、そんなに心配しなくても大丈夫ですって〜。」



 にこにこ嬉しそうにペンを走らせる有栖川先輩に、自信満々に何か企んでいるような表情をする茜。呆れた表情の祐先輩に加えてそんな茜を黒木と白鷺が恐ろしいほど冷たく睨みつけていた。



「な、なんかあったのかあいつら。」



 恐る恐る聞いてみると、氷室は「全部茜くんが悪いんだけど」と前置きした上で話し出した。



「前回エチュードをやった時に、茜くんがA◯女優ってお題を混ぜたんだよ。そのお題を糸音が引いたんだ。」


「あぁ……、やってんなあいつ。」


「引いた時、糸音の表情がすぐ固まったから茜くんはすぐに糸音がそのお題を引いたって察したらしくて。ずっとにやにや笑ってたんだけど、当の本人からしてみればたまったもんじゃないよね。てか普通にその手のお題をそう言う意図で混ぜるとか単純にセクハラだと僕は思うんだけど。」



 表情には出てないけれど、つらつらと並べ立てられる氷室の言葉には呆れと若干の嫌悪が混じっていた。



「茜くんってムードメーカー的存在で明るいからいてくれると助かるけどたまにやりすぎるから良くないよね。」


「ちなみに、お題はその後どうなったんだ?引き直したのか?」


「ううん。糸音がうまくアニマルビデオ女優に変換してくれたおかげで難を逃れたんだ。しっかり茜くんはその後糸音にもくるみにも絞られてたから安心して。」



 いつも人のことに関してあまり口を挟まない氷室にここまで言わせるとは。茜、お前はもう少し自分自身の考えを発言する前にもう一度よく考えたほうが良いぞ、と俺も流石に呆れるしかなかった。


 でもさすがは黒木と言ったところか。そんな無理難題もうまく消化してしまうとは。


 そこで俺は、先ほど聞いたばかりの様々な会話を思い出す。




『“アレ”、人によってはカオスなお題書いてくるからかなり疲れるのよね。』


『お恥ずかしいことに、ここにはやばいお題を書いてくる人たちしかいないからね。』




「あの、氷室?」


「ん、なに?」

 

「もしかして、今回も無理難題を書いてくる可能性が大いにあるのか?」


「あるね。絞られたとはいえ茜くんは平気でやばいものを書いてくるだろうし、カオスな状況が好きな茅野先輩は難しいお題書いてくるだろうし、前回のこともあるから糸音やくるみは意趣返しとして対茜くん用のお題を書くかもしれないし。」


「地獄を見ることになるかもしれないな……。」


「……さあ?」



 そう言いつつも少し心配そうな様子で集計している祐先輩の方に目線を向ける氷室。


 書き終わって上機嫌の有栖川先輩や茜、メラメラと復讐の炎が見える黒木とそれに追従する形の白鷺。それぞれからお題を受け取る祐先輩は誰に対しても恐る恐ると言った感じだった。



「さて、琥珀くん。僕たちもお題を書こうか。」


「この状況でなにをどう書けば許されるんだよ。てか体調的に氷室は出来るのか?」


「僕はお題を書くだけだよ。頑張って。」


「……それ、ずるくね?」



 そうぼやきつつ俺は紙に向き直る。俺はこう言った練習には初参加なことも踏まえ、少しばかり考えて自分でもわかりやすそうな無難なお題を書く。具体的には男子高校生、警察官、状況設定の紙には、スマホを壊してしまった、読書をする、にした。


 祐先輩のところに持っていくと「……健闘を祈るよ。」と哀れみの目で言われた。







「じゃあ、それぞれの箱から各自一枚ずつ取っていってくれ。」



 祐先輩の言葉を合図に人物、状況と書かれた箱からそれぞれ思い思いに紙を引く。



「おぉ〜!これはなかなか面白いお題なんじゃない!?」


「いっちょかましてやるかー!」


「……前回よりかはまともなお題で安心したわ。」


「う〜ん、どうしよっかなぁ〜。」



 阿鼻叫喚(?)な声が聞こえる中、俺はお題を引いた瞬間から固まっていた。


 人物の方には俺が書いた“男子高校生”が、状況の方には“突如ミレミラに変身した”と書かれている。


 

(つまりは……、ミレミラに変身してしまった男子高校生?)



 素っ頓狂なお題に思考が停止したのもあるが、固まったのにはもう一つ理由がある。


 “ミレミラ”といえば誰しもが名前ぐらいは聞いたことがある、ごく普通の日常を過ごしていた年頃の女の子が変身して敵と戦う、日曜の朝にやっている子供向け番組に出てくるヒロイン戦士の総称だ。幼い女の子なら一度は憧れるだろう。

 

 肝心なのは、俺はその“ミレミラ”のことを名前ぐらいしか知らない。家族構成に姉か妹がいれば良いが、くしくも俺は兄と俺の男2人兄弟。日曜の朝、自分たちがこぞってみていた仮面のヒーローや戦隊モノの後にやっていた番組ぐらいの知識しかない。


 硬直する俺を横目に、茜が元気よく「はいっ!」と手を挙げる。



「そういえば、今回はそれぞれシングルで演じる感じですか?」


「いや、できれば2人でやってもらおうと思うよ。ちなみに組み合わせは氷室さんに決めてもらった。」


「……氷室が、決めた?」



 祐先輩の言葉に、俺は妙な胸騒ぎを覚えつつも氷室に目を向けた。氷室はいつもと変わらない涼しげな顔をしている。



「ここは王道に仲良い人たちでやってもらおうと思って。茅野先輩と祐先輩、糸音とくるみ、それからーーーー。」



 いや、俺の見間違いだ。涼しげな顔はいつも通りだけど、それに加えて目が悪戯っ子のような爛々とした輝きを帯びていた。





「琥珀くんは茜くんと、良い芝居、作ってほしいね。」



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