エースの頼み事
観晴ヶ丘総合高校文化祭、通称観晴ヶ丘祭まで残り二週間となった。
「よっ、琥珀。何作ってんの?」
昼休みの教室で作業をしていると、茜との共通の友人である緑谷都生に声をかけられる。
今どきの男子高校生の手本みたいな見た目のそれなりのイケメンで、弓道部所属。(うちの学校は弓道場があるのだ!)
ジュースが好きなのか、なぜかその手にはいつも紙パックのジュースが必ずある。今日はりんごジュースのようだった。
「あぁ、観晴ヶ丘祭のステージ用台本。」
「放送部の!?」
「う、うん。」
「え〜、俺超楽しみなんだけど!絶対最前で見るから!」
そう言って目をキラキラと輝かせてこっちを見る都生。そう、こいつはアニメ、声優オタクでありながら放送部のオタクである。
ここで少し余談。観晴ヶ丘総合はオタクの巣窟と言っても過言ではない。全校生徒の大半が何かしらのオタクであり、先生までもオタクをしているほど。好きなものを好きなだけ語っていい環境なんて、この学校はとてもありがたい。
「……そりゃあ、どうも。」
「俺さ、今回めちゃめちゃ楽しみにしてるんだよ〜。」
都生の勢いに押されつつも茜たちが頑張るんで、と付け加えるとさらに都生の喋るペースは早くなった。本当に好きなんだな、と思い直してひとまず作業も進める。
公演会の練習もだんだん本格的になってきた。最近の練習はより本番に近い形でやれるようにと予め申請をしておいた近くの広い視聴覚室で行われることが多くなっている。
もちろん放送部の一員である以上、本番が近い今、俺だけ本を読んでのんびりゆっくりまったり過ごす訳にも行かない。
そう思って一応何か出来ることはないかと先輩に打診したところ、キャストとしてでなくても機材班として駆り出されることが増えた。そういった仕事は楽しいので歓迎である。
機材を視聴覚室に運んで設置する手伝いをしたり、フリー素材で使える効果音や開場中のBGMを探したり、通し練習の間に効果音を出すタイミングやその音量の確認、台本を見ながら音響監督の祐先輩の補佐をしたり、本番当日の段取りを考えたり、パンフレット(デザイン案は白鷺らしい)の印刷の手伝いをしたり……、諸々やることはたくさんあった。
そのひとつである、ステージ用台本の作成を頼まれていたことを思い出し、昼休み中に終わらせてしまおうとしていたところだった。
「ところで、練習は順調なの?」
「ん、あぁ、まあ?」
「そかそか、それなら何よりなんだけど……。」
「……、なんだよ。」
「いやー、別に?案外普通そうだから。」
「俺?俺は何も無いけど。」
「ふーん、そっか。」
俺の返しに少し不安そうな都生。なぜか俺の方を心配そうな目で見てきたが、はぐらかされてしまったのでこれ以上言えることは無い。
何も、心配は無いはずだった。この昼休みまでは。
あっという間に放課後。
「んじゃあ、琥珀、また明日な!」
「あぁ。部活頑張れー。」
「琥珀もね〜。」
所属している弓道部の練習へと大荷物で向かう都生を見送り、荷物をまとめて部室へと向かおうとする俺を隣の席の茜が呼び止めた。
「アノー、コハクサン。」
「……うわぁ、でた。」
口調からしていつもと違う様子の茜に、一抹の不安を覚える俺。
たいていこうやって茜がいつもと違う様子を見せる時は、提出物が間に合わないとか、忘れ物したとか、テストに名前書き忘れたりだとか(その時は先生が気づいて事なきを得た。)何かしら"やらかし"をした時だ。
でも、この半年間でやらかした茜の様子とはまた違った雰囲気を感じる。なんだろうか。
「なんか話あんなら部室で聞くからとりあえず行くぞ。」
「……イヤー、イカナイホウガイイトオモウナー。」
「……なんでだよ。」
「ナントナーク?」
そう俺が怪訝そうに聞くと、茜は両手の人差し指をちょんちょんつつき合わせながら俺のことを見てくる。その仕草は正直いってちょっときもい。
「……あのなあ。」
俺は呆れながらも口を開こうとすると、部室に向かうところだったのか、廊下に黒木の姿を見つけた。
向こうもこちら側に気づいたのか、声をかけてくる。
「藤倉くんに遠山くん、今日の部活遅れそうなの?」
「いや、別にそんな予定は無いけど。」
「じゃあさっさと行くよ、今日から急ピッチで仕上げなきゃいけないんだから。」
ふと違和感を感じる。いつもの黒木にしてはやけに急いている気がするのだ。いつも冷静だし、今も冷静な口調ではあるけど、"今日から"と続いた一言に真剣さと焦りが含まれている気がした。
「それが、なんかこいつ様子がおかしくてさ。」
「いつも遠山くんは落ち着いてないけどね。どうしたの?」
「ナンデモ、ナイデス……。」
そう言って茜の方を見ると、明らかに黒木に対して怯えているのがわかる態度だった。
何にそんなに怯えているんだ?と訝しんでいると、何か心当たりがあったのか黒木の目線が鋭くなる。それを見て茜は「ヒイッ……」と声を上げて俺の後ろに隠れてしまった。
黒木が俺越しに目を細めて茜に問う。
「……まさか、まだ言えてないの?」
「……。」
「答えなさい。」
「……、はい、そうです。」
「はあ?」
「すみません、本当にすみません黒木様!!!!」
どうかご慈悲を!と頭を深く下げる茜。
黒木が茜がしたやらかしについて怒っているのはわかる。だがしかし俺を間に挟んでやらないで欲しい。
というか、俺には心当たりがない。茜は一体、黒木に対して何をやらかしたのだろうか。
「……まあ、言えなかったものはもう仕方ないでしょ。」
そう言いながらもいまだ冷えきっている目線で茜を見る黒木。
とりあえず俺だけ全てにおいてけぼりにされているのも嫌なので、遠慮がちに尋ねる。
「あのー、俺だけ何も分からないんだけど、何やらかしたのか説明してくんね?」
「……その、怒りませんか琥珀様。」
「保証は、できない。」
「ですよねー(泣)」
言いたがらない茜に痺れを切らしたのか、黒木が口を開く。
「後の部活でもう1回説明するけど、簡潔に言うわ。これは瑠璃からの伝言だったんだけど――――――」
「お前なんてこと黙ってんだよ!?」
「ひええ、すみません怒らないでー!」
思わずらしからぬ大声を出してしまう。そりゃあそうだ、こんな突拍子もないお願いをされたら誰だってこうなるだろう。
俺は今、普段読み合わせしているブースに茜、氷室、黒木、白鷺、それから監督の有栖川先輩、音響の祐先輩に混じってそこにいた。
いや、いつもなら音響班として混じってるのでここにいること自体は間違っていないのだが。
あわあわと泣きっ面の茜を他所に珍しくマスク姿の氷室は俺の目の前まで近づいてくる。あまりの近さに俺は仰け反るような体制になった。そして微かな声を絞り出すようにしてこう告げる。
「琥珀くん、僕の代わりに主役を演じてほしいんだ。」
「……っ。」
そう、とんでもない打診をされている。あの氷室瑠璃の代わりに、主役をやれと言うのだ。
「こはくんは、るりるりがここ最近風邪気味だったの気づいてた〜?」
そう白鷺に問われて、数日前の咳き込みながらも読み合わせに挑んでいた様子の氷室の姿を思い出す。
「まあ、薄々……?」
「遠山くんより察しがいいじゃない、どうなってんのよ。」
「ひいっ……、もう勘弁してください……。」
事実が発覚してからというもの、茜を見る黒木の目が怖い。ボソボソとした声ではあるが、氷室が話し出す。
「もともとそこまで風邪はひどくなかったんだけど、昨日から喘息が悪化しちゃって。病院に行ったらしばらくは無理せず安静に過ごしてくださいって言われちゃったから。」
「……ちなみに、それはどのくらいの期間なんだ?」
「二週間ぐらい。」
「「二週間!?」」
「遠山くんまで一緒に驚いてどうするの。」
「だ、だって、オレもそこまでとは知らなかったし……」
そりゃあこの時期にしてキャスト交代の選択肢しかないわけだ、と、うんうんとうなずく茜。
俺としては説明しなければいけなかったのに知らないことにドン引きだった。
「そもそも、なんで俺?氷室たちと違って演技の経験もないし……。」
男のキャストなら祐先輩という選択肢もあったはずだ。よりによって経験もない俺に頼まなくても最悪やりたい人を部外から募集するとか、茜が少し大変になるけど二役やるとか(さすがにそれはないかもしれないが)そういう手段もとれたはず。
何より俺が人前に立つことが苦手だということは、この放送部の部員なら知っているはずだ。
少しの間の後、氷室は口を開く。
「声が、合ってたから。」
「……え、それだけ?」
「ほかにもあるけど、一番の理由はそれ。」
あまりにも率直な理由にあっけにとられる俺。
「確かに、男子だから、という理由はこの際置いておくとして。今回の台本に出てくる年頃の男子高校生には、ピッタリなんだよなぁー。」
「くるみもこはくんの声あってると思うよ~。」
「そりゃあそうだろ現役男子高校生なんだから!」
賛同している茜と白鷺に勢いのまま返すと「それだよ。」と氷室が俺のことをスッと指さした。
「今回の台本は、僕たちがやりやすいように登場人物の学年が高校一年生で統一されてる。祐先輩に出てもらってもいいかもしれないけれど、僕は、琥珀くんが演じてくれた方がよりリアリティが出ていいと思う。」
氷室が言っていることはごもっともだ。なんでも今回の観晴ヶ丘祭用の台本は監督を務めてくれる有栖川先輩が一年生がやりやすいようにと登場人物と学年をそろえて書いてくれているらしい。(確かそういう話を茜がしていた気がする。)
「だとしても――――――。」
「とにかく僕は、君に主役を演じてほしいんだ。」
「…………っ。」
言いかけた言葉は、氷室の強い意志のこもった一言にさえぎられた。
「僕も正直やったことない人に任せるのは不安。けど、きっと先輩も茜くんたちも全力で助けてくれる。琥珀くんにしか頼めないんだ。だから、お願い。」
「あーもう!わかったよ、やればいいんだろやれば……。」
「……良かった。」
安堵した表情の氷室に対して、苦々しい表情の俺。
結局目のまえに迫っている圧に耐えられず、俺は首を縦に振ることになった。
「おぉー!!!まじか!やったぜ!」
琥珀ならそう言ってくれるとおもったー!、と、俺がやるというやいなや、テンションの上がった茜が勢いよく肩を組んできた。
「基礎なら任せてちょうだい!瑠璃の代わりにくるみと私で徹底的に叩き込むから。」
「わぁ~、いとちゃん怖いよ張り切ってる~。」
その様子を横目に黒木も白鷺も、生き生きとした様子だった。個人的には”徹底的”という言葉と白鷺の”怖い”という言葉にこれから待ち受けるであろうすべてがこもってる気がして若干の恐怖を感じた。
「……くれぐれも、お手柔らかにお願いします。」
苦笑いでそう告げる俺を横目に三人は早速あれやこれや話し始めた。
そのすきにこれまで俺らの話し合いを見守ってくれていた祐先輩が話しかけてくれる。
「藤倉くん。本当に平気?無理してない?」
「あ、はい。大丈夫です。不安だらけではありますけど。」
「……そうか。何か困ったことがあったら言ってくれ。なるべく力になるから。」
「私も私もー!こんな時こそ部長を頼ってね!」
ここぞというばかりに有栖川先輩が目を輝かせて割り込んでくる。
放送部には二年生の先輩は二人しかいない。しっかり者の祐先輩と違って有栖川先輩は少し抜けているところがある、けれどよきコンビの頼れる先輩だ。
「お前が頼りになったところは一度も見たことがないぞ。」
「えー!なんてひどいこと言うのくわっち!」
「あはは……、ありがとうございます。」
いったんブース内のお祭り騒ぎが収まったところで、氷室が口を開く。
「じゃあ、記念に、演者含めた紹介を……ゴホッゴホッ。」
「あんまり無理すんなよ。じゃ、ヒロインから順にどーぞ!」
茜の言葉を皮切りに、それぞれ思い思いの自己紹介が始まる。
「ヒロインのマイを演じます、黒木糸音です。」
「マイの親友兼ライバルのカノンを演じる白鷺くるみ~。」
「ユウトの親友のコウキ演じる遠山茜だ!」
「監督を務めます!二年の有栖川茅野ー!」
「改めまして、音響監督の桑原祐です。」
「ほら、琥珀の番だぞ!」
俺以外の全員の自己紹介が終わり、ついに俺の番。
「あ、えっと、その……。」
少人数とはいえ、見られてる中話すのはやはり緊張する。
けれど引き受けてしまった以上、まずはここを乗り越えなくては話にならない。
「ユウトを、演じます、一年、藤倉琥珀です。お願いします。」
言ってる途中で思わず恥ずかしくなって頭を下げる。
「じゃあ改めて、公演会絶対成功させるぞー!」
茜の言葉にキャスト、スタッフが思い思い騒ぎ出す中、顔をあげて氷室の方を思わずみると、ようこそ、と言わんばかりに目を細めた。
押しに弱い俺はなんだかんだ言いながら頼まれたら断ることはできない。何よりこの一件を俺が引き受けることで解決するのなら、それが一番平和な放送部ライフにつながると踏んだからこその承諾だった。
この選択が俺の未来を大きく変えることになるとは、全く思わなかったけど。
これまで以上にせわしない日常が、始まりを告げたのだった……。




