いつもの日常
きっかけは、とある一通の招待状―――――――――
「なぁ、琥珀」
友人である遠山茜に話しかけられて俺は、読んでいた本から顔をあげた。
「……なに。」
「琥珀はなんで放送部入ったの?」
「誘ったお前が聞く?」
「いやー、ふと気になってさー。」
「お昼の放送がしたかったから。」
「意外と真面目だった!」
「ひどいな……、お前俺をどういう人間だと思ってるんだよ。」
「てっきり楽でサボれる部活がよくて放送部に入ったんだと思ってたわ。」
そういう茜はスマホをいじりながら俺に話しかけている。人のことを言える状況じゃないと思うが……。
俺の名前は藤倉琥珀。都立観晴ヶ丘総合高校に通う一年生だ。部活は見ての通り放送部である。
都立観春ヶ丘総合高校は都内にある総合高校の中では一番偏差値が高く、選べる授業数が多いことで有名だ。でもこの学校を一番有名にしているのは通う生徒の7割が女子だと言うこと。半ば女子校のようだがちゃんと共学である。
放送部は、もう引退してしまったはずの三年生の先輩が一人、二年生の先輩が二人、俺たち一年生が一番多くて五人の計八人。そのうち男子部員は俺と茜、あとその二年生の先輩一人しかいない。これでも男子の数が多い方の部活だ。
「琥珀はラジオドラマのキャストとか興味無いの?」
「ない。」
「即答かよ……、お前絶対良い声してると思うんだけどなぁ〜、オレは。」
「はいはい、そりゃあどーも。」
「数少ない男子部員なのにもったいない……っ、今回の文化祭のラジオドラマだって、男子キャストはオレだけだぞ!?」
「それがどうした。もともと一年生だと俺とお前しかいないけど。」
「でもでも、男子の役を女子がやってるし!」
「別にいいんじゃん?」
先程から俺が会話しているのは高校からの友人であり同じクラスで放送部男子部員仲間の遠山茜。貴重な男子キャストであり、そこまでして入りたい部活がなかった俺を放送部に誘った張本人でもある。
実はこのやり取り、ここ最近繰り返されていてめんどくさく思っていた。俺は喚き続ける茜から視線を本に戻す。
「いいか、今度の脚本は冴えない男子高校生ユウトが、ずっと思いを寄せていた幼なじみのマイが転校してしまうことを知って……――――」
夏休みも終わって季節は秋。放送部は文化祭、通称観晴ヶ丘祭のステージでやる出し物としてラジオドラマ公演会の準備を進めているらしい。
公演会、と言ってもその場で台本を持ってマイクを通して演技をする、いわば生アフレコの絵なし版だそうだ。(絵を出せるかどうかはいま先輩が色々掛け合ってる最中らしい。)
なお、らしい、とか、だそうだ、と言っているのは俺があまりラジオドラマの企画に興味が無いからで、ふんわりとしか分からないからだ。申し訳ない。
「って琥珀聞いてる!?」
「あーそうですかとてもいい話ですねー。」
「興味はなくても最後まで聞けよ!」
「ていうかお前はこんな所で俺と話してる場合なのかよ、今ブースの方で練習してるのそのラジオドラマのキャストだろ。」
そう言って俺はブースと呼ばれる部屋に視線を向ける。
放送部の部活動は基本的には放送室で行われる。そこは普段俺らが過ごす教室の半分ほどしかなく、生憎だけれど広いとは言い難い。例外的に近くの視聴覚室でやることもある。
放送室の半分はブースと言われる録音機材や放送機材が置かれた防音設備の部屋で、録音やお昼の放送などはそこで行われている。自分の声も聞き取りやすく、外の環境による影響も受けづらくまさにラジオドラマの読み合わせには最適な場所だ。
ブースじゃない場所は教室に近い作りだけど、窓際に棚だとか、ホワイトボードだとか、長机が置いてあったりだとか、各々自由に過ごせるほどのものが置いてある。俺がだいたい居座るのはそこなのだが、基本的にブースにしか冷暖房がないため、ブースの分厚い扉を閉めるとかけらも涼しくはなく、夏は地獄だった。(なお秋の今も少々暑い。)
「今はユウトとマイの掛け合いのシーンだからオレは不要なの。」
「じゃあお前なんの役なんだよ?」
「オレ?オレが演じるのはユウトの親友、コウキだよ。」
「主人公じゃないのかよ……、お前ならまっさきにやりたいって言いそうだけどな。」
俺が見向きもせずにそう言うと、茜はらしくもなくため息をつく。
その様子が珍しくて一旦俺は顔を上げた。
「いやー、一応受けたんですけどねー。おちました!」
「そうなのか。じゃあ誰が?」
「そこは少しはなぐさめてくれよ……」
茜は本日二度目の大きなため息をつきながらブースの方に目線を向ける。
「ユウト役は満場一致で少年ボイスが魅力の氷室瑠璃に決まったんだよ、そりゃああいつには勝てねぇよぉ。」
そういうと茜は机に突っ伏した。
これ以上とやかく言うのは茜のメンタルに悪そうだと判断し、追求を避け、改めてブースの方を見やる。俺たちが過ごす冷房も何も無いスペース(ここからは暇人スペースと呼ばせてもらう)からはブースがちょうどガラス越しに見える。
ブースではどうやら今回のメインキャストである同級生氷室瑠璃と黒木糸音、総合監督を務める二年生の先輩である有栖川茅野先輩と音響監督を務める桑原祐先輩が揃いも揃って台本と向き合っているようだった。
同じクラスの茜と共通の友人(その友人は放送部全体のオタクを自称している)に言わせると、この放送部には奇才……、いや、類まれなる人材が集まっているらしい。中でも今回主役を務める氷室瑠璃は別格なんだとか。その友人曰く、か弱い少女からかっこいい少年ボイスまで、声のバリエーションが豊富なんだそうだ。この半年で一体どこからそんな情報を集めたのやら。
普段茜以外と面と向かって話すことがないからかそう言われてピンとは来なかったものの、よくよく茜の話を聞くと先程のように氷室をべた褒めしてることが多い気がする。それでよく氷室のことを我らが一年の誇りだー!と言っていたりもするのだ。
とはいえ、実際に活躍している場面を見た訳でもないため今でも本当にそんな逸材なのかどうかは俺のコミュ力不足により判断はつかない状態だ。
……本当に強いて言うなら、普段から本人が僕という一人称を使うからかショートウルフな髪型も相まって尚更青年っぽいな、とは思う。
そんなことを考えながらブースの中をぼーっと眺めていると、突然氷室が咳き込んだのが見えた。
同級生の黒木や有栖川先輩が何やら心配している様子だっただけど、氷室は頭を横に振るとしばらくして何事も無かったように元の体勢に戻る。
その戻る最中、一瞬だけど氷室と目が合った。なんだか気まずくなって途端に本に目線を戻す。
(――――なぜ今こっちを見た?)
そんな些細な疑問は口を開いた茜によってかき消される。
「あーあ、俺もエンジェルボイス♪♪出たら演技の幅広がるかなー。」
「気持ち悪いだけだやめておけ。」
「そ、そんな酷いこと言わなくても〜。」
結構俺的には酷いことを言っている自覚があるにも関わらず、茜は相変わらずこんな調子で話しかけてくれたり、時にはゲームして遊んだりと友人でいてくれる事に感謝している。
(一度本人に言いすぎているかもと謝ったら全く気にしていない様子だったし、『それが琥珀だからなー、やれやれ笑』と言ったような感じだったため俺も気にしないでいることにした。)
俺だってチャンスがあれば全力で挑むのに〜、と駄々をこねる茜を呆れた目で見ていると、不意に放送室の入口の分厚い扉が開いた。
「あ、こはくんにあかねるだ〜、やっほ〜。」
合流したのはもう一人のキャストである同級生白鷺くるみ。茜からは黒木と合わせて白黒コンビと呼ばれている。黒木は見た目からしてサバサバした雰囲気なのに対し、白鷺はふわふわおっとりなイメージがあるが、何故か正反対のこのふたりはとても仲がいいのだ。
委員会で遅れると連絡のあった白鷺も来たことで茜も掛け合いの練習に呼ばれていった。暇人スペースには俺一人になる。
この静まり返った空間を静かになったな、と思うことはあれど一人で寂しいと思ったことはあまりない。俺は俺で読書に集中できるし、キャストはキャストで読み合わせに集中できる。何よりブースの外からキャストたちの練習風景を見るのも好きだったりする。
(……そもそも、俺は人前に立つの好きじゃないし。)
手元にある本の中の文章を眺めながらいつも考えることがある。
一人でも寂しくないとは俺自身も思っている。
けれどもしも、自分もあんな風にみんなと掛け合いができたら楽しいと思えるだろうか。
そう考えたこともあったような気がするが、一緒にやりたいと今の自分が混ざったところでただただ空き時間を過ごしに来ている俺が迷惑をかけるのは目に見えている。それに今何不自由なく過ごせているからこの居心地の良さを壊したくもないのだ。
ここの放送部は基本的に行事や大会のときを除いては自由に過ごしていいと言われている。こうして一人でのんびり読書をしたり、オフの時には窓際の棚に有り余るほど詰め込まれているトランプだったりボードゲームだったり人狼ゲーム等の遊びで丸一日潰れることもある。
(実際夏休みのとある一日は暇すぎてお菓子をつまみつつ、そう言った遊びにあけくれたものだ。)
仲間もいるし、十分にいい高校生活を送れている。それにやりたかったお昼の放送も毎日楽しくやらせてもらえている。
それだけで俺は放送部にいられてよかったと思えるから、それでいいのだろう。
(それに)
―――――急に頭が真っ白になる。
何を言ったらいいのか分からない。そもそも声が出ない。
動けない。息ができない。どんどん苦しくなって、目の前が真っ暗になる。
俺が人前に立てなくなった原因の出来事が脳内にフラッシュバックする。
「………っ。」
目を閉じて深呼吸をする。
大丈夫。過去のことだしもう間違えない、失敗しない。
授業で人前で発表するのも緊張しないといえば嘘になる。けどだいぶ症状は和らいだ方だ。
余計なことは考えず、やっぱり今の過ごし方がちょうどいいと思い直し、再び本の世界へと意識を飛ばした。
その時は知らなかった。そうして一人で本を読んで過ごす俺を、氷室がブース越しに見つめていたことを。




