表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/7

第6章 ー特攻出撃の朝ー



第6章 ー特攻出撃の朝ー


 夜が明ける。

 東の空がわずかに白みはじめたころ、矢吹飛行場はすでに緊張に包まれていた。

 赤とんぼのエンジンに火が入り、低い唸り声が地面を震わせる。


 航太は宿舎の影に隠れ、胸を押さえながらその光景を見ていた。

 夢であってほしい。幻であってほしい。

 けれど、冷たい朝露とエンジン音がそれを現実だと告げている。


 やがて、航一が歩いてきた。

 飛行服に身を包み、背筋を伸ばして。

 だが、彼の顔には昨夜と同じ迷いの影が浮かんでいた。


「……航太」

 見つけられてしまった。

 航太は唇を噛んで、一歩踏み出す。


「航一さん……いや、じいちゃん!」

 必死に声を張り上げる。

「行かないで! 死ぬことなんてない! 未来には、家族がいるんだ! 俺が、その証拠だ!」


 航一は一瞬、目を伏せた。

 そしてゆっくりと航太の肩に手を置く。


「……ありがとう。お前が来てくれたおかげで、俺は本当の気持ちを知った。

 俺は……死にたくない。野球がしたい。スズと生きたい。子供を抱きしめたい。

 でも……命令なんだ。ここで背を向けたら、仲間が行く。誰かの命と入れ替わるだけだ」


 航太は震える声で叫んだ。

「だったら! 逃げてよ! 未来で俺とキャッチボールしてよ! 産まれた、父さんを抱きしめてよ!」


 航一の瞳が揺れる。

 だが、すぐにその目は決意を宿した。

 彼は小さく、しかし力強く言った。


「……航太。俺は逃げられない。でもな、お前が未来に生まれてきたということは――俺の想いはちゃんと残るってことだろう?

 だからお前は、生きろ。俺の代わりに、全力で生きろ。

 ボールを追いかけろ。……それが、俺の願いだ」


 航太は涙で顔をくしゃくしゃにした。

「そんなの嫌だ! 一緒に生きたい!」


 航一は笑った。

 悲しいほどに優しい笑みだった。


「……ありがとう。俺の孫に、そう言ってもらえるなんてな。

 ――じいちゃん、って呼んでくれ」


 その瞬間、航太は声を張り上げた。

「じいちゃん!! 行かないでくれ!!」


 けれど、答えは沈黙だった。

 航一は振り返り、ゆっくりと滑走路――いや、野球グラウンドに似た地面へと歩みを進める。

 仲間たちが見守る中、赤とんぼの操縦席に乗り込む。


 エンジン音が高鳴り、朝の空に響き渡る。

 航太の喉から叫びがこぼれた。

「じいちゃあああああん!!!」


 その叫びは、轟音にかき消された。

 赤とんぼはゆっくりと走り出し、やがて空へ舞い上がっていく。

 朝焼けの中、小さな影となり、やがて――見えなくなった。


 航太は地面に膝をつき、拳を握りしめる。

 涙が止まらなかった。

 けれど胸の奥に、確かに刻まれた言葉があった。


――生きろ。

――全力で生きろ。


 その声が、これからの航太を支えていくことになるのだった。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ