3『侵入者』
そろそろシュニーのお役目も終わる頃だろうか。
そう思って、ぐるりと大聖堂を見て回っていたユーリが神託の間へと足を向けた時だった。ひとりの若い男とすれ違った。白く大きな布を纏った男がにこやかにユーリへと声をかける。
「やあ、ご苦労様」
「ああ」
返事をしてユーリは腰に佩した剣の持ち手で男の側頭部を強く打ち据えた。そして男を床へと組み敷くと、捻り上げるようにして男の両腕を拘束する。
「誰だテメェ」
「いてて……乱暴だなぁキミは」
「答えろ。テメェは何者で、どうやってここに入った」
「うーん、キミたち風に言うのなら神様ってヤツなのかな?」
「クソ野郎が。腕をへし折られたくなければ真面目に答えろ」
ユーリはギリッと男の腕を掴む手に力を入れた。
この大聖堂に男はユーリと歳を取った大司教しか入れない。つまりこの若い男は侵入者以外の何者でもなかった。
「いてっ……ふふっけれど竜の騎士くん、いつまでもボクに構ってていいのかな? ボクがここにいるのに、キミの大事なお姫様が今も無事な保証があるのかい?」
そう言って意地悪く口の端を吊り上げた男に舌打ちをする。そしてユーリは制服のベルトを引き抜くと、それで男の手首を近くの柱にきつく結びつけた。
ユーリは剣を男の喉元に突きつけながら睨む。そして低い声で言った。
「逃げようとしてみろ。地獄の果てまで追いかけてテメェを殺す」
「あは、ボクは神だから地獄には行かないけれど面白い例えだね!」
「クソ野郎が」
そう吐き捨ててユーリは男の頭を剣の持ち手で再び強く打ち据え、男が気絶したのを見届けると大聖堂の廊下を必死に駆けた。
大聖堂の警備は万全のはずだった。門番は手練れの騎士で、そもそも大聖堂は高い塀に覆われている。それこそ空からでもないと侵入は難しい。
ユーリは再び舌打ちをする。
本当は初撃で男の意識を刈り取るつもりだったのだ。それが一瞬怯んでしまった。男が白銀の髪に空色の瞳を――シュニーと全く同じ色をしていたからだ。
そうして、ようやく辿り着いた神託の間。ユーリは扉を勢いよく叩く。
「おい、シュニー! 無事か、返事しろっシュニー!」
ドンドンと扉を叩く。叩いて、叫んで、もう決まりなど破って部屋に入ろうかと思った時だった。そろりと中から扉が開かれて、シュニーが顔を覗かせた。
「ユーリ、どうかしたのですか?」
ぽかんとした顔でユーリを見るシュニー。その細い肩を掴んだ。
「シュニー無事か? 怪我は、なさそうだな……ここに誰か来なかったか?」
「ユーリ、本当にどうしたのですか? ここには神様しか来ていませんよ」
「侵入者が……クソッ」
ユーリはぐしゃぐしゃと黒髪を掻き乱す。
薄々勘づいていたが、男は逃げるためにわざとシュニーのことを話題に出したのだろう。そのせいで焦って判断を間違えた。
警備の手厚い大聖堂に侵入できた男だ。ベルトなんかの拘束では意味がないはずだ。きっと今頃は目を覚まして、さっさと逃げ出しているに違いない。
「チッ……足の腱でも切っとくべきだった」
そうして案の定ユーリが男を拘束していた場所に戻ると、ぽつんとユーリのベルトだけが取り残されていたのだった。