前半:郷土史最大の謎(前)
今日は地元の神明社で例大祭が行われる。そのために舞岡邸では、朝から近所の老若男女がくつろいでいた。露店商の軽トラも数台、ウチに停めさせている。
舞岡市治は、小さな女の子たちに浴衣の着付けを行っていた。カントリーガールを口ずさみながら、
「はい、美人さんの出来上がり」
と、微笑んだ。
「わーい!」女の子ははしゃぐ。
市治も、喜んでくれると嬉しい。
次の女の子が着付けを所望する。市治は快く応じた。
「おねーちゃんも、おまつり行くの?」
「行きますよ。夜には」
「お昼は?」
「これから所用です」
「えーっ、お神輿とかあるのにー」
「ごめんなさい。でも、なるべく早く戻ります」
「じゃあ、ワンちゃんのお散歩、していい?」
「はい。お願いします」
先月のお盆、長期旅行から一時的に帰ってきた父母も、お祭りの日まではいる。市治も用事の時間がきたので、後のことは父母と綿内親子に任せた。
日本中が昨日公開の洋画に大注目されている。ネットやテレビのみならず、舞岡市治の愛車レパードのラジオでも主演女優の来日舞台挨拶が大きくニュースになっていた。雑談ははずむ。
「この人、大の日本好きなんぞいねー」架橋
「そういうハリウッドの俳優、多いね」英々子
「ジョージ・ハリソンとか、そうですよね」市治
「いやそれ音楽家だから」育美
市治たち四人はJR鶴見駅まできた。駅ビル横のテナントビルで、昨日から〝城達祭〟が行われている。既に何十人ものお城ファンで賑わっている。
寺家育美が一番興奮した。パネルも模型も食いつくように眺めた。その隣りで聞き上手に徹する新治英々子は武将好きだから、城主のほうに目が行く。まだ歴女になりきれてない空架橋は、二人の雰囲気を楽しんでる。それでも架橋の地元、石川県が誇る金沢城が話題になると、育美らとともにはしゃいだ。
市治はずっと、高知城の写真で立ち止まっていた。
市治は育美から「好きなの?」と問われる。
市治は頷いた。
「何派?」育美は問う。
「御殿です」
「初めて聞く派閥だわ。で、萌えところは?」
「生活感です」
「政治感のほうがもっとある気が……。行ったの?」
市治は急に涙目になった。育美は言いたいことは分かった。
「いや行きなさいよ。一応、お金持ちなんでしょ?」
「畑に夢中になると、つい……」
忘れてしまう。好きでやってる仕事なら仕方がないだろう。でも、いつか必ず高知城を訪れて、あの風情ある御殿で一晩過ごしたい。と、後ろ半分は絶対に叶わない夢を抱いていた。
城達祭に夢中になったぶん昼食が遅くなった。午後二時を過ぎている。四人は旧東海道沿にあるラーメン屋で、黒味噌ラーメンを堪能した。