前半:はまっ子 in YOKOHAMA
作品の舞台は令和5(2023)年です。
小春日和、JR新横浜駅新幹線下りホーム。ベンチにて、母は、谷山浩子のカントリーガールを鼻歌を歌いながら、愛娘の髪を三つ編みに結っている。
「はい、美人さんのできあがりです♪」
母は満悦し、父も腕組みして納得する。
「何時ものゆるふわ三つ編みですけど……」
娘、舞岡市治は無表情を装っていても、母は笑顔いっぱいに、愛娘のポンチョのシワを直し、髪を撫でて言った。
「愛されクール系な市治にはお似合いです」
市治はいじられても、純粋な愛情を感じとれば、”まあいいや”と流す傾向がある。
「それで、いつ戻られるのですか?」
「先ずはウチのルーツである沙沙貴神社にご挨拶して、あとは気まぐれのみぞ知る、ですわ。旦那様も仰っていたでしょ。旅の醍醐味は時間とお金の無駄遣いだと」
「それはまあそうですが、せめてお盆の前には……」
「じゃ、そうしておきましょうかね。おほほほほ」
両親が隠居し、長年の夢だった超長期旅行を実行させる。家と家業の農業は、末娘で大学を卒業したばかりの舞岡市治が担う。年の割には身長が140を有に下回る。そんな市治は自分を年齢相応に見せたくて、また友人の薦めもあり、ポンチョを身にまとってる。
のぞみ号が到着し、両親は乗車した。市治はドアが閉まると頭を下げ、のぞみ号が発車する。市治は視界から消えるまで見送った。
見送りは終わる。市治はここから出ようと振り向くと、ビルとビルの合間に見える小机城址の、更に向こうには富士山があった。
「今日もお山が綺麗です」
いつ見ても、綺麗で和める。
のんびり見惚れていると、とある女性が市治の前に出て、視界を遮った。女性の印象は姫カットのショートと、異世界アニメのシールをキャリーバッグに貼ってることだった。
姫カットさんは、富士山に興奮していた。
「あ、あれが富士山け。がんこ綺麗やなあ。さすが横浜。ウチの横浜なんか比べもんになんねぇねー」
市治にも聞こえ、その後ろ姿を見ながら、
ーー旅行者でしょうか? 訛りは何処? でも、なんだかスタイルがとてもいいです。
と、うらやましかったが、見ず知らずの他人に興味はないので、場を離れた。
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姫カットの女子こと、空架橋が新幹線改札口を出るや、目前の広場に仰天する。
ーーわ、わ。人がいっぱい! たんまげた。
足の踏み場もないほどだ。故郷一番な街、石川県の金沢とは大違いだ。ましてや故郷津幡町など比較にならない。
ーーていうか今日、お祭り?
兎も角、人の数と密度が異常だ。まるで加賀百万石祭の、百万石行列出発式のように。
架橋はおどおどする。誰かに尋ねようかとは思えど、怖くてできない。人嫌いではないが、人見知りはちょっと強い。だから背伸びして見渡す。理由はすぐ分かった。今日、東急新横浜線と相鉄新横浜線という新路線と、両線を繋ぐ地下新駅が開業した。希望湧き上がる開業イベントを、この改札前広場で行うのだ。
判明したからもう終わり。これ以上の興味はない。人混みは嫌いだから早く離れたい。
新横浜は、昭和三十九(一九六四)年東海道新幹線開業とともに産声をあげた町なので、歴史は浅いが、歴史情緒が豊かな金沢以上の都会に見える。しかし架架橋は、父から聞いた話によると、先ず、この駅ビル自体が存在しない。中心街はビルと野菜畑が混在していた。それも平成三(一九九一)年、地元に住む親戚と共にジョージ・ハリソンの横浜アリーナ公演を鑑賞した頃の新横浜である。
架橋が今昔のギャップに戸惑うと、急に人の波に呑まれ、そのまま押し流された。
舞岡市治は公園にいた。新横浜から直線距離でおよそ四キロ、神奈川区の幸ヶ谷公園である。すぐ近くには青木橋がある。正月の箱根駅伝中継で有名だが、普段は静かな所だ。公園の桜は開花前で、人はいない。
市治の用事はここの歴史にある。ここは戦国時代の城跡なのだ。権現山城と呼ばれ、大きな合戦もあった。説明板も設置されてる。
市治はベンチに座り、スケッチブックを広げた。描くのは風景画ではない。風景から想定される、約五〇〇年前にこの場で繰り広げられた戦国大籠城戦の想像図だ。
「さて、昨日の続きをはじめますか」
と鉛筆を選んでから、描きはじめた。
空架橋は横浜駅にきた。キャリーバッグはコインロッカーに預けた。人生初体験の地下鉄と地下街に目を輝かせ、地上に出れば、人ごみと駅ビルの巨大さにたまげる。
ーーテレビと雑誌でいっぱい調べたけど、はまっ子グルメは港よりもここが多いらしい。
と、一人でニヤニヤ、おしゃれカフェを探し回った。初めて来た町にドキドキしながら足を進める。めぼしい店が予想以上に沢山あって、逆に的を絞れない。それどころか、気がついたら、シャッター商店街の中にいた。
辺りを見回しても、誰一人、人がいない。
ーーあれ、道に迷ったけ?
今更思った。人どころか海さえ見えない。
ふと左を向くと、小さな駅を見つけた。
ーー神奈川駅? これ、県名を名乗ってる?
津幡駅よりもしょぼくないか? 例えば東京都の東京駅や京都府の京都駅など、都道府県名の名乗る駅は大規模な印象がある。だが違う。実際は県名ではなく、江戸時代にあった宿場町の名に由来を持つ駅だ。だがそんなことよりも架橋は、崖の上に桜の木をみつけ、関心の矛先が移った。
ーーおお。さすが太平洋側は開花も早そうねー。
架橋は階段を上り終えると、辺り一面に桜の木を見た。ただし全てが蕾の状態だが。
それでも架橋は、満開した様子を想像して楽しんだ。
ーーわお! すっごーい! すっごーい!
濃いピンク、薄いピンク、木漏れ日に輝くピンク。同じ色でも様々ある。
架橋は、心から歓迎されているかのようだった。それが誰かは知らないけど。そよ風が吹き花びらが舞えば、架橋も舞いたくてウズウズする。でも、現実でやると恥ずかしいから、妄想の上で舞い踊った。子供の頃に習ったタンゴを。
架橋が見回っていると遠くのベンチで、スケッチブック持って座る女の子を発見する。
架橋は基本、人の顔や目は見ないが、開花の雰囲気が良かったか、ジッと見ていた。
ーー第一村人はっけーん♪
架橋はウキウキしながら、少女の隣のベンチまで近づいて座る。だが、ここから先からは躊躇した。
ーーあの子の絵が見たいな。でも、変な人と思われたくないしな……。
架橋は挙動不審を見え隠れさせながら隣のベンチに座り、スマホを見てるふりをして顔を隠すも、チラ見する。これを数回続けた。
ーーちっこいな。かわええな。いや、ちっこいのに小顔で綺麗な子や~ね~♪
架橋は目尻を下げ、心地よさを覚えた。
気が緩む架橋。初春の陽気を肌いっぱいに感じだすと、次第に眠くなる。うとうとすると目覚めることなく、本能のままに任せた。
ばたん。
舞岡市治は、隣のベンチに誰かいることには感づいてたが、今の音で始めて視認する。
市治はドン引きするも、スケッチブックを持ったまま、ベンチ上で熟睡する架橋に近づき、声がけする。
「もしもし、あの、風邪ひきますよ……」
「きびあんこ……」架橋の返事は寝言だった。
「あらま」
市治は、この女性があの方言女子だと気づいてない。顔はここで初めて見た。寝顔が和めるほどに可愛い。理想のスタイルと程よい身長も羨ましい。ならば似顔絵を描きたくなるも、人物画は得意ではないので止めた。
ここで、架橋のスマホが地面に落ちた。
市治はスマホを拾い、架橋の横に置こうとすると、バイブが鳴る。スマホ画面が光り、待ち受け画面がでた。市治は注目する気など毛頭なかったが、つい、目に入ってしまう。
ーー|金古札白糸素懸縅胴丸具足《きんこざねしろいとすがけおどしどうまるぐそく》、ですよね?
一見本物と見間違えそうだが、よく見れば段ボールの手作りだ。きっとこの甲冑の纏い主、前田利家が好きなのだろう。
ーーもしや、歴女さんでしょうか?
もしそうなら、親近感が抱けそうな気がする。
ーーしかしよく出来てますね。卒業証書はともかく、なぜ、蛸のお面を被るのでしょう?
手作り甲冑は本当に凄い。本物をよく観察したと思いたいほど作りも細かい。きっと多くの写真集や書籍を読み、また、専門知識を持つ誰かの助言を受けてるはずだと想像もできた。
それでもお面の意味だけが分からない。だが、愛情が込められてるのは分かるので、まあいいや。
ーー私の描く復元の歴史建築物も、色々勉強したつもりですが、この方のレプリカ鎧は本当に凄いです。見習わなきゃです!
市治は架橋に自分のポンチョをかける。
そして鉛筆を持ち直し、素敵な寝顔を見守りながら、絵の続きをはじめた。
空架橋が目を覚ますと、桜は満開だった。
「え、もう咲いた? 早っ……」
と、驚きながらも、綺麗だったので立ち上がろうとしたら、身重にふらついた。
架橋は、卒業式のために作った甲冑の"本物"を身にまとっていた。あの蛸の面がない。それだけではなく、桜と共に粗末な木製の建物が複数も目に映った。この広場も土塁に囲まれ、塁上は柵が設けられ、無数の旗指物が建てられている。見張り台も一つある。そのうえ十数名の甲冑武者と、数百の足軽や避難民の女子供がいた。顔は確認してないが、激しい緊迫感は伝わる。北側に向けて視線も矢先も向いている。まるで戦国時代の大河ドラマにでる籠城戦にしか見えなかった。
「もしかして私、ここの殿様?」
架橋の甲冑が一番目立つから、恥ずかしくてしゃがんだ。架橋は美工系の大学出で、歴史などテストの成績は何時も悪かった。架橋にとってこの甲冑は、前田利家をリスペクトする石川県民の県民性の現れでしかなかった。
キャラクター紹介① 舞岡市治 (まいおか ちはる)
〜横浜の地に800年以上続く由緒高き名家のおチビさん〜
あだ名:ちーちゃん、ポンチョ姫、地主様、等々。
年齢:22。大卒直後
性別:女
誕生日:4月11日
血液型:非公開
身長:135(市治の証言)
職業:農業
人柄:古風。口数は少ないほう。孤独がすきだが人間もすき。
とにかくやることなすことがマイノリティな女。
どんなに親しくても一線を敷いて言葉遣いも丁寧に気にかける。仕草はきれいだが礼法は習ってない。
友人は求めずとも周りから寄ってくる。
高いところと怖い話が苦手。
いくさは想像できても血がダメ。
イラスト、とくに歴史建築と背景画は得意。
小さい頃からピアノを嗜んでいる。
歴史は詳しいが、郷土史や郷土伝承のほうに精通。
横浜の歴史イラスト集を出版したがあまり売れず、大半は自分で買い取っている。イラスト集の経歴にのみ郷土史家と名乗ってるが、自覚なし。
歴史好きのきっかけは死んだ祖父が郷土史好きだった影響。
研究テーマは「永禄9年武田軍の横浜侵攻について」と「天文6年神大寺古要害について」だが、伝承ばかりで史料が見つかってないから、実質やってない。
その身長からよく小学生と見間違えられる。
家伝には佐々木高綱の支流とある。
羽沢小学校→菅田中学校→城郷高校→東京大学農学部