ep.7 初デート
アヴァは混乱します。
ひと月程中々ゆっくり会うことがなく屋敷で寝泊まりしている以外は仕事へ出かけいつもと変わらない日々だった
“旦那様より2日後、一緒に出掛けようとの言付けありました。”
世話をしてくれる侍女からの伝言
「わかりました」
そう答えた
ここ最近、公爵様の屋敷で随分と質の良いドレスを着せてもらっていた
今回の外出では公爵領の街並みを散策するといわれた
質の良い布は変わらずだがホワイトベージュの清楚なワンピースを着ている
いつもの深紅の宝石のついたネックレス
侍女にヘアスタイルは一つにまとめてもらった
「よくお似合いですよ」
この屋敷の使用人は平民のあたしにもいつも親切にしてくれる
控えめにメイクもして貰い、準備ができた
“こちらです”と促され着いていく
「旦那様、奥様の準備が整いました」
このひと月、奥様呼びをやめてもらうように伝えたが、見事にスルーされ結局、屋敷内では奥様呼びは定着された
フロアで待っている公爵様はあたしを見ると暫く動かなかった
「あの、公爵様?」
思わず声を掛けると、ハッとした公爵様はニコリを笑顔を向けてくれた
「とてもよく似合っている。久しぶりに会えたアヴァがこんなに可愛らしいなんて…」
そう言って僅かに頬を赤くしている
そんな公爵様の様子を見て思わず私も気恥ずかしくなり顔が赤くなる
「さぁ行こうか」
手を出され思わず手を取ってしまった
街並みの散策が目的と聞いたのだが、晩夏の今は暑く馬車を出し近くの通りまで使用する
公爵家の馬車だと目立ってしまうため
古びた馬車を手配した
まだ残暑が厳しく開け放たれた窓から入るのは湿度を含んだ熱気だ
侍女が用意し、持たされた果実水を口に含みながら短い時間の馬車の旅を楽しむ
外の景色を見ながら開放的な気分を味わう
「……あの?」
先ほどから気になっていた視線
足を組み顎に手を置いた公爵様がこちらを見ている
「うーん…失敗だ」
「はい?」
何が失敗なのだろう?
「君が美しすぎる。その衣装では美しさが隠せない」
ため息をつきながら真顔で訴えている
「………」
そんな心配するのは、公爵様だけなのではないだろうかと本気で思う。
そんなやり取りをしている内に、目的地へ到着する
「今日の1番の目的地だよ。」
そう言って馬車の外に出た公爵様は私に手を差し出した
素直に手を取り“ありがとうございます”と伝え馬車を降りる
「…凄い。劇場…?」
豪華絢爛、煌びやかなその建物
日中に見てもこんなに煌びやかなのだから
夜に見るとさぞ凄いのだろうと想像に容易い
「うん。演劇。アヴァ、恋愛もの好きかなぁと」
ニコニコとした笑顔を貼り付け私の顔を覗き込んでくる
前世のあたしは、恋愛もののドラマやミュージカルが好きだった
ドロドロしたものと言うより純愛物
三角関係とか面倒くさくてお断り
日常で疲れているのに、そんなものを見て余計に疲れるのは避けたかった
社畜のあたしが正常な判断が出来なくなるほど疲れていたんだなぁ。
本来なら友人に勧められたこのラノベもハマらなかったはずだ。
結婚相手が不倫だなんて前世のあたしからしたら冗談じゃない。
“なんの因果か、転生するなんてね。”
「好き…ではありますね。恋愛もの…」
公爵様の問いに応えた
横で、“やっぱり!好みは変わってないね!”とよくわからない事を言いながらニコニコしている公爵様
ふと周りがざわついているのに気づいた
「?」
周囲を見渡し、周りの声を聞く
“ベッドフォード公爵様よ。お顔立ちが本当に素敵だわ”
“お隣のあの方はどなた?”
“女性と並んで歩かれるなんて…”
別に誰が誰と歩こうと構わないではないのだろうか
赤の他人が何でそんなに気にするのだ
“ネイサン”の過去を知らない人達が好き勝手言っている
ラノベを読んだあたしだけが、知っている“ネイサン”の過去
下世話なことを、にこやかな笑顔を貼り付けながら、その口元に綺麗な扇子をあてがいながら。
なんとなく、前世の学生時代を思い出す
女子特有のドロドロ
良い顔をするのに裏では、何を言っているのか分からないタイプのあの子を思い出した。
あたしが苦手だった子。
それなのにいつも寄ってきてたっけ。
そういえば、苦手なあの子と関わりたくなくて進学も遠くにしたんだ
それなのに社会人になって同じ会社、同じ部署だなんて神様はいないと確信したのを思い出した
あの子がのらりくらりと上手に逃げるから何時もあたしに仕事が回ってきた
“◯◯さんなら出来るよね?”
半ば確定で押し付けられたっけ。
思い出してイラッ
そういえば、会社の休憩室で彼氏の話になったんだった
“◯◯さんの彼、格好良いね!”
写真を見せたら言われたんだった。
あたしが好きだった彼は確かに顔も良かった気がするけど…何より温かい人だった。
優しい人だった、誰よりも心地よい人だった。
中身が特に大好きだった。
“◯◯、良いなぁ。今度私にも彼、紹介してくれなぁい?親友として◯◯に相応しいか見極めたいの”
あの子はそう言っていたっけ。
過去にも同じ事言われたなぁ。
そうして、当時の彼を取られたのを思い出した。
“私は、そんな気なかったんだけど、彼が…。ごめんねぇ。”
悪びれもなくさらっと言ってたなぁ。
またイラッ。
元々噂話に花を咲かせる女の集団があたしは嫌い
前世の名前も顔も忘れたあの女を思い出して余計にイライラした。
あたしの葬式の時にでも顔を出して彼にアタックしたのかな。
残念だけど、彼はあたし以外に好きな人が居たのだろうから、あたしのものを奪うことはあの子には出来なかったはず。
公爵様が此処に居ることが珍しいのか
それともあたしに対してニコニコと笑顔で接しているのが珍しいのか
ざわつきは続くばかりで収まる気配がない。
公爵様にもこのざわつきは聞こえているだろう。
それでも気にも止めていない素振りをしているのだ
「公爵様。」
「ん?なに?」
暫し考えた後、声を掛けると、直ぐに返事が返ってきた
ぐいっと公爵様の腕を組みあたしの胸元に寄せた
「早く行きましょう!」
唖然としている公爵様を引っ張りながら入り口はどこですか?と確認する
受付の人も、驚いた表情で対応していた
そんなに公爵様が此処にいるのは珍しいことなのだろうか。
受付を済ませカップル席に通された
カップル席に抵抗が無いといえば嘘になるけれど、先程の下品な人達と並んで一緒に見るよりは良い気がした
公爵様だって好奇の目に晒されるのは気分が良くないはずだ
演劇は見事なまでの純愛物だった
ストレスがかかることなく、見れる
想い合う2人が素敵だった
“いつかはそんな人に出会いたい”
過去も今もあたしはそう思う。
まぁ。過去は無理たったけれど。
「素敵な2人だねぇ」
横で、公爵様が感想を述べた
「はい。ずっとお互いだけを愛し合えるなんて素敵です。」
ほうっと溜息と共に零した
「私なら、ずっとアヴァだけを愛することができるよ。」
そう言って、不意に額に軽く口付けられた
「またっ!?」
額に手を当て咄嗟に離れた
顔が瞬く間に赤くなるのが自分でわかる
「アピールしないとね。私は、君だけを愛する自信があるんだもの」
公爵様がそういった瞬間、ラノベの一部が瞼に浮かんできた
思わず目を瞑る
契約結婚ではあったが、アヴァはネイサンを愛していた
普通の夫婦とは違うのかもしれないが、少しでも一緒にいる機会を増やしたいと思っていた
2人で出掛けた初めての収穫祭
少しでも夫婦としての時間を過ごしたかったアヴァが声をかけたのだ
言葉数が少ないネイサンだったが、“わかった。”と一言了承をくれた
そうして何処となくぎこちない夫婦の初デートだった
並んで収穫祭の祭りを堪能し、未婚女性たちの踊りを見た
踊りを舞う女性の一人、栗色の髪の毛にエメラルドグリーンの瞳の女性とネイサンは目が合う
途端に彼女から目が離せなくなった
“美しい。”
そう一言、ネイサンは漏らす
彼の瞳には彼女しか映らなくなっていた。
そうして場面が変わり、夕日を背に2人が手を取り合っている
アヴァを先に帰らせたネイサンは、“美しい人”を追いかけてきたのだ
そうして、彼女を見つめながら頬に手を添える。
「私は、君だけを愛する自信があるんだ」
そう言い切ったネイサンに彼女は頬を赤らめた。
“…ないわぁー。”
瞼の裏に浮かんだラノベの一部
何で嫁と見に来て嫁以外に目を奪われるのか訳がわからない。
その後嫁を返して、今から不倫相手にと女を口説く
最早意味がわからない。
「アヴァ?どうした?」
公爵様の声にハッと我に返る
当人だけど当人ではない。
それでも何となくジト目で見てしまうのは許してほしい
「いいえ。何でもないです。」
ツンっと横を向き答える
途端、“嫌だった?” “怒った?”と狼狽える大柄のネイサンが何だか可笑しくなった
「いえ、少し昔のことを思い出しただけです。」
お気になさらずそう言って笑顔を見せると安心したのか微笑み返してくれた
「この休憩が終わったら第二部が始まるよ。」
「素敵なお話でしたね!誘ってくださってありがとうございます。」
全ての演劇を終えて、私は感想を述べた
「いえいえ。気に入っていただけたようでよかったです。」
そう言いながら、すっかり手は恋人繋ぎだ
非常に手慣れたようにスマートに手を握られたので、それとなく外そうと試みたのだが、がっちりとホールドされている。
仕方なく諦めそのままにした
意識してしまうと顔が赤くなってしまうのでなるべく意識しないように心がけて
ドキドキと早なる心臓は言うことを聞いてくれなくて
口から心臓が飛びでそうで苦しい
前世を含めれば(アヴァでは0だが)少しでも男性経験があるのだが…
帰りの道すがらやはり周囲のひそひそ話は気になる
あの扇子は、噂話をする為のものかと嫌になる
「この劇場、こちらに素敵な景色があるんですよ。」
そう言って帰り道から逸れていく公爵様
言われるがままに手を引かれついていく
「あっ…。」
開かれたその場所には大きな噴水があった
周囲には色とりどりの花が植えられている
噴水から出てくる水が西日に反射しキラキラと輝いているように見えた
「…綺麗」
思わずため息とともに言葉が出た
この景色を私は知っている
主人公がヒロインの手を取り
「アヴァ…」
名前を呼んで
「私に貴女の心を下さい。」
手の甲にそっと口付けて愛を乞う場面
「!?」
見事に再現されたシーン
“どっ、どうしよう…”
貴方が告白したのは、別れを告げる予定の人ですよ?とは言えず固まる
「私は…他の女性に心惹かれることはありません。ずっと昔から貴女のことを愛していましたから。」
・・恋焦がれて死を選ぶほどに・・
「えっ?」
予想していなかった言葉を聞き驚いた
「アヴァ・イノチェンテとなる貴女を過去の私がぞんざいに扱ったのは思い出した。本当は貴女を愛していたのに…あの時に何故かあなたを憎らしく思ってしまった。今度こそ…間違えたりしない。どうかこの手を取ってもらえないだろうか?」
「…えっと…??」
過去の私…?
この人は何の話をしているんだろう?
「貴女ともう一度生きていきたいと私が望んだ。だから戻ってきた。」
「えっ…?」
戻ってきた?
私はアヴァで、あたしが死んで転生した。
ここはラノベの世界で…。
戻ってきたって何?
あたしは元からアヴァだった?
じゃあ前世だと思っていたこの記憶は何?
「戻ってきたって…どういう事でしょうか?」
自分で思ったより声が震えていた
「記憶がないのは仕方がない。私自身のやり方が悪かったのかも知れない。貴女と私は1度目にも結婚していたんだ。…一生を添い遂げられなかった後悔をしていた。今度こそ貴方と添い遂げたい。私は貴女を愛している。」
1度目?
あたし自身のあの記憶はなに?
ラノベの世界にこんな話あったかな?
ドクドクと心臓が打つ
今のアヴァの意識は“あたし”だ。
でも目の前の公爵様は、“1度目のアヴァ”と“2度目のアヴァ”どちらもアヴァ自身だと思っている
“あたし”は“1度目のアヴァ”を知らない
あたしは誰?
1度目のアヴァは誰?
本来のアヴァの居場所をあたしが奪ったんじゃ?
魂という概念があるなら“彼女”は今どこにいるの?
カタカタと震えが来た
ハァハァと息が荒くなり視界が暗くなる
「アヴァ?」
そう声が聞こえたと同時に身体に力が入らず崩れ落ちた気がした
「アヴァ!?」
目の前で息を荒くしカタカタと震えだす
徐々に顔面蒼白になっていくのがわかった
名を呼んだと同時にアヴァは崩れ落ちた
咄嗟に抱きかかえた
腕の中の彼女は意識を失っているようだ
「…記憶が混乱したか」
自分自身には記憶があるが彼女は全くと言っていいほどないのかも知れない。
時折、覚えているような事を話すものだから一か八かで賭けてみたが…。
目覚めたあとにどう声をかけたものか
もしかしたら避けられてしまうのかも知れない
彼女を抱きかかえ、屋敷に戻るために馬車へと向かう
読んでいただいてありがとうございます。
誤字脱字あれば教えて頂けたら嬉しいです。