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ep.4 もやもや

読んでいただいてありがとうございます。



「はぁ。」


気まずい晩餐を終え早々に部屋に戻った

とはいっても気まずいのはあたしだけ。

一方のネイサンは、食事中はニコニコと張り付けたような笑みを絶やさず


「これは好き?」


「甘党だったよね?」


「スープが少し熱いな。冷ましてあげるよ。」


本来向かいに座るだろう思っていたが、なぜか真横に座り甲斐甲斐しくあたしの世話を焼いていた


用意された湯あみを済まし、いつもより大きいベッドで手足を伸ばしながら考える。





「僕には彼女しかいなかったんだ。彼女がすべてだったのに、過ちを犯したんだ」




あの言葉はどういう意味だろう


ネイサン自身が愛する“彼女”


「ん?」



原作通りなら、ネイサンはまだヒロインと出会っていないはず

それなのに愛するひといる?


愛する人がいるのに、あたしと結婚しようしている?

あたしに愛の言葉をささやいていたのを思い出す


「えっと・・・」


ベッドから起き上がりテーブルに向かう

侍女に書くものを用意してもらいさらさらとインクを使って書き出す



「あたしのことが好きって言いながら、“僕には彼女しかいない”。ヒロインには会ってなくて・・・」


人物相関図的なものを書き出すもだんだんわけがわからなくなる。



「・・・わからん。過去形だったから、彼女はもう存在しない人?」


ぼそぼそ呟きながら自分なりの結論が出てくるとハッとする


「存在しない・・・亡くなっている?」



過ちを犯したとも言っていた

何か取り返しのつかないことになってしまって彼女を失った?

私自身は“公爵家夫人”として役目を担ってほしくて依頼した?愛の言葉を囁き夫婦関係をうまくやっていこうとしている?

ヒロインは?

これから出会う事で“僕だけの彼女”を忘れられるの?


結論ー


「結局、あたし当て馬じゃんね。」


考えても仕方ないという結論に達した。

やはり公爵夫人は務まらないし、死にたくないので3か月後に“ごめんなさい”しよう。

それまでせめて良い暮らしを満喫させてもらおう


そういう結論に達した。


“一目惚れしたんだ”


昼間そう言ったネイサンの顔が浮かんだ


「素直に言えばよいのに。」


利用する気満々のネイサンに腹が立つ


カチャリと自身が動くとネックレスの音がした

手を持っていき深紅の瞳を思わせる宝石を見つめた


「これ、3か月後外してくれるかな?」






「外さないよ。」


自分の意識の中で聞こえた声に返事をした


「ネイサン様?」


執務室で執務をこなす自身に執事が声を掛ける


「いや、何でもない。」


置かれたカップを一口飲み下がる様に伝えた

残りの仕事もこなしていく


自身の意識を集中させれば彼女が今、どこで何をしているのか頭に浮かぶ

自室にいた彼女はベッドから起き上がり何かを書いている

書いていたものは彼女に隠れぼんやりとしか見えなかった


「・・・亡くなっている?」


その言葉に驚いた

彼女はもしかして“自分が何者か”思い出したのでは?

一瞬期待したが、次の言葉でその期待も打ち砕かれた


「・・・当て馬じゃんね。」



違う、君は当て馬じゃない。

本日何度目かのため息をつく


「伝えているけど伝わらないなぁ。私のアヴァは以前と随分性格が違う‥記憶があるのか?」


こちらもまたぽつりとつぶやいて思案する


「・・・茉優まゆ



瞳を閉じると瞼の裏にかつての愛しい人の姿が浮かぶ

随分と恋焦がれた人

手の届かないところにいるあの人








「おはようございます。奥様。」


侍女の声掛けで目が覚める

目を開けるとにこやかな笑顔の侍女が待機している


「・・・おはようございます。どうぞアヴァとお呼びください。」


奥様と言われるのは馴れないし、昨夜断ろうと心に決めたわけだし

それなのに礼を持って尽くしてくれる侍女さんには申し訳ない


ベッドから半身を起こし伸びをする

ふと視線をベッドサイドに移すとブルーの小さな花束が目に入る


「これ・・きれいですね」


声を掛けると侍女も視線を花に移し嬉しそうに声を上げた


「旦那様が自ら摘んでこられたのですよ。朝方、ベッドサイドに持ってこられました」


「ここに!?」


思わず声を上げた

上げた声に驚いたのか侍女の目が見開かれたが、そこはプロすぐに笑顔に変わる


「そうです。こちらにいらした旦那様は奥様の寝顔をそれはそれは愛おしそうに見つめられておりましたよ」


その時の様子を見られていたと思うと何とも恥ずかしい

顔が徐々に熱くなってくるのがわかる


「そ・・・ソウデスカ・・」



恥ずかしさからまともに侍女の顔が見られずなすがまま着替えなどの朝の支度の手伝いを受ける


朝食ですと通された席にすでにネイサンは着席していた


「遅くなりすみません。おはようございます。」


侍女とのやりとりを思い出し、気恥ずかしい

目を合わせるのはもう少し後にしてほしいと思いながらぎこちなくない程度に挨拶を交わし着席する

今日もネイサンはアヴァの隣、向かいが空いていますよとそれとなく伝えるも効果なく


「今朝はどれが一番気に入った?」

「スープは熱くない?」

「このオレンジ少し酸味がきついね。アヴァは苦手かな?」


甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる


「・・・自分で食べられますよ?」


そう答えると



「・・これでも遠慮しているんだよ。本当なら膝の上にのせて自ら食べさせてやりたいくらいには。」


思いもよらぬ返事が来て赤面する


いたたまれなくなりテーブルを見るとふと黄色い液体が目に入った


その視線に気づいたネイサンは温かいその液体をアヴァの前に持ってくる


「これ?フルムのスープ気になる?ほのかな甘みがおいしいよ。フルムの実はこの国ではあまり食べられていないから初めはびっくりするよね」


そういいながらスプーンに一口分掬いあたしの口元に持ってくる

恥ずかしさも大いにあったが何より香りが気になり思わず口を開いた


口いっぱいに広がるほのかな甘みと丁度良い温かさ

優しい黄色の色合いと味は前世の南瓜スープそっくりだった

この国には南瓜と呼ばれる食べ物は存在しない

前世ではあたしの好物だった南瓜スープ

前世を思い出して飲みたくなりいろいろな物で試行錯誤繰り返したがうまくいかなかった


「どう?」


ネイサンが顔を覗き込んでくる


同棲した最初に彼が一番最初に作ってくれた料理

元々好きだった南瓜スープがより好きになったのは彼のおかげ

彼だけの隠し味があったから


「ん・・・おいしいです。なんだか懐かしい味ですね」


あまりのおいしさにネイサンに笑いかける


「良かった。隠し味にね、東の方で使われている調味料を入れたんだよ。」


得意げに答えるネイサンの表情が何故か彼と被る


“全く似てないのに・・・”


調味料を入れるあたりも彼にそっくり


「公爵様が作られたんですか?」


「僕が提案して作ったのはシェフだよ。料理は好きだけれど、忙しくてね。使用人たちの仕事を取るのもね」


そういって困ったように笑った


「東の方の調味料・・・そんなのがあるんですねぇ。醤油みたいな・・・」


ぽつりと言葉を呟いた途端、ネイサンがすごい勢いで腕に掴みかかった


「ひっ!?」


驚いて情けない声を上げてしまう


「・・・醤油なんてどこで知ったの?」


少し震えた声で、何かに縋る様に聞かれた


“あたし、何かまずいこと言った!?”


ドクンドクンと心臓が脈打つ


“殺される!?”


「ねぇ、アヴァ。東の国の調味料は醤油と言うんだよ。この国ではほとんど知られていないはずなんだ。何で知っているの?」


低い声で同じことをゆっくりとはっきりとした言葉で質問された


「え”っ‥と。元々、東の国には興味があって…それで以前、調理本で見かけて興味があって覚えていて…」


しどろもどろになりながら必死に答えた

口から出まかせだが、どうかこれで騙されてほしい


「平民のアヴァがそんな本をみる機会があるの?」


掴まれている腕が少し痛い

だんだんとネイサンの力が強くなっている気がする


“この人、醤油になんの恨みがあるの!?なんでこんなに醤油が気になんの!?”


どうしよう

なんか答えたらまずい気がする


必死に言い訳を考える

確かに平民のアヴァが他国の本を読める機会なんてそう多くない


何か、あり得る言い訳を・・


必死に考えふと浮かんだのは仕事先の女将と店主の顔


「わっ・・私の仕事先に他国を旅する商人が来ることがあるんです。その時にたまたま教えて貰って、本を見せてもらったので覚えていて」



「・・・」


しばらく無言で固まるネイサン

そんな二人の様子を給仕にきた使用人はどうする事も出来ずおろおろと眺めている

心臓は動悸のようにバクバクと苦しくて息もしづらい。

これは殺されるのかしら?

そう思うと冷汗が止まらない


ふっと腕が解放された


「・・・そっか。驚かせたよね。ごめんね。ちょっと吃驚してね」


そう言うとまたいつものとびきりスマイルを張り付けたネイサンに戻っている


「はぁ・・・」


気の抜けた返事を思わず返した


“何なの!?醤油がどうしたの!?これは公爵様にとって地雷なの!?”


ニコニコとした笑みを張り付けて“笑え、自分”と命令して必死に口角を上げる

この日から、アヴァは二度と“醤油”と言う単語を口に出すまいと誓った



朝食を終えて執務室に入る

座り心地が良いはずの椅子にため息とともに勢いよく座り込む


“醤油みたい”


そういった言葉に思わず腕をつかんでしまった

怖がらせたかもしれない


「美味しい、叶汰の作るスープ好きよ」


そう言って満面の笑みを浮かべる想い人

同棲した初日

一緒に料理をした

彼女はハンバーグを作ってくれた

ならばとスープを担当した自分

生クリームと醤油を使って南瓜のスープを作った

最初は醤油をみて“うそでしょ!?あうの?”と驚いていた彼女も出来上がりを食べ大喜びだった


「叶汰の南瓜スープは特別な時に作ってね」


そういっておいしそうに食べてくれた

この国で醤油を知る人が少ないのに彼女は知っていた


“やっぱり記憶が・・・”


そう期待したが違うようだった

それとも・・何か理由があって隠している?

潜在意識でもあるのだろうか?


彼女の記憶があったら・・そう望んだ

たとえなかったとしても彼女を愛しているのには何も変わりはないが


パチンと指を鳴らすと、影が一つ降りてきた


「アヴァの仕事場に出入りした商人を探せ」


一瞬ぽかんとした影は小さく返事をしてすぐに消えた


彼女のどんな小さなことでも知っておきたい

どんなふうに生きてきたのか

何を見てきたのか

そして、少しでも前世の記憶を取り戻してくれたら

また笑いかけてくれたら

そう思いながら


「茉優はいやかもしれないけど」


しんどかった前世なんて思い出したくもないかもしれない

死の間際のことなんて思い出したくないかもしれない


思い出せなくても叶うなら


「また一緒に居たい。今度こそ一生一緒に居たい」





「はぁぁぁ…生きた心地がしなかった…」


殺されるかと思った

原作であんなに醤油に執着したシーンなんてあったのだろうか?


「公爵様は、醤油が嫌いなのかしら?」


きっと醤油に良い思い出がないんだと納得する

そういえば、吃驚しすぎて頼み事を伝えるのを忘れていた

厳重な程の護衛をやめて欲しいと朝食の席で伝えようと思っていたのだ

次の食事の際でも良いかと思ったが、侍女より本日は忙しくこのあと外出したのち帰宅は深夜になる可能性があると伝えられた

更にはここの所、隣国との境界での小競り合いが頻発しておりネイサンが対応している為、輪をかけて忙しいそうだ。

そうなると何時頼めばよいのか…。

ヘタをしたら随分と長い間頼めずに過ごしそうだ

先程怒らせてしまった?お詫びも兼ねて何か甘いものでも作って頼み事をしようと考えた

侍女に頼み厨房を借りることにした






コンコン


自分の世界に浸っていると扉を叩く音がした



「なんだ」


アヴァ用ではない低く冷たい声で反応する


返事はない


それに僅かに苛立ち「入れ。」と声をかけた


控えめに扉を開く音がした

人が物思いにふけっている時になんだとイラッとし、視線を向ける


「…あ…アヴァ…?」


来るはずのない人物を見て驚いた


「あっ…お忙しいですか?すみません」


扉から顔だけを出し申し訳なさそうに答えるアヴァ


「大丈夫。ごめんね、少し考え事をしてたから…どうしたの?」


相手がアヴァならなるべく優しく冷たくないように声色を気をつける


「すみません…その…。」


言いにくそうにモゴモゴとするアヴァ

此方へ手招きをして部屋へ誘導する

大人しく室内へ入るアヴァに警戒心と言うものが足りないのではと思う

仮にも口説かれている相手にー


「頼み事がありまして…」


アヴァの頼み事なら何だって叶えよう


「二度と会いたくない」とか「別れましょう」とか「結婚しません」以外は基本は受け付けるつもりだ 


「あの…護衛の件で…」


「護衛?」


これまた予想外の頼み事に驚いた

護衛についた奴等は一、二を争う腕利きの奴を選んだが…

アヴァの可愛らしさにもしや邪なことでもしたのでは?

スッと視線を背後にやり睨みつけると

慌てた護衛はぶんぶんと首を振る


「奴等が何かしたのかぃ?もしそうならこの場で息の根を止めてみせるよ」


腰に携えている刀をそっと触る

ヒュッと護衛の喉がなる音がした


「え!?いえ!そうじゃなくて…護衛の方が2人もなんて…。私は貴族でもありませんし…不要なのではと思いまして。」



「あぁ、そういう事。君は僕にとって唯一無二だよ。確かに今は貴族ではないけど、養子になって次期に伯爵令嬢になるわけだし、僕の婚約者になるわけだし…必要なことだよ」


決定事項の様にさらりと言われた


「…婚約者になるって決まった訳じゃ…」


「外の世界はね、貴族だろうが貴族じゃなかろうが危ないもんなんだよ。二度と失いたくないからね。僕のわがままだと思って…」


「…」


そう言われてしまえば、嫌とも言えず頷くしかない


「この件は終わりね。それで?その手に持っているものは何かな?良い匂いがするけれど。」


入室してきた頃から気になっていた

甘い匂いのする籠


「あ…公爵様がお忙しいと聞いて…手ぶらもあれなので…どうぞ。」


そう言って差し出された布のかけられた籠を見る

侍女に頼んで何か甘いものを用意させたかな

布をぺらりと捲る


「…!?」


見たことのある見た目の菓子が出てきた


「…そんなに時間があるわけでは無かったですし、たまたま厨房へ伺ったら、芋があったので使わせて頂きました」


一口食べると優しい甘さを感じた


「うん…これは誰が作ったの?」


懐かしい感じにする味付けに期待を込めた


「私です。これはスイー…いえ、芋を蒸したケーキです」


そうニコリと微笑むアヴァ


「そう…美味しいよ。ありがとう。自分で考えたの?」


この味はスイートポテトそっくりだった

やっぱり君は記憶があるんじゃないかな


「これは……仲の良い商人の方に聞いたので」


何だかきまづそうに答えるアヴァ


また、商人

影の報告をまってアヴァとの関係を洗わなくては。


「商人の人とは仲が良いの?」


そう聞いた途端、アヴァは破顔する


「はい!私の大切な人です。」



ズキンと胸が痛む


やはり彼女は記憶がないのだろう


「そっか…大切な人なんだね」


歯切れの悪い返事しかできなかった


誤字脱字あれば教えて頂けたら嬉しいです。

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