ep3 契約しました
読んでいただいてありがとうございます。
「僕と結婚してほしい」
「お断りします」
何度このやり取りをしているだろう
会話は平行線を辿り結論が出ない。
「…ねぇ。アヴァはどうしてそんなにも結婚したくないの?」
一向に首を縦に振らない目の前の女に苛立ち先程より低い声でネイサンは聞いてくる
「…。」
相変わらず無言を貫くあたしに、大きなため息が聞こえた
「はぁ…。理由を教えてくれなければ到底納得いかないなぁ…」
どうやらネイサンはあたしが首を縦に振るか、理由を聞くまでこの話し合いを終える気はないらしい
前世を思い出したとかここがラノベの世界だとか非現実的な事を話した所で理解してもらえるのか
寧ろヤバいヤツ認定されてしまうのでは?と思うと中々言えない。
「じゃぁこうしよう。」
悶々と考えているとネイサンはニコリと不敵な笑みを浮かべてこちらを見る
「期間は3ヶ月。丁度3ヶ月後は収穫祭だ。その時に結論を聞きたい。それまでは僕が君にアピールするチャンスだと思ってほしい。」
3ヶ月後、実りの季節を迎える時期には収穫祭を行うのがこの国の慣わしだ
様々な作物の実りを豊穣の神に祈願、感謝をする
街の中心には様々な出店が並びより活気づく
この収穫祭のメインは劇団の行う芝居、そして女性達が豊穣の神の傍にいる精霊に扮して音楽とともに踊るイベントだ
精霊に扮して踊ることができる女性は未婚の女性とされている
3ヶ月待てばすっきり解放してもらえるのならば、と
「わかりました。3ヶ月間、短い期間ですが宜しくお願い致します。」
頷きと同時にペコリと頭を下げると不満げな表情のネイサン
「…宜しくね。3ヶ月だけにするつもり、僕はないからね。」
そう言って片手を差し出された
宣戦布告の握手とはー敵はなかなか…
そう思い差し出された手を握ろうと片手を差し出した途端
グィっと体を持っていかれ次いで、頬に温かい感触
一瞬何か理解が難しかったが何やら、頭上でニコニコしている彼を見て、徐々に顔が熱くなるのがわかる
「いっ…今!?」
温かい感触のした頬に手を当て慌てて、間合いを取る
「アピールするって言ったよ?僕を意識して貰わなきゃね」
ニコニコと満面の笑みを貼り付けたままパチンと彼は指を鳴らす
何処からともなく羊皮紙が現れる
そこに彼はインクとペンを使いサラサラと何かを書き出した
「アヴァが嫌がることはしないよ。これはその誓いを書いた誓約書。3ヶ月、それまでに君の心が手に入らなければ…約束通り一応、諦めるよ。」
そう言うとふわりと舞う羊皮紙が私のところに飛んでくる。
目の前にある彼の言う“誓約書”にはなるほど今言ったことと彼の名前が、記載されていた。
“一応”と言う彼の言葉に若干の引っかかりは覚えるものの誓約書がある以上、私が嫌だと思うことは起こらないはずだ。
「わかりました。」
同じ様に飛んできたペンを使い承諾の意を込めて自分の名前を書いた
「君には、文書にしたほうが信用してもらいやすいと思うからね。」
3ヶ月の間、アピール期間と称して少しでも離れるのが嫌とネイサンは言う
毎日の通勤は店と屋敷で転移ポータルを作るのでここにいて欲しい
こちらが頼むのだから衣食住居費用など不要と言う
(確かに良い条件だけど。)
遅刻常習魔のアヴァからしたら、店までの転移ポータルなんてありがたいことこの上ない。
広くて綺麗なお屋敷で衣食住居費用も不要など平民のアヴァからしたら、二度と経験できない贅沢だ。
ただー
あたしは納得出来ない。
ザ☆社畜のあたしからしたら遅刻常習魔なんてまずありえない。上司が来る前に出勤し、ひどい時には御前様までサービス残業。
あたしが生きていた時代では完全アウトなヤバいブラック企業出身のあたしからしたら。
まず遅刻するな。眠いなら早く寝ろ。
転移ポータルなんて甘えるな、だ。
一般社会人として物価高、不景気を生きてきてモノの有り難みを痛感できるあたしからしたら、衣食住居費用不要なんてあり得ない。
甘い話には裏がある。
だから、私が良くても心の中で全力であたしが嫌がる(気がする。)
「…まぁ、予想内だけど、やっぱ嫌だよねぇ。実は君にお願いがあってさ。」
公爵であるネイサンは日々忙しい
正直、毎日アヴァの家へ出掛け過ごすその時間がきびしい
「仕事が終わって、1日が終わる間際。誰もいないの寂しくてさ…そんな時に好きな人がいて声をかけてくれたらとても幸せじゃない?3ヶ月の長期出張だと思ってお願いしたいな。“君しか出来ないと思っているんだよ。”」
その言葉にピクリと反応するあたし
“あたししか出来ない”
社畜時代にそうやって何度言いくるめられてきたか。
そんな口車乗るわけないでしょう?
乗るわけない…
「わ…かりましたっ!3ヶ月、ここでなんとか過ごしましょう!」
乗るわけないのについ出てしまう“了承の意”
(くっそー…社畜のあたし)
先程の一言で話はトントン拍子に進むものの、生まれ変わっても社畜の性分が何一つ変わらない自身に怒りさえ湧いてきた
どうやらこのネイサンと言う男は“社畜の口説き方”をよくご存知のようだ
「…というわけで部屋は今から案内させるね。“君のおかげだよ。本当にありがとう。”」
社畜であるあたしが乗せられる魔法の言葉を存分に使い、彼との契約はあっという間に終わり気付けば滞在中の私の部屋に案内されていた
「晩餐の時間になりましたら、お声をかけさせていただきます。」
契約内容には不在時以外は基本的に食事を共にする事となっている。
“あたしの業務内容”であれば従うしかない
とは言え夕食の予定の時間までまだ幾分かある
契約上、基本的には屋敷滞在中の行動制限はない為、少し探索でもしてみようと思い立つ
部屋の扉を開けると護衛だろう大柄な男性2人が部屋の外に立っており驚いた。
その護衛に散歩に出かける旨を伝えると“お供致します”と言われ、付き添われた
一国の姫君でもあるまいしこの様な丁重すぎる扱いはご遠慮願いたい
今晩の食事の席でお願いしよう
部屋から出て目的もなく思いのままに行動をしていると、随分と重厚感のある部屋の扉を見つけた
護衛に入って良いかと尋ねると“アヴァ様は基本的に駄目な場所はないと聞いています”と回答される。
その返答を聞き、何となく気になったあたしは思い扉に体重を掛ける
ギギギ…と鈍い音を出しながらゆっくりゆっくりと扉が開いていく。
ふと横を見るとランプが置いてある
どうやら火を灯すタイプのようだが今、火種を持ってきてはいない
近くに火をおこす何かがないかと思案し、周囲を探るがらしいものは見当たらない。
ため息と同時に諦めるという選択肢が浮かび、そのまま過ごすことにした。
まだ外は明るいだろうが日当たりが悪い場所なのだろう
小さな小窓から西日がわずかに差し込む為、真っ暗闇ではないが随分と部屋が暗くなり見にくい
ふと視界に入った何かが気になった
顔を向けると古い化粧台があった
珍しい白い化粧台、長年使用されていないのだろう埃をかぶっていた
鏡には普段とは違う見慣れない自分の姿
「…貴族のお嬢様みたい」
記憶を取り戻してから何となく自分自身が宙に浮いている感じがする
私はアヴァ
あたしは…?
思い出す必要もないのだろうけれど、過去の自分の名前を思い出したくて仕方がない
「〇〇・・」
顔も浮かばないけれど最期に会いたかった優しいあの人
名前を呼んでくれた時の温かい感情を思い出したいのかもしれない。
「思い出したところで何が変わる訳でもないけどね・・」
誰に言うでもなく呟く
ふと化粧台の上にあった小さな小箱を見つけた
「これは?」
思わず手に取って開けてみた
「指輪・・?」
シルバーのリングが螺旋状にデザインされており、サイズの違うダイヤが3つ中央に並んでいる
全体的にくすんでいる
原作にこんな指輪出てきたかな?
序盤しか読んでいないあたしが知らない指輪を送るシーンがあったのかな
当事者のアヴァからしたら、納得いかないけれど主人公とヒロインは本当にお似合いの見た目だったのは覚えている
漆黒の髪色に紅色の瞳はクールな男性を思わせあたしのタイプだった
反対にヒロインは柔らかいふわりとした栗色の髪色にエメラルドをイメージさせる緑色の瞳
あたしが可愛らしいとあこがれるイメージそのもののキャラクターだった
最も前世のあたしは可愛らしいとはかけ離れているきつい目をした日本人らしい女だった
ない物ねだりであこがれる可愛らしいふわふわした女の子
物語だろうが、現実だろうが男は大体そういった生き物が好きなのだと思う
前世で同棲していた彼から愛の言葉をささやかれることも殆どなかったし
なんなら成り行きで付き合い、同棲してた様なものだ
もしかしたら彼にもそういった浮気相手の一人くらいいたのかもしれない
“今度は絶対出かけようね。大事な話があるんだ。なるべく急ぎたい。”
そういえば何度目かのデートを断ったときそういわれたっけ。
なるべく急ぎたいと言っていたし新しい想い人でも出来て別れ話でもしたかったのだろうか
こんな社畜の女は誰だっていやだろう
ところどころ思い出すのにも関わらず肝心なところは思い出せないのがもどかしい
「ま、結果死んでよかったのかしら。別れ話を聞くことなく離れたんだから」
あたし自身は彼のことを本当に好きだった
愛していた
仮に生きていたとして別れ話をされるとしたら耐えられなかった
結果オーライかな。
「こんなところにいたんだね、アヴァ」
重厚感のある扉にもたれかかるネイサンに声を掛けられ振り向いた
「あ、すみません。勝手に」
なぜ居場所がわかったのだろうか
とりあえず勝手に探索していたことを詫びた
「大丈夫だよ。君の物しかないからね」
そういって入口にあるランプに手をかざし明かりを灯すネイサン
“あぁやってつけるのね。そりゃアヴァには出来ないわけね”
いつの間にか外も暗くなっている
ランプを持って傍らにきたネイサンは白い化粧台の置いてあるリングケースを見た
開いたままのリングケースに収まる指輪を愛おしそうに見つめる
「渡したかったんだ。ずっと。間に合わなかったけれどね。」
そう呟いたネイサンの横顔をみて、同じように指輪に視線を送る
「・・・心に決めた女性がいらっしゃったんですか?」
意を決して聞いてみた。
ヒロインの名前がでるのだろうか
「そうだね。僕には彼女しかいなかったんだ。彼女がすべてだったのに、過ちを犯したんだ」
そういってネイサンはアヴァを見つめた
真摯な瞳をじっと見つめていると、何か思い出してはいけないものを思い出す
見てはいけないものを見てしまうような感覚に陥りパッと視線を外した
「今でも愛しておられるのですか?」
そう聞くと返事は戻ってこなかった
恐る恐る視線をネイサンに戻すと、今にも泣きだしそうな瞳と目が合った
「・・・そうだね」
彼はそう一言呟いた
そのまま互いに無言になりしばしの時間が過ぎる
ネイサンの小さなため息が聞こえた後
「食事、行こうか。暗くなる話を聞かせてしまったね」
そういわれ再びネイサンの顔を除くと先ほどの憂いた表情はすでに隠れてしまっていた。
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