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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

「相応しくない」と婚約破棄された伯爵令嬢ですが、その後なぜか王女様3姉妹にプロポーズされました!?

作者: 春野

 王国貴族の子息子女が通っている学園では豪華なパーティーが行われていた。

 ドレスアップをした学生たちは日々の勉強から解放されて、食事やおしゃべりを楽しんでいる。

 

 ローズブレイド伯爵家の令嬢であるアリシアもその一人だった。

 明るい茶髪を一つにまとめ、薄い桃色のドレスに身を包み、母親から譲り受けたサファイアのブローチを身に着けて級友と談笑をしていた。

 

 パーティーが始まってしばしが経過し、そろそろ食べ物を取りに行こうかと話をしていると、


「アリシア伯爵令嬢!」


 名前を呼ばれて、アリシアは振り返る。

 そこにいたのは銀色の髪に翡翠の瞳をした爽やかな印象の青年だった。


「アンガス様?」


 アンガス・グラード。グラード侯爵家の次男にしてアリシアの婚約相手でもある。

 二人の婚約関係は他の学生たちも周知の事実なので、会話を邪魔せぬようにと二人の周りにいた生徒たちはしんと静かになった。


「君に話があるんだ」

「話、ですか」


 真剣な、覚悟を決めたような眼差しを向けてくるアンガスに嫌な予感がよぎった。

 そして、悲しいことに嫌な予感ほど的中するものだ。

 

 アンガスはすぅ、と息を吐くとゆっくりと口を開いて告げる。


「僕との婚約を破棄してほしい」

「…………」


 静まった空気のなか、アンガスの言葉はアリシアの耳にたしかに聞こえて伽藍洞(がらんどう)に響くようだった。決して予測していたわけではない言葉。だが、意外にもショックは少なかった。むしろ、すでに受け入れている自分がいることにアリシアは少し驚く。


(いや、でも仕方ないか……)


 心のどこかでは日々思っていたのかもしれない。

 

 アンガスは整った顔立ちをしているし、笑顔を絶やさずみんなに優しい。学校での成績も優秀で、女生徒たちからの人気も高い。故に何度も告白を受けたこともあるらしいが、それらは全て丁重に断っているという誠実さも兼ね備えている。


 一方でアリシアはとびきりの美女でもない、特別な取り柄があるわけでもない。成績も普通だ。アンガスに比べれば身分が高いわけでもない。そんなアリシアが縋ったところで何も変わらないだろう。虚しく情けなくなるだけだ。

 侯爵家との繋がりができると喜んでいた父親には申し訳ないが受け入れる他にはない。


「……わかりました」

「申し訳ない。僕では君に相応しくないんだ……」

「いえ、悪いのは私……え?」


 アンガスの言葉に引っ掛かりを覚えて、アリシアは眉をひそめた。

 結婚する相手として相応しくないから結んでいる婚約を破棄したいという申し出はわかった。しかし、アンガスの言い方は正しいように聞こえない。あまりに急なことだったので、聞き間違えをしたのだろうか?


「あの、アンガス様。お言葉を間違っていませんか?」

「間違う?」

「はい。私が至らぬばかりにアンガス様に相応しくないので婚約破棄を、ということですよね? ですが、アンガス様の言い方だとまるでアンガス様が私の結婚相手として相応しくないと言っているように聞こえるのですが」

「その通りだよ」

「……え?」


 肯定されても意味が分からずに思考が停止する。

 

 アリシアがアンガスに相応しくない、ではなく、アンガスがアリシアに相応しくない。

 言っている言葉の意味は理解できる。だが、どうしてアンガスがそのようなことを言うのかが理解できなかった。

 少なくともアリシアには思い当たる点が全くない。


「悔しいけど、僕では君の相手として釣り合わないんだ」

「そのようなことは……」

「とにかく。今まで君と一緒に過ごせて、婚約できて良かった。ありがとう。僕の宝物だ」

「え、あの」

 

 困惑しているアリシアのことは気にも留めないまま、アンガスは話し続ける。


「さよなら。幸せになってね!」

「アンガス様!?」


 踵を返して走り去っていくアンガスの背中に手を伸ばすも届かない。

 アリシアには人ごみの中に消えていくアンガスの後ろ姿を見送ることしかできなかった。

 

(幸せにってどういうこと!? たった今、よくわからない理由で婚約破棄されたんですけど!?)


 未だに何が起きたのか状況が全く飲み込めない。

 ぽつん、と一人残されたアリシアに、婚約破棄の一部始終を見ていた周囲の人々のざわめきや、ひそひそと話す声が聞こえてくる。


 すると、そのざわめきが更に大きくなった。やがて「わぁ」「きゃあ」といった歓声に近い声に変わっていく。

 何事か、とアリシアが振り向くと周りに集まっていた人の波が二つに割れた。その真ん中を堂々とした様子で歩いてやって来る一人の女性の姿が目に入る。


 その人を見て、アリシアは目を大きくさせた。

 まるで本物の金をあしらったような美しい長い金髪に、女神のように整った顔立ち。白磁の肌に青空のように澄んだ碧眼。すらりと背が高く、抜群のプロポーション。大人びた青色のドレスも彼女によく似合っている。


「アリシア・ローズブレイド伯爵令嬢」


 鈴の音のような玲瓏な声色が鼓膜に届く。

 

「み、ミオ様!?」


 アリシアが驚くのも無理はない。

 声をかけてきたこの女性は王国の第一王女であるミオ・ベルナデットだったのだ。

 

 ミオも同じ学校に通っている生徒で、アリシアの二つ先輩で18歳になる。

 身分の違いだけでなく、学年の違いも相まってアリシアとミオはほとんど話したこともない間柄だった。一体、何事なのだろうか。


 アリシアのことをじっと真っすぐに見据えて、ミオはゆっくりと歩みを進めてくる。

 婚約破棄をされたと思ったら、その途端に対一王女に声をかけられるなどという夢にも思わなかった出来事にアリシアの頭の中はパニックになっていた。


「アリシア伯爵令嬢」


 アリシアの目の前にやって来たミオはすっと自然な動作で跪き、ゆっくりとアリシアの手を取った。その様子はさながら絵本に出てくる王子様である。

 そして、上目遣いにアリシアを見つめて桜色の唇を開いた。


「一目見たときから君に惹かれていたんだ。ぜひ、私と結婚してほしい」

「……え?」

「私ではダメだろうか?」


 澄みきった空色の瞳にじっと見つめられて、問答無用で頷いてしまいそうになる。だが、なんとか踏みとどまった。

 ダメとか、ダメではないとか、そんな問題ではない。

 今、目の前にいる第一王女は何と言ったのか。アリシアと結婚と言っていた気がするが本当だろうか。


 恐る恐る、アリシアはミオに尋ねる。

 

「け、結婚って……私とですか!?」

「うん。君以外にいないよ」


 強く肯定して、ミオはさらに一押ししようと言葉を重ねてくる。


「ぜひ君と結婚したいんだ。私のプリンセス」

「み、ミオ様……」

 

 ふわり、とミオが微笑みを浮かべると周囲にいた令嬢たちから「きゃあ!」と黄色い歓声のような声が上がった。大混乱の最中にいるアリシアを差し置いて大盛り上がりである。

 

 本当にミオはアリシアと結婚したいと思っているのだろうか?

 だが、冗談のようにも、アリシアをからかって楽しんでいるようにも見えない。それに王国の第一王女がわざわざ学園のパーティーで何の接点もない伯爵令嬢をからかう利点はなにもない。大勢の人たちがいる前で悪戯や嫌がらせをしても自分の立場が悪くなるだけだ。


 ということは、やはり目の前の言動の通りにミオは本気でアリシアに求婚していることになる。

 だからこそ、アリシアの頭の中は大混乱なのであった。

 と。


「――おい、待てよ」


 そんな言葉が聞こえて、アリシアの腕がぐいっと掴まれて引っ張られた。


「オレと結婚するよな? アリシア?」

「リ、リン様!?」


 強引に腕を引っ張られ振り向いたその先にいたのはリン・ベルナデット。この国の第二王女であり、ミオの妹だ。

 優しい穏やかな印象のミオとは反対に、勝気そうな吊り上がった碧の瞳。ミオと同じ美しい金髪だがロングヘアではなく肩口で切りそろえられている。デコルテ部分を大胆に見せるデザインの真っ赤なドレスが彼女の派手な雰囲気にとても似合っていた。


 アリシアの腕を掴んだまま、ミオを牽制するように睨んでいる鋭い視線は恐ろしいのに、どこか心を掴まれるようなドキリとする魅力が感じられる。


「ミオ。てめぇ、抜け駆けしてんじゃねぇよ」

「抜け駆けだなんて人聞きの悪い。リンが遅かっただけだろう?」

「んだと?」

「それに強引なのは女の子に嫌われるよ?」


 それ、とミオが顎をくいっと動かして、未だリンが掴んでいるアリシアの左腕を指し示す。

 ぎゅっと強く掴んでいたことを思いだしたのだろう。「悪い」と謝罪を口にしてリンは腕を離してくれた。


「まだまだだね、リンは」

「うるせぇ!」

 

 一触即発の雰囲気でミオとリンが睨み合う。

 王国の第一王女と第二王女が一人の伯爵令嬢を取り合っている。

 そんな構図に周りにいる令嬢たち、そして貴族子息たちが息を呑むように、けれど何かしらの演目でも楽しんでいるかのように見守っているのがわかった。

 アリシアだって、もしも目の前で第一王女と第二王女による婚約者の奪い合いが起こったら興味津々になるに違いない。もちろん、二人が奪い合っているのが自分でなければ、の話であるが。 

 

 夢でも見ているのだろうか?

 アリシアは真っ向から火花を散らし合っているミオとリンに言葉をかけることもできず、あわあわと狼狽えることしかできない。

 すると。

 ちょんちょん、と腕がつつかれた。


 誰かが助け舟を出してくれたのかもしれない。

 心の中で感謝をしながら、そちらに顔を向ける。そこにいたのは、

 

「……あ、アリシア?」


 こてり、と可愛らしく首をかしげる第三王女のララ・ベルナデットだった。

 ミオとリンと同じ綺麗な金髪をおさげに結び、堂々としている二人とは打って変わってもじもじとしている姿は庇護欲を掻き立てられる。姉二人とは別の意味で人気のある王女だった。

 

 ミオとリン、姉二人に求婚されて困っているアリシアを見て助けに来てくれたのかもしれない。

 周りにいる人たちでは誰も口を挟めない状況であったが、同じ王女であるララならば話は別だ。睨み合っているミオとリンに一度落ち着くように言ってくれるだろう。

 ほっと安堵するアリシアだったが。

  

「アリシアは、ララと結婚する……よね?」


 上目遣いで縋るように尋ねられて、アリシアの心臓がドキッと大きく跳ねる。

 不安そうにこちらを見るララは、思わず抱きしめたくなるような可愛らしさがあった。もちろん、そんなことはできないが。それに、まさかララにまで求婚をされるだなんて。

 

 絶句しているアリシアをよそに、そのララの言葉を聞いていたのだろう。

 いがみ合っていたミオとリンがこちらへ視線を向ける。


「ララ。今の言葉に嘘はないのかい?」

「あぁ、聞き捨てならねぇ。本気か?」

「ほ、本気だもん……」


 二人の姉に圧をかけられるも胸の前で両手をぎゅっと握ってララは返答する。

 ミオとリン。普通の人間であれば、この二人に睨まれて詰め寄られれば泣き出してしまいようなほどの迫力があるがララは意志のこもった瞳で二人を見つめ返す。それだけ本気ということなのだろう。

「そっか」「そうか」とミオもリンも認めたように頷いた。


「言っておくけど、私は彼女が学園に入学する前から惚れていたんだけど」

「はっ! そんなのはオレもそうだが?」

「ラ、ララだって……」


 ぐぬぬ、と、今度はララを加えた王女三人で火花を飛ばすように睨み合う。

 アリシアは助けを求めるように周囲にいる貴族子息や令嬢に視線を向けるが、誰も彼もにさっと目を逸らされた。この場にいる全員が傍観者として楽しむつもりはあっても、巻き込まれたくはないらしい。当然と言えば当然ではあるが。

 

 すると「言っておくけど」とミオが切り出す。

 

「彼女は――アリシアは何よりも心が清らかだ。いつも笑顔を絶やさない。まるで太陽のような人だと思った。周りの人のことを常に考えていて進んで教諭の手伝いを申し出たり、清掃をしている姿は美しい。私はそんなところに惚れたんだ。……あと顔がタイプだ」

「はっ! オレはアリシアに落としたペンを拾ってもらったことがある。無視してもいいのにわざわざ届けてくれたんだ。それにしっかり目を見て話すところが良い。……ま、あとは顔が好みだな」

「ラ、ララは気分が悪いときに何度か声をかけてもらったの……。服が汚れることなんて気にせずにしゃがみ込んで聞いてくれた。アリシアは、すごく優しくて気が利いて、あの、気配り上手さんなの。それと……えっと、顔がララのタイプ」


 えっ、と理由を聞いて驚いているアリシアの顔を三人はちらと見て、互いに「うんうん」と頷き合う。何か通じ合っているような仕草だがアリシアにはよくわからなかった。


「……このままじゃ埒が明かない。誰と結婚するか、アリシアに決めてもらおうじゃないか」

「あぁ、いいぜ。選ばれるのはオレだけどな」

「アタシも、それがいいと思う……」


 納得したように三人は頷くと、一斉にアリシアに顔を向けた。


「アリシア」

「アリシア!」

「あ、アリシア……!」

「は、はいっ!?」


 真っすぐな視線と言葉がアリシアに贈られる。

 

「私と結婚してくれるよね?」

「オレと結婚するよな?」

「あ、アタシと結婚するよね……?」


 ぐいっと三人に詰め寄られて、アリシアは思わず後ずさってしまう。

 だが、周りは人だかりによって囲まれているし、何よりもホールの中にいるので逃げ場はない。

 さらにもう一歩、王女様3姉妹が寄ってくる。


 アリシアの目の前には凄まじく整った美しい顔が三つ。

 王国に住んでいる人であれば、誰しもが羨むような状況なのだろうがアリシアは額の脂汗が止まらなかった。滝のように汗を流しながら必死に思案をして、


「きょ、今日のところは考えさせてください!」


 と、喉の奥から絞り出すように懇願する。

 なんとか王女様達の承諾を得ることができ、この場は乗り切った。

 

(……きっと夢でも見ていたんだわ)


 帰りの馬車の中でアリシアはそんなことを思う。

 どこからが夢なのかはわからないが、あまりに現実味がないので夢に違いない。

 そう思うことにしたアリシアだったが―― 


(ど、どどどどど、どうすればいいの!?)


 ――次の日から、王女様たちによるアピール合戦が始まり、アリシアは驚きや困惑や胸キュンを重ねる日々を送ったとかなんとか。

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