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本気

作者:

 カーテンの隙間から、柔らかな光が差し込んでいる。机に置かれた大量のビールの空き缶が、その光を反射してキラキラと煌く。充電の少ないスマホで時刻を確認する。5時であった。

 隣で眠る彼の顔にそっと手を伸ばす。柔らかで細い髪の毛は、朝の光に透かされ、琥珀色に煌めいている。静かに、規則的に上下する胸と、全ての悩みから開放されたような安らかな寝顔は、無性に私を苛つかせた。

 「……美麗……。」

 酒ヤケした喉でそっと寝言を漏らす彼を尻目に、私は体を起こす。狭いワンルームの部屋は、人が住んでいるとは思えないほど殺風景である。二人で眠るには小さすぎるシングルベッド。申し訳無さ程度に置かれた折りたたみテーブル。キッチンに目をやると、そこに生活感は息をしておらず、ただ即席麺と空き缶のゴミが無造作に纏められているのみである。あちこちに散乱した衣服を身にまといながら考える。この部屋は、ただ渇きを満たすために存在しているかのようだ。

 欲望とアルコールの匂いが充満した空間に嫌気が差して、私は部屋を後にしようと荷物を纏める。と、ふいに視界に赤マルのボックスが目に入る。特段タバコを吸う人間ではなかったが、なんとなく頂いていくことにする。近くにあったライターもそのまま手に取る。緑に輝く半透明のそれは、なんだかおもちゃのようで可愛らしい。見ると名前の刻印がされている。その凹凸をゆっくりなぞりながら、未だベッドで眠る彼に目をやる。そんな名前であっただろうか。

 玄関を開ける。

 昨日の服を翌朝そのまま纏うと、もう一度昨日からやり直せるような気がする。が、現実はそうも行かず。じんわりと疲弊した肉体と、胸に少し影を差す罪悪感は、日々が連続していることを静かに告げている。私はゆっくりと息を吸った。

 どこかセンチメンタルな私を置き去りにして、朝はただ高潔に佇む。喉を刺すほどに澄んだ空気は冷たくも、どこか温かい。初夏を迎える直前の京都は、全てを悟ったように整然としている。

 ゆっくりとあたりを見渡すと、昨日の記憶が断片的に蘇ってくる。目の前に見えるは鴨川であろう。大学生のくせに、七条に家を構えるとは生意気な、と酒に浸された頭で朦朧と考えたことを思い出す。

 せっかくなので、駅まで河原沿いを歩こうと、階段を下る。普段であれば、ランニングをする主婦、はしゃぎまわる小学生、愛を育む大学生…と様々な人々が作り上げている河川敷に、今朝は誰も居ない。どこまでも静かな空間で、私だけが浮いているように感じた。

 川面に近づき、そっと手を浸してみる。ゆらゆらと揺らぐ水面は、朝の光を反射してチラチラと光を放つ。ふいに、汗と摩擦でボロボロに落ちた化粧を貼り付けた自分の顔が水面に映り、そのあまりの醜さに、私は水面を叩いた。

 

 「だからね、絶対浮気してると思うの。」

 涙まじりの友人の声に、ふいに意識が現実へと引き戻される。静かな暖かい部屋の遠くの方から聞こえる、優しいジャズの音。弛緩が飽和したような空間の中で、彼女は泣いていた。机に置かれたアイスコーヒーは、ひどく汗をかいている。

 「だって、酷いんだよ。ずっとお互い位置情報共有してたのに、最近は共有停止されてるし。酔った勢いなのかな、たまに上がるストーリーなんて絶対女の子と飲んでる様子だもん。」

 はらはらと涙を零す彼女は、今にも壊れてしまいそうなほどに繊細で、あまりにも美しい。私が彼氏なら絶対に彼女を泣かせるようなことはしないのに、と、あまりにありふれた口説き文句を喉奥に留める。

 「そんなに泣くくらいなら、別れたらいいじゃん。」

 簡単に言わないでよ、と言わんばかりに、彼女は細い眉をひそめる。同様に細く、長く、美しい漆黒の髪が、涙で彼女の頬に張り付いている。

 「せめて浮気を問い詰めるとか。何も行動しないのは、彼氏の行動を容認してるのと一緒でしょ。」

 アイスコーヒーをストローでかき混ぜながら一息に言ったところで、後悔が襲いかかってきた。少し言い過ぎたか。

 案の定、彼女はまた静かに涙でテーブルを濡らし始めている最中であった。

 正論は、ときに凶器となるものだ。もとより、女に持ちかけられる相談事で、聞き手に必要とされるのは共感のみである。頭では分かってはいるはずなのに、彼女の前ではどうしても平常を保てない。私はそっとアイスコーヒーを口に含む。

 「…だって…るいに嫌われたくない…。別れたくない、それに、そんなことをする人だなんて、思えない…。」

 確信を抱きつつも、未だ彼氏を肯定する彼女があまりにも健気で、私は居ても立っても居られなくなり、立ち上がった。

 どこに行くの、と不安そうに聞く彼女に赤マルの箱を見せる。ふいに暗くなる彼女の顔を尻目に、喫煙室へ歩を進めた。

 「そんなこと、する人だよ。」

 そっと呟いて、ポケットに入れたライターの凹凸をゆっくり指でなぞる。そこには、RUIとだけ刻まれていた。


 「ねえ、なにしてるの?」

 鈴を転がすかのような優しい声に目を覚ます。そっと顔を上げると、そこには美少女と形容するに相応しい、端正な顔つきをした女がこちらを見下げていた。細く長い漆黒の髪が艶めかしく波打っている。優しい垂れ目に、薄っすらとしたアイメイク。桜色に縁取られた小さな唇は、不思議そうにすぼめられていた。

 大広間へと続く廊下の遠くの方では、何やらマイクで話している声が響いている。今日は大学の入学式であったが、儀式的な退屈に嫌気が差した私は、トイレ横に設置された簡易ソファーで夢を見ている最中であった。

 「ちょっと、休憩、」

 彼女に見惚れながら、まだ醒めていない頭でそれだけを喉から絞り出すと、彼女はきゅっと目を細めて微笑んだ。

 「疲れちゃうよね。つまんないし。私も一緒に休憩しちゃお。」

 そう言って彼女は私の隣に腰掛けた。ふわりと、優しく、甘いムスクの香りが鼻に届く。しなやかに伸びをする彼女の横顔から、目が離せなかった。

 ──恋をするには、それだけで十分だった。

 直感が、これこそが運命だと悲鳴を上げているかのようだった。自然と速くなる鼓動や、ぱっと彩度が上がる世界に、初めて生を喜んだ。これまでに聞いてきたどんな曲も、主人公は彼女であったのだと確信するほどに、私は彼女に恋をしていた。

 そんな彼女は、名を美麗というらしい。


 私と美麗は、惹かれ合うように仲良くなった。この出会いは運命であるのだから当たり前だ、とどこか得意げになりつつも、彼女との日々は毎日が新鮮で、飽和しきった幸福感に体は慣れることがなかった。春を過ごし、夏を遊び、秋も冬も、二人で体を寄せあわせて笑った。

 そうして二度目の春を迎える直前、美麗に彼氏ができた。


 「私ね、彼氏できちゃった。」

 頬を桃色に染め、はにかむ美麗と対象的に、自分の血の気がサッと引いていくのが分かった。

何だこれ?書いた記憶があんまりない

多分荒れてた時期に、そういう行為をエモい!文章化しよう!と思った時のやつ

なんもエモくない 身体大事にしろ

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