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闇夜の淵で兄妹は【おひさま】を希う  作者: 睦月稲荷
第四章 人間あれかしと
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4-4 【おひさま】は胸の中に

 路地裏に静かに響き渡るミーシャの寛闊声(かんかつごえ)

 まるで目の前の暗闇が真っ二つに裂けるようなその一声は、アンリの澱んだ意識を取り戻すのには十分だった。


「ミーシャ、さん……」

「さっきから聞いてればうだうだと……。【白忌子】が神と同じ? 神となって人類を滅ぼす? 馬鹿言うんじゃないよ。ここにいるのは、腹が減らもすれば飯も食う、見た目が珍しい兄貴のことが大好きなただの幼いガキさ」

「……あの無能な男を、ですか」


 一瞬だけ顔を顰め侮蔑の表情を浮かべるアルフェール。

 そんな彼の前に背後に庇っていたはずのミーシャが前に出た。

 アンリを守るかのように。


「いい年した大人が、そんなくだらない責任や重荷をこの小さい背中に背負わせるんじゃないよ」

「それでアンリ様に憎悪を消し去れと言うつもりですか? 憎悪を抱かせたのは貴女方、人類だというのに。なんて素敵な行いなんでしょう」


 皮肉交じりに嘲る。

 アンリの中にある蓄えられてきた理不尽(憎悪)。それは人類が神に抱く憎悪と同等かそれ以上だとアルフェールは思っている。自らの言葉でアンリが揺らいだことによりその推測は確信へと至っていた。

 同じようにそのことをアンリも自覚していた。だからこそ、伸ばした手とは無意識に反対の手が苦し気に胸を握っているのだ。

 必死でそれを溢れさせないようにするために。

 しかし、ミーシャはそれを受け止める。


「アンリ。あんたに憎悪は確かにあるんだろう。それをアタシらにぶつけたってなにも文句は言わない。好きにやればいいさ。だけど、それはあんた自身が決めてやることだ。そそのかされてやるもんじゃない。心を落ち着かせてそれに従いな」

「ミーシャ、さん……」


 震える小さな声。


「だからまぁ、償いってわけじゃないけどさ。あんたが決めるまでその小さな体は守ってやるよ」


 叩きつける様に発せられる芯からの言葉。その言葉一つ一つが虚ろだったアンリの心を温かく埋めていく。

 相対する彼女の力はアルフェールたち福音教やアンリと比べて、“無い”も同然。それこそ、【月】と砂粒ほどの差がある。

 故に、アンリはその輝きを見せるその背に魅せられた。

 ミーシャにとってアンリは、少しばかり世話を見ていただけの人間。自分(白忌子)を嫌いでいてくれなかっただけでも望外の喜びだ。今見棄てたってアンリは何も言わない。

 なのに、ミーシャはあろうことか自分を守り殺される覚悟だってしている。

 ――赤く染まっていく自身の頬にアンリは気付かない。


「なん、で……。こんな私を……。あの人たちの目的は私なんですから、見棄てれば……! 今すぐ私がミーシャさんを殺すかもしれないんですよ……!!」

「そんな嬉しそうな顔で思ってもないことを言われてもね。そもそも、泣いている子供を見棄てるようなクズに成り下がったつもりはないさ」


 顔だけ振り返り、ミーシャは慈愛の微笑みかける。


「それに、アタシが思うにあんたの一番の望みは兄貴と一緒に【おひさま】を見ることだろ。兄貴を置いてどっかに行っちまっていいのか」

「あ――」


 帰ってきていなかったらアイツ悲しむぞ。

 続けられた言葉も空虚と憎悪が入り混じる心を解き解き放っていく。

 そうだ。なにを私は忘れていたんだ――と、アンリは月下の誓いを思い出した。


 【おひさま】を取り戻すという幼き頃の荒唐無稽な願いに付き合い、私の身を第一にしながらも身を粉にして神に抗い続ける兄。その姿こそが私にとっての【おひさま】だった。


 胸の裡にいる【おひさま(リヴィ)】と空に浮かぶ【おひさま】。それを同時に味わえたらどれだけ幸せなことだろう。

 それだけを望んでいたはずなのに。


「私、兄さんに助けて貰ってばかり……」


 言葉と共に零れる冷笑。しかし、その冷たさとは裏腹に心は温まる。

 胸に手を当てたら感じるリヴィの存在。その傷つきながら輝く大きな背をずっと見てきた。

 ――だからこれからは。


「私も、兄さんと一緒に……!!」


 今や知らぬ者がほとんどの失われた碧天と同じ眼を携えながら、ぎらつかせるその瞳に宿るのは熱き炎。

 覚悟が決まった。


「ミーシャさん、ありがとうございます。ここからは私に任せて下さい」

「良い面構えになったじゃないか。それじゃあ任せるよ。大の大人がこのザマで申し訳ないけど、あたしには荷が重いからね」


 凛々しくなった顔つきのアンリ。自分の前に出て行くアンリを見て、朗らかに微笑むミーシャ。

 二人を追い詰めている状況は変わりないと言うのに、もう全てが終わったかの様な雰囲気だ。

 守れる位置に着いたアンリはミーシャに顔を向けて、口を優しくほころばせながら告げた。


「はい、すぐに終わらせます」

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