2‐6 福音教戦①
「セアアアア!!」
強化された肉体。研がれた鋭い槍の刃がロアの胴体を斬り裂き、青い体液が飛び散って木々と地面を濡らす。それを光り輝く燐光粉が照らしていた。
鬱蒼と生い茂る大木だらけの森林地帯【反しの森】。道から外れた先のそこで、リヴィたちは迫りくる尖兵と戦っていた。
と言っても、シャーリーは戦っていない。リヴィがパペットを槍で薙ぎ払う傍らで、彼女はなにやら尖兵の残骸の欠片を手に取っては【月】に翳している。
「んーやっぱりそうだよねぇ」
「グルァァァ!」
もう一体、ロアが口を大きく開けて襲い掛かってくる。それを躱すまでもなく、リヴィはその口内に向かって突き刺した。
少しつっかえを覚えながらもロアの勢いによって、串刺し一丁上がり。これが獣なら、毛をむしって皮を剝いで丸焼きにして食べるところだ。
勿論、生命体じゃないロアにそんなことは出来ない。
リヴィは槍を振ってロアと体液を外し、ついでに身体強化も終わらせた。
「んで、シャーリーは戦わずさっきから何をやってんだ?」
「この尖兵がどこからやって来たのか調べてるんだよ。こうやって残骸を【月】に翳せば――」
「色が少し違う……?」
気持ち悪いくらいの無機な白を持つのが隷機や尖兵の特徴。
けれど、シャーリーがその手に持つ残骸にはほんの微かに赤い斑点が付いていた。
「【福音教】の信者は特殊な術を使って隷機を呼び寄せることが出来るんだけどね、そのせいか隷機らには自分の霊力の色が混ざるんだ」
「だから対神用の【月】と【神よけの陣】の効果が薄まっているのか。神性だけじゃなくて、人の魂も入っているから」
「そゆこと。【月】は人の無意識で作られているからね。神に与しているって言っても、信者も人には違いないから」
「なるほどね……」
小さく嘆息。
簡単に隷機らを壊せる霊装を使っていないからこそ気付けたその感覚。
全体的に【月】の影響下にあるとは思えないその攻撃性と耐久性は【夜】の時とそう変わらない。
「【夜】での戦いをしてなかったら危なかったな」
「鍛錬は技術を裏切らないってね。――話を戻すけど、隷機から生み出される尖兵にも霊力が微かに混ざるんだ」
「ってことはコイツ等が来たその先に」
「うん、いるね。確実に」
つまり神産の隷機が人を滅する為に尖兵を放つのではなく、【福音教】が森の中にいるであろう『敵』の戦力分析を行う為に放たれたということか。
だとすれば、狩った時点でリヴィたちの居場所やらがバレたに違いない。
もう既に、敵との戦闘始まっていた。
「さぁ敵はすぐそこ。待ち構えているのは【福音教】の信者と階級は分からないけど複数体の隷機。気合い入れ直しなよリヴィ。ここから戦闘が加速するよ」
「――ッ!」
その答え合わせをするように、奥からロアの雄たけびが重なって聞こえてくる。おそらくパペットも相当数いるだろう。
隷機の霊力によって生み出される尖兵。自身の力を削ってまで相当数を生み出す利点はどこにもない。
だからこそ、予想される相手の戦力が非常に高いことを示している。
「ったく。霊力が潤沢にあって羨ましい限りだよ!」
『深淵に仇なす魂の叫び。矮小なるこの身に無垢なる未来を脈動させ続け給へ。霊法一ノ章【駆動廻希】!』
術をかけ直し、体に力が入る。血液が熱く滾り、くまなく全身に力が行き渡っているのを感じる。
可能なら長時間術をかけていたいが、霊力の少ないはリヴィは少しずつ使うしかない。
『――【風】』
いつの間にか大木の枝に昇っていたシャーリーが、詠唱を破棄した三ノ章を使って強風を起こす。燐光粉がここら一帯の森の奥にまで付着し、光を持続させた。
詠唱もせずこれほどの術を放ち、身体強化も使わずして一息で大木へと飛び乗るその様はさすが金級叛者。
一目で分かるその実力さに僅かながらの悔しさを持ちつつ、リヴィは戦闘態勢に入る。尖兵が確実にこっちに向かっているのを、強化された耳で探知した。
「それじゃリヴィ、そいつ等は任せたよー!」
「任されましたよっと!」
見物モードに入ったシャーリーがリヴィに檄を飛ばす。敵の戦力が不明な以上、最大戦力であるシャーリーの霊力は温存しておくに越したことはない。
リヴィは槍を両手で持って突貫。砂埃を起こしながら、明るくなった木々を縫いながら疾走する。
強化された視力から、襲い掛かって来る四体のロアが見えた。それぞれが交差しながら的を絞らせず、猛威を振るいながらリヴィを殺しにかかる。
いままでの狩り以上に殺意の波動を感じるのは、欲深い人の念が介入しているからか。
そんな少しばかりの差異を感じながら、両者はお互いの間合いに入った。
一体のロアが先んじて襲い掛かり、右前足を上げてリヴィを裂こうとする。
「そうはさせるか!」
リヴィは急停止し、前に倒れそうになる勢いを攻撃へと転換。左手を離し、一歩出て、腰の回転を併せて槍を薙いだ。
「グアッ」
前足は体から離れ、ロアはリヴィの後ろで無様に転げ落ちる。
構わず、体勢を低くして一歩前進。両脇から襲い掛かって来たロアを躱して自滅させる。硬い外殻同士がぶつかって、鈍い音が響き渡った。
「シッ――!」
間髪入れず、そのまま二突きでロア二体を絶命。後ろから口を大きく割いて襲い掛かるロアには、石突で顎を跳ね上げ、石突から離れる前に槍を反転させ地面に叩きつけた。
ビリビリと地面が揺れ、亀裂が入る。ロアの顔面は巨大な亀裂が入り、体液を巻き散らして機能を停止させた。
動けないロアには一突きで終了だ。
「残りは……、パペット二にロア二か」
足音から残る尖兵を概算。何体来たって同じことの繰り返しだ、と全て返り討ちにしてやる。
そう意気込んだのだが――
「――って、なんだコイツは!? 初めて見たぞ!?」
現れた尖兵に驚きを隠せない。
パペットがロアに騎乗し、人の真似をしている様なその姿。尖兵がこんな連携を取るなんて見たことも聞いたこともなかった。
そんな尖兵を見て、いつの間にか別の大木に移っていたシャーリーが騒ぎ立てる。
「出たー! 信者特有の尖兵、騎兵型! 単純に乗ってるだけって油断しないでね! 殺されるよー!」
「霊力が混入してるから人真似ができるってか? ――ご忠告どうも!」
つくづく面倒なことばかりしてくれるなと、この先にいる【福音教】に向けて悪態をついて舌打ちを一つ。
そんな思考の隙をついたのか、騎兵型とやらが一瞬でリヴィの間合いの内へと入ってきた。
「――ッ!」
針金細工の様な腕を湾曲した刃に変えたパペットが振り下ろしてくる。とっさにガントレットを左前に突き出して防御。
重苦しい音が鳴り轟いた。
ギチギチと拮抗するもそれは束の間。勢いに押し込まれていく。
「グルルルルァァァァァ!」
咆哮を轟かせながら、もう一体の騎兵型が後方から迫りくる。その上のパペットは両腕を刃に変形させて広げ、リヴィの逃げ場を塞いでいた。
一歩前進も出来なければ、後退も出来ず防ぐことも出来ない。
八方塞がりだった。
「うっそ! ここで死んじゃうの!?」
「死ぬかよ、馬鹿!!」
力を一瞬だけ抜き、ほんの僅かに緩んだ隙を狙ってその場でジャンプ。パペットが抑え込みに使っていた力に逃げ場が出来て、槍ごとリヴィを宙に吹き飛ばす。
それこそがリヴィの狙いだ。
大木に叩きつけられる前に、反転して足から幹の側面に着地。と同時に蹴って、吶喊。リヴィを吹き飛ばして硬直しているパペットの胸を貫いた。
「ガ、ガ……」
ガクンと、四肢が垂れ下がるパペット。すぐにパペットから槍を外して、その足元にいるロアの首元に一突き。崩れ落ちるロア。これで騎馬型の一体の破壊が完了した。
その瞬間に槍を無視して勢いよく跳び、腰から逆手で一本短剣を抜いてもう一体の騎兵型のパペットに向かって、一息で首を刈り取る。
着地。反転の勢いで短剣を投げてロアの顔面に突き刺した。
「ガ――ッ」
ロアが仰け反り、半分だけ刺さった短剣が燐光粉の光で眩しく反射する。リヴィは地を蹴って駆け出し、飛び上がってその短剣を足裏で完全に埋め込んだ。
地響きを鳴らして、青い体液を散らしながら騎兵型が頽れる。破壊完了。
他に尖兵がやってこないことを感知し、リヴィは短剣を抜くのだった。
「所詮、操り人形。人真似野郎に殺されるかよ」




