2‐5 【戦闘準備】いってきますの一言
「——シャーリーのおかげでエリクスが買えたのは助かったな。これで大きな怪我をしても大丈夫だ」
ギルドから出た後に商店で買った机の上に置かれた幅十Cの長さ一mのクリーム色の包帯。そこにリヴィは親指を噛んで血を流し、端から端までなぞっていく。すると包帯は赤く光り、リヴィの霊力の色と同じ黒に染まった。
【叛者】御用達の包帯——キュアス。【霊法】を医療に転換させられる特別な術者、【癒者】だけが作れる特殊な包帯だ。血を染み込ませることによって魂の情報を包帯に保存し、負傷した箇所に巻けば傷ついた肉体が保存前の状態に置換されるという仕組みになっている。
保存できる容量が大きいほど回復速度が上がり、最上級のエリクスともなれば四肢を欠損するほどの怪我を負っても治せる。
その分、目も眩む様な大金が必要だが今のリヴィにはそれを払えるだけのお金を持っていた。
「その前になるべく怪我しない様にして下さいね兄さん。待っているだけでも辛いんですから。治るとはいえ、帰って来た姿は元気いっぱいであってください」
「分かってるよ。これは保険だ保険。明日は一緒に【月霊祭】を楽しまないといけないからな」
「まぁまぁ安心してよアンリちゃん! 何があってもわたしがリヴィをアンリちゃんの下へと無事に帰してあげるからさ!」
これでもかと陽気なシャーリー。
ほころび過ぎた笑みを浮かべながら、リヴィの背中を叩きまくっている。
「おい、痛いんだが」
「気にしない気にしない! それともなに!? こんな美少女が近くにいるからドキドキしちゃってる系!? 照れなくても良いんだよ! ほらさっきみたいにわたしを褒めて!」
「………うぜぇ。なぁアンリやっぱ仲間になるの辞めないか……?」
「あっははは……。それだけ嬉しかったんですよきっと」
初めて出来たという共通の仲間。それがよっぽど嬉しかったのか、先程からシャーリーの顔はだらしなく緩みっぱなし。美貌が台無しだ。
「あれから二時間は経ってんだぞ……。いい加減落ち着けよ。犬でももう少しマシだぞ」
「むーりー! 少なくとも戦うまではねっ! この興奮はもう【福音教】にぶつけるしかないよ!」
シュッシュ――とその場で虚空を蹴る。
蹴り技が彼女の主体戦術なのか、その蹴りは非常に鋭い。
――というか、全然見えない。強化も無しにこのキレに彼女の身体能力が高いことが伺えるのだが、緩みきった顔では色々とちぐはぐすぎて何とも言えない。
「ふふふっ。シャーリーさんも元気があるのは良いですけど気を付けてくださいね。シャーリーさんが傷つくのも私は嫌ですから」
「まっかせなさい! 無傷で帰ってくるよ! だからアンリちゃんも大人しく待ってるんだよ!」
「はいっ! 美味しいご飯でも作って待っています!」
「無理はするなよ」
「大丈夫ですよ兄さん。鍛錬で霊力はある程度抜けましたし、今は供給も落ち着いていますから」
そう言って穏やかな笑みをアンリは浮かべる。
すると、少し落ち着いたシャーリーがアンリの頭を優しく撫で始めた。
「【霊力過剰供給症】。なぜか【白忌子】によく見られる先天性の病気とはいえ、アンリちゃんがソレとはねぇ」
「運命ってやつはどうにも平等じゃないらしい。ま、最終的にはこれまで貯めた負債をソイツに耳揃えて返してもらうけどな」
アンリの抱える事情は既に説明済み。
それでも雰囲気が重苦しくなくないのは、シャーリーからもたらされた最高の情報にあった。
「本当に治るんだよな?」
「うん。厳密には”制御できるようになる”だけどね。その制御紐を付け続けてあと十年も経てば自然に慣れるよ。わたしがそうだったから。それまでの辛抱だよアンリちゃん」
「頑張ります! シャーリーさんから貰ったクロークもありますし、これまでと比べたらへっちゃらですよ!」
シャーリーもアンリと同じく【霊力過剰供給症】持ちなのだが、その精力的な様はアンリとは大きく違う。
それこそが、シャーリーの言うことの証左だった。
十年という道のりは長いが、希望がまた一つ見えたとして二人の心は明るい。
「よし、準備完了だ」
リヴィは腰のポーチにエリクスを入れ、槍を背負う。最後にガントレットを装着した。
士気は今までの人生の中で一番満ち満ちており、それに充てられたのか霊力もいつも以上に漲っている様に感じた。
「んじゃ、そろそろ行くとしますかシャーリー。道案内よろしく」
「はいはーい! 待っててねん、アンリちゃん! すぐに帰ってくるからね!」
「はい! いってらっしゃいです!」
同じ意志を胸に、目指すは【福音教】の下へ。
この世を変える一歩目をリヴィたちは踏みだした。
「「いってきます!」」




