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名もなきファンタズマ  作者: 佐藤華澄
8/11

22時半

 飲み会になんて行くんじゃなかった。最寄り駅で停車した電車から降りて、トボトボとひとりきりの夜道を歩く。気合を入れたハイヒールも靴擦れがひどくて、血の滲んだ絆創膏が頼りなく踵に張り付いていた。

 本当は飲み会だとか、ああいう華やかな場は苦手なのだ。けれど片想い中の彼が、今日は出席していると聞いて、喜んで来たのに。結局彼と近くの席には座れなくて、かわりに苦手な明るいギャルの島に送られた。ギャルたちも最初は気を使って話しかけてくれていたが、私みたいな暗いのじゃ盛り上がらない。酒が回れば私の存在ごと忘れ去られていて、ひとり喧騒の中の酔えない静寂に取り残されていた。


 二次会はお断りして、彼を含む全員に背を向けて改札に向かった。もう帰っちゃうのー、なんて白々しい女の子の声も聞こえたが、気づかないふりをして電車に乗る。車窓から見た彼は当然のように私を振り返ることなく、みんなと一緒にカラオケに消えて行った。結局、彼とは一言も話せなかった。


 時計に目を遣る。時刻は22時半ちょうどを指していた。この時間に帰宅するのはちょっとはやい気がする。踵は痛むが、それより遥かに直帰が悔しいのだ。酔えないと言っていたが、実は存外、酔いが回っているのかもしれない。ハンバーガーチェーンなんかはまだ開いているけれど、おなかが空いているわけでもない。コーヒーだけでも飲んでいこうかな、と覗いた店の中では、地元の中学生ヤンキーがのさばっていたのでやめた。……仕方ない、帰ろう。大きくため息をついて、家に向かって歩き出した。


 半ば足を引きずるような形で帰路を行く。踵が痛い。彼と話したかった。もう泣きそうだ。ぐっとこらえて顔をあげる。そこにあったのは、小さな神社だった。……そうか、神社。そういえば、ここの神社はずっと昔からあるのに、一度も訪れたことがない。古くて小さくて、誰が祀られているのかもわからない神社。そういえば、財布の中に5円玉があったはずだ。ご縁があるのだ。そうか、……。行ってみよう。痛いし泣きそうなのに、なぜだかその衝動のままに、私は鳥居をくぐっていた。


 柄杓の伏せられている手水所を通り過ぎる。踵は痛むわ、普段は穿かないロングスカートに足元を遮られるわで四苦八苦しながら、短いが急な階段を上り切った。

 財布から5円玉を取り出した。年号が変わってから作られたものらしく、綺麗だ。時間も時間なので、鈴は鳴らさない。5円玉を投げ入れる。かこん、と大きく音を立てて、煌めきは賽銭箱に沈んだ。2礼2拍1礼──初詣と同じ手段でよかったのだろうか? それはともかく頭を下げてから、私は重大なことに気がついた。


 なにを願いにここまで来た?


 ここまで来るまでの間も、私は頑張っていた。でも、なんのためにその努力をしたのか、説明できない。思い返してみれば、彼に関してもそうだった。彼と話したかったからと言って、ただ化粧やらなんやらを頑張っただけで、会話に到るために適切な努力をしたとはいえない。そのうえで、なにを、神頼みに来たのだろう?

 急に虚しくなって、合わせていた手を落とす。振り返る。徒労の階段がそこにある。そうか、私は今からこれを下らなくてはいけないのか──踵が痛む。


 夜はもう遅い。

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