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名もなきファンタズマ  作者: 佐藤華澄
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ミニブーケ

 ぎゅうぎゅう詰めの電車内から、半ば吹き飛ばされるような形で転がり降りる。なんで金曜日に限って雨が降るのか。濡れたスーツの裾に不快感が募る。ため息ひとつ。普段通りならあとは帰宅するだけなのだが、今日は寄りたい場所がある。鞄を肩にかけ直し、妻のお気に入りの駅ナカの花屋へと足を進めた。


 花屋では、カウンターに肘をついた無愛想な老人の店主が、行き交う人々を眺めていた。以前妻と訪れたときと同じ光景である。こんにちは、と声をかけると、店主はちらっと視線を上げた。どうやら店主は、俺の顔を覚えているようだった。季節のものを数本、そのまま花瓶に活けてもいいように、花束を作ってくれませんか。そう伝え、財布から相応の額を取り出すと、店主はしかめっ面を崩さないまま、ゆっくりと立ち上がった。作業を開始する彼の背を眺めながら、俺は妻の笑顔に思いを馳せていた。

 茎の下の方の葉を取り除きながら、店主がおもむろに口を開いた。毎日茎の根元を1センチくらいずつ切れば持つ。彼の鮮やかな手つきを見ながらぼんやりしていた俺はハッとして、慌てて先程の言葉を繰り返した。毎日1センチずつ、茎の根元を切るんですね。店主はなにも言い返さない。……おそらくそれで合っているのだろう。

 そうこうしているうちに、ミニブーケは完成していた。ピンクの花が主役のそれは、なんとも可愛らしい、妻好みの仕上がりである。ビニール袋に詰められたミニブーケを受け取った。ありがとうございます。目を見て伝えると、店主はそっぽを向いて黙ってしまった。その素っ気なさは致命的に客商売には向いていないように思えるが、この花屋が長く愛されているのは、彼の確かな実力と、花への愛情深さからだろう。今度もまたお願いしますね。目線は合わせないまま、おう、と小さく答えた店主に背を向けて、店を後にする。改札を抜けて、こうもり傘を開いた。


 帰宅。戸締りは忘れず。……雨だけでなく、風も強かった。革靴は脱ぐのが億劫なほどに濡れていて、なるべく雨に晒さないようにと抱えていたビニール袋にも大量の雨粒が着いている。仕方がない。スーツやら靴下やらを玄関で脱ぎ捨てて、ただいま、と声を張った。濡れた素足がぺたぺた音を立てる。あとでちゃんと拭かなきゃな、なんて思いながら、俺は妻の待つ部屋に入った。

 お花、買ってきたよ。そっと声をかけて、妻の遺影からよく見える位置に花を活けた。

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