第3話 メイドさんだもの
「一之瀬くんってアニメ好きなの?」
明日仕事がある雅也はすでに帰ってしまったのだが、西園さんはまだ残っており、ダイニングテーブルを挟み、向かい合って座っている。これから同居することが決まっているのだが、まだそんな実感が湧かない。学校でもあまり話したことがなく、今後関わりなどないと思っていたのだが、まさかこんなことになるとは思わなかった。
だがこれから先一緒に住んでいくのだから、ぎこちない会話にはならないように気をつけなければならない。
…それにしても眠い。しかし西園さんがいる今寝てしまうわけにもいかないので、俺はあくびをかみ殺し会話を続ける。
「結構好きですよ。もちろん1番好きなのはメイてんですけどね」
「私も1番好きかも。…あ、フィギュアってもっとあったりする?」
もちろんある。メイてんだけではなく他の作品もあるのだが、主にはメイてんのフィギュアである。箱から出さないこともあるが、基本的には自分の部屋にあるガラスのショーケースの中に飾ってある。
俺は開いたリビングのドアから見える、自分の部屋のドアを指差した。
「ありますよ。俺の部屋に飾ってあります」
「見てもいい?」
「いいですよ」
笑顔で「ありがとう」と言いながら席を立った西園さんの背中が見えたところで、綾斗は大きなあくびをした。
正直眠すぎて自分が失言してしまわないか心配だ。今も自分が言ったことは変ではなかったか、と考えて…
そして俺は思い出した。
ーー自分の部屋は今、めちゃめちゃに散らかっていることを…
「あ、待って部屋はやっぱ…」
立ち上がりながら声を出したが、時すでに遅し。ドアノブに手をかけていた西園さんは、そのままドアを開けてしまった。
慌てて近寄ると、西園さんは固まってしまっていた。それもそうだ。だって元々散らかっていた部屋に、リビングにあった荷物を放り込んだのだ。
どう言い訳しようか迷っていると、西園さんが口を開いた。
「これは…」
これは一体どういうことなのか、そう言いたいのだろう。これだけ散らかっていれば一体どうしたのか聞きたくなるのもわかる。
…どうすれば良いのか。もしかしてやっぱり同居は無理だ、と言われてしまうのだろうか。
そう思っているとまるでバッ、という効果音がしたかのような勢いで西園さんが振り返った。
「これは片付け甲斐がありそうだね」
目を輝かせながらそんなことを言ってきた。
*
「一之瀬くん、部屋の中に見られたらまずいものとか、置いてない?」
「あ、はい。特には、ないですね」
俺は一人暮らしだが、だからと言って人に見られたくないものを買っているわけではない。いつ誰が来ても大丈夫な部屋になっているのだ。
「よし、じゃあ片付け始めよっか」
そう言いながら、どこからか取り出したヘアゴムを使って、肩に少しかかっていた髪の毛を後ろで縛り始めた。所謂ポニーテールだ。その綺麗なうなじが非常に色っぽく、思わず見惚れてしまっていた。綺麗だ...。
「…一之瀬くん?」
ついボーッとしてしまったため、西園さんに不審に思われてしまった。
「…あ、いやごめん。…あの、悪いんですけど俺実はあんま寝てなくて、だから片付けはまた今度にしませんか」
申し訳なく思いながらも、今の状態では集中できる気がしなかったため、しっかりと断る。
「うーん、別に片付けなら私1人でもできるよ?見られて困るものがないなら、私やっとくから寝ててもいいよ?」
「いやいや、流石にそれは申し訳ないですよ、結構散らかってますし…。これを1人でやるのは大変ですよ」
自分で言うのもアレだが、この散らかりようは相当なものである。これを1人でやるのは相当大変だし、1日で終わるとも思えない。そんな作業を女の子1人にやらせるわけにはいかない。
西園さんは少し上を向き、考えるようなポーズをする。
「まぁそーだね。どこに片付ければいいかとかも分かんないし。…じゃあまた明日来てもいい?」
明日か。特に用事はないので断る必要もない。いくら片付けが嫌だと言っても、こうやって人と約束してしまえばやらざるを得ない。しかも2人で出来るのだから効率もいい。ありがたい話すぎて感謝してもしきれない。
「逆にいいんですか…?せっかくの春休みだし、友達と遊んだりとかは…」
そう、俺が良くても、西園さんは大丈夫なのだろうか。まぁ予定がないから明日と言ったのだろうが、それでも確認しておいた方がいいだろう。
「特に予定はないかなぁ。これから引っ越しとかもあるし、忙しそうだからね。だから多分、春休み中に会うのは一之瀬くんだけだよ」
そんなことを笑顔で言ってくる西園さん。一之瀬くんだけだよ、なんて言われてしまうと、どうしても少しドキッとしてしまう。西園さんは分かって言っているのだろうか。だとしたら非常にずるい人である。
「…そ、そうなんですね。すみません、わざわざうちに引っ越してきてもらって…」
西園さんは後ろで手を組み、少し前のめりの態勢になってこう言った。
「いーよ。でもあんまり友達と会えないから、会える一之瀬くんが私を楽しませてね」
楽しみにしてるよ、と言いながら縛った髪の毛を解き、リビングに向かう西園さん。
私を楽しませてね。きっと西園さんにとっては何気ない一言だったのだろう。だがあんな笑顔で言われてしまうと、意識せざるを得ない。俺に西園さんを楽しませることが出来るのだろうか…。
*
次の日。
昨日は西園さんが帰った後、すぐに寝てしまった。起きたのが15時頃だったので、夜寝れるか分からなかったが、案外早めに寝ることができた。約束があるから意識して早めにベッドに入ったと言うのもあるが、思ったよりも早くて自分でも驚いている。
そして現在の時刻は10時。約束の時間は10時のため、そろそろ来るはずだ。
来るまで先に片付けをしようと思い立ち上がったところ、チャイムがなった。俺は西園さんであることを確認し、エントランスを抜けて玄関前まで来てもらった。
ドアを開けて西園さんを迎えると、そこにはリュックを背負い、片手にスーパーの袋らしきものを持った西園さんがいた。
「おはようございます西園さん。その袋は?」
「おはよう、一之瀬くん。これは今日のお昼ご飯の材料だよ。片付けてたらお昼過ぎちゃいそうだし、せっかくなら私の料理食べてもらおうと思って」
まさかの手料理。西園さんはかなり可愛い人だし、愛想もいいので、そんな人の手料理が食べれると聞けばかなりの人が羨むことだろう。
俺は多少動揺しながらも返事をする。
「ま、まじ?料理作ってくれるの…?」
「うん。私料理は割と得意だから、楽しみにしててね」
そう言いながら、お邪魔しまーす、と言いながら家に入ってくる。俺が西園さんの持っていたレジ袋を手から取ると、少し驚いた顔をしていた。
「一之瀬くんって結構気がきくタイプなんだね」
急にそんなことを言われた俺は、見るからに動揺し、言葉がうまく出てこなかった。普段褒められ慣れていない俺は、急に、しかも女の子に褒められると、非常に動揺してしまう。
「えっ、えっと…そう、ですかね?ありがとうございます…」
「そういう、褒められ慣れてない感じは、一之瀬くんっぽいけどね」
イタズラっぽく笑う西園さん。その表情、ずるくない?俺は苦笑しながら、2人でリビングに向かう。材料を冷蔵庫に入れ、片付けを始めようとしたところで、西園さんは背負っていたリュックからまた袋を取り出した。
「その袋は?」
「あ、これはね、秘密。ちょっと脱衣所借りていい?すぐ戻ってくる」
「…はい、いいですよ。そこ出たすぐ右のドアがそうです」
脱衣所で何をするのだろう。流石に覗くことは出来ないので、俺は大人しく待つことにした。
数分後、戻ってきた西園さんの姿に、俺は言葉を失ってしまった。
白と黒を基調とした、フリフリとした可愛らしい服。だがその短いスカートから覗く綺麗な脚がすごく色っぽい。そんな服といったらもう1つしかないだろう。そう、これは…
「メイド服…?」
「そうだよ。どう、似合ってる?」
スカートを片手でつまみ、笑顔で聞いてくる。
似合ってるか、だって?そんなの似合わないわけがないだろう?元々顔がいいので正直なんでも似合う気がするが、このメイド服はやばい。破壊力がすごい。
「…す、すごく似合ってると、思います…」
「ほんと〜?ありがと〜。まぁメイド服とはいえただのコスプレ衣装なんだけどね。似合わなかったらどうしようかと思ったよ〜」
「いや、西園さん、可愛いから…コスプレ、とか、なんでも似合うと思いますよ」
俺は何て言えばいいか分からず、目を逸らしながら褒めたのだが、女性を褒めるなんてほとんどしたことがなかったため、非常にぎこちない喋り方になってしまった。
チラッと西園さんの方を見ると、少し俯いていた。よく見えないが顔が若干赤いような…。
「西園さん…?」
「えっ!?あ、ごめん何でもないよ。…綾斗くんって結構すごい人なんだね」
一体何がすごいのか。まぁ確かに咄嗟に褒め言葉が出てきたのはすごい事だとは思うが。
西園さんは髪の毛を縛り、サッと部屋のドアの方を向いた。
「さ、さぁ、早く片付けしよ」
そそくさと歩いていく西園さんを追いかける俺は、どうしても足に目がいってしまい、これから先が思いやられるのだった。
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