第1話 出会いと春休み
春休み。
多くの人がこれから起こる変化を恐れながら、それでもどこか楽しみにしている、そんな時間を過ごす長期休暇。
そんな中、俺「一之瀬 綾斗」は特にこれといった感情は持たず、ただただ春休みを迎えていた。
「やっと春休みか」
終業式が終わり、誰もいない家のリビングで1人呟く。
俺は現在高校1年生。春休みが明ければ晴れて2年生へと上がる。高校入学前の春休みは不安でソワソワと過ごしていたし、そして恐らく3年生になる前の春休みは進路について本格的に考えだしている頃なので、またソワソワしてしまうだろう。
だが2年生前の春休みはどうだろう。
学校にも慣れ、流石に進路のことを考えるには早すぎるこの時期。ただただ学校が憂鬱だなと思うだけで、ソワソワする必要がない。唯一思うのは2年生も平穏に過ごせますように、ということだけだった。
ある1通の電話がかかってくるまでは…。
電話の相手は父親である「一之瀬 雅也」だった。
高校生で1人暮らしをしている俺は食生活などの面で親に心配をかけている。気を遣って電話をかけてくれたり、たまにこっちの家に来てくれたりもしている。更には家賃と日々のお小遣いもくれるので感謝してもしきれない。まじでありがとう...。
今回も食生活関連の電話だろう、と思っていたら…
「お手伝いさん…?」
予想外のことを言われた。急にお手伝いさんを雇うと言い出したのだ。
「そう、ちょっと綾斗の生活が心配でな。もちろんお金はこっちが出すよ。心配しなくてもいい」
あたかもそれが当たり前だと言わんばかりの言い方に、俺は少し戸惑ってしまう。
「いや別にいらないよ…。しかもお金まで出すなんてしなくていいし、これからはちゃんとした生活を送っていくつもりだよ。だからそんなに気を使わなくても大丈夫」
たかが高校生の1人暮らしにお手伝いさんなんていらないと思う。
確かに今の俺の生活を見れば両親が心配するのもわかるが、流石にこれはやり過ぎだろう。まぁとても大事にされているのは嬉しいことなのだが、それは口には出さない。
やれやれ、と呆れながらも両親の優しさを嬉しく思っていると雅也は平然とこんなことを言い出した。
「いやぁそのお手伝いさん、実は俺の古い友人の娘さんでね、別に正式な契約をしたわけではないんだけど、でももう承諾してしまったのだよ」
俺は雅也の言葉を理解できなかった。
友人の娘?すでに承諾した?待ってどういうこと??
色々と聞きたいことがあって俺は混乱していた。
「…いやいやちょっと待ってくれ。女の人なのは100歩譲っていいとしても古い友人の娘さん?一体何歳なの!?しかもすでに承諾したってなに!?」
混乱のせいからか、聞きたいことを一気に少し声を荒げて聞いてしまった。
「そんなに一気に聞かれても答えられないよ。…えっと確か歳は綾斗と同じくらいだったかな?」
平然とそんなことを言う雅也に、俺は更に混乱してしまう。
「同じくらい…?なんでそんな人勝手に雇ったのさ!同い年くらいってその人学校は!?てかめちゃくちゃ気まずいんだけど!?」
この反応は普通だろう。
いきなり年齢の近い女性がお手伝いさんとして家に来る、そんな一見羨ましそうに聞こえることも実際に自分がその立場になると非常に困るものである。
もちろん全く嬉しくないわけじゃないんだけど...。男なら多少なりともドキドキしてしまうし、こんなラブコメ展開は滅多に訪れないのも事実だ。
だが、俺はそれを簡単に受け入れる事ができるような性格ではなかった。
「…正式な契約してないんだったら今からでも断って欲しい。俺には無理だよ」
一旦落ち着き、雅也に断るように言った。
正式な契約をしていないのだから、「息子が必要ないと言ったので」と言えば断れるはずだ。ちゃんと契約していなくてよかった。まぁ勝手に契約させられていたら怒っていたが。
「実はその子、父子家庭でその父親も仕事でほとんど家に帰れてないらしいんだ。ほとんど家で1人らしい。そういう意味でもよかったら一緒にいてやってくれないか?」
この男はどこまでお人好しなんだ。確かに友達の娘となると心配になるのは分かるが、少しやり過ぎなような気もする。
しかし、そういうことを言われてしまうとただ嫌だ、と断ることができないのが俺、一之瀬綾斗である。できるだけ人には優しくしたいし、自分にできることがあったらしてあげたいと思う。
更に俺も1人暮らしを始めてから非常に孤独を感じる。家で常に1人というのは結構寂しいもので、その寂しさが分かるからこそ非常に断りづらいのだ。
「いやでもその人の友達とかさ…。全く知らない俺じゃなくてそういう友達とかに頼めばいいんじゃないの?」
「綾斗は急に友達の家族と一緒に暮らすことになっても平気かい?」
「うっ、そう言われると…」
友達と過ごすことは別に嫌ではない。だがその家族と一緒に、となると落ち着いて過ごせる気はしない。そう考えた時に1人暮らしの俺はちょうどいい、ということになる。
だがしかし男の1人暮らしだぞ?危ない、とかそういうのはないのだろうか。
「だろ?この話はお互いにとって得がある話だと思うんだ。それに綾斗なら女の子に乱暴するなんてことはないだろうしね」
急に俺の心を見透かしたような発言をした雅也に困惑しながらも、俺はどうするべきかを考えていた。そして俺は、はぁとため息をつきながら重い口を開く。
「とりあえず会ってみないことには分からない…。実際に話を聞いてみなきゃ分からないこともあるだろうしね」
「それじゃあ今週の土曜日は空いているか?俺もその子を連れて綾斗の家に向かうよ」
「…分かった」
半ば強引に話を進められた感はあったものの、土曜日に会う約束をした綾斗は流石に部屋を片付けようと思うのだった。
*
こんなに時間が早く感じたことはない。
父親である雅也から電話がかかってきたのが水曜日。その時、土曜日に会う予定を立てたのだが、自分の部屋はおろかリビングでさえも散らかっていたので片付けようと思っていた。
だがしかし、気づいたらなんとすでに金曜日の夜であった。
もちろん何回も片付けようと思った。だがゲームやアニメといった誘惑に負け続けてしまったのだ。自分のダメさに嫌気がさしてくるが、それでも行動しない俺は本当にダメな人間なのだろう。
「流石に片付けるか…」
誰が聞くわけでもない独り言をつぶやき立ち上がると、スマホが通知音を鳴らした。なんだろう、と思いスマホを手に取ると、そこにはゲームの誘いのメッセージが来ていた。
「…ったく、こいつは。タイミングが悪いな」
そう言いながらメッセージを返すと、俺は自分の部屋のドアを開けパソコンに向かって歩き出していた。
*
後悔はしていない。
現在の時刻は午前5時。雅也からは10時に行くと連絡が来ている。あと5時間で準備を済ませなければならないのだが、片付けなんて何ひとつとして終わっていないし、更には昨日の夜からずっとゲームをしていたおかげで寝不足である。
とりあえず現実逃避をするためにシャワーを浴びたのだが、上がった途端に眠気に襲われた。
今から片付けをして、着替えて準備して、なんてやっていたら寝る時間なんて無いのではなかろうか。いやそもそも寝たら起きれる気がしないので寝るのはやめておこう。
そして後回しにしていた片付けだが、正直眠くてそんな気にはなれない。
「どうせリビングで話すだけだし、全部部屋に放り込んでおくか」
リビングにあるいつ使ったか分からないバッグ、何かの袋、などなど。別に踏み場がないわけではないが大分散らかっている。それらを部屋に全て持っていったのでリビングは綺麗になっていた。リビングは。
残り約4時間ほど。俺は着替えて髪の毛を整えたあとソファに座り、溜まっていたアニメを消化していった。
大体見終わり時計を確認すると時刻は9時50分。ちょうどいい時間になっていた。だがアニメを見ている途中にも何回か意識が飛びそうになってしまったので、話しているときに寝てしまわないように気をつけなければならない。
と、その時ちょうどチャイムが鳴った。どうせ雅也なので特に確認せず玄関へ向かう。
玄関にある鏡で髪を整え、変なところがないことを確認し、そして俺はなるべく笑顔を作りドアを開けた。そこには見慣れた雅也の顔があり、意識しなくとも笑顔になっていた。
「久しぶり、父さん」
「久しぶりだな、綾斗。元気にしてたか?」
笑顔で聞いてくる雅也に俺は元気よくうん、と返事をする。そして俺は雅也の後ろに少し隠れている女の子を見つけると、「あの…」と戸惑った声を出してしまった。
それに気づいた雅也が少し動き、隠れていた少女が姿を現した。
灰色の髪の毛は肩に少しかかるくらいの長さ。前髪は右側の方が若干長く、右目の目尻が隠れている。下を向いているので顔があまりよく分からない。
「こちら今回綾斗に紹介する…」
そこまでいったところで少女が顔を上げ、そして目が合う。
「「えっ」」
俺とその少女が声を上げたのはほぼ同時だった。雅也も俺たちが驚いていることに驚いているかのようだった。
そしてまた俺たちは同時に声をあげた。
「西園さん!?」
「一之瀬くん!?」
そう、うちにお手伝いさんとして来たのは、同じクラスの西園 桜さんだった。
読んでくださった方ありがとうございました!初めてなので分からないこと、拙い文章が多いですがこれからも頑張っていきますのでよろしくお願い致します!!