Scene.5 夜明けまで
≪ハイ 人類消失時点カラノ経過時間ハ約1826年デス≫
繰り返される言葉に、誤りはないのだという意思を感じた。
2回言われてしまっては受け入れざるを得ない。
…いや、しかし1800年かぁ…日本だったら弥生時代くらい昔の話だ。都市が丸ごと森になってしまっているのはそういうワケか。
(いやまて、森になるには早すぎじゃないか?)
地面がむき出しの荒野であったならばともかく、一面舗装された森になるにはいささか早すぎるのではと私は感じた。…しかし、土地の情報を共有してもらったためその理由にも見当がつくこととなる。
(あ、そうか。)
私は受け取った情報の中からこの場所の地形を思い出していく。
ここは平地ではない。盛り上がった丘、あるいは山のような地形だ。私個人としては盾状火山みたいな、という表現が頭に浮かんだ。周囲に山脈のようなものはなく、ただぽつんと盛り上がった地形となっている。
続いて、足元の土をつま先でぐりぐりと掘ってみた。踏圧の無いふかふかの森林土壌だ。しかし一見ただ黒や茶色の物質としか捉えられないこれも、その成立にはしっかりと因果がある。
土壌というものは形成にものすごく時間がかかるのだ。それがどれほどかというと、温暖かつ湿潤で森林の豊かな日本でさえ、土壌が1センチ堆積するのに100年かかると言われるほどだ。単純計算で1メートルの土壌ができるのに1万年かかる。土壌の下は岩盤で、その先に植物が根を十全に侵入させるのは難しい。
しかし、ここの土壌は軽く掘った程度でも土壌が途切れることは無く、受け取った情報からしてもかなりの厚さの土壌が堆積している。
さて、いったいどういう経緯でここがいきなり山みたいな地形になってしまったかというとだ。…それは過去に、おそらく“土の魔法”によってこの場所がひとつの都市丸ごと埋められたから。
何の冗談かと言われても、これ以外の表現だと他には膨大な量の土をものすごい広範囲にぶちまける兵器があったとかいうこれまたぶっ飛んだ話になる。受け入れるのに思考放棄して“魔法”という言葉を使うのが手っ取り早いのだ。…しかもこの世界にはそもそも魔法の概念があるようだし、結構真面目に可能性が高い。
要するに、過去の…1800年前の戦争のときに敵国から攻め込まれた際、敵軍を先導していた魔法使いの一団が土の津波を発生させたのだ。これにより都市は丸ごと埋め立てられ、そこへ年月とともに種が入り込んだ結果、木々が芽吹き森林を形成していったというわけだ。
私はカコトガを見やる。彼女は本来、都市の中でも高層ビルの頂点のようなかなりの高所に設けられていた設備であるらしい。今では地面から剣の部分だけ生えている七支刀…という珍妙な様相になってしまっているが、これは彼女が移動させられたのではない。高層ビル群が丸ごと埋め立てられるという、常軌を逸した無茶苦茶な力によってこうなってしまったのだ。ちなみに今でも、本体の3分の2が埋まってしまっているようだ。
そして私以外に機動できるユニットはいないという彼女の言も、これで腑に落ちることとなる。そもそも地下深くに埋もれてしまっているため動かそうにも動かせず、加えて圧倒的な土の重量により損傷してしまっているのだ。受け取ったデータの中でも、私を除いて最も近くにいるとされる個体が地下300メートルほどの場所だ。これは絶望的と言う他ない。
…ちなみになぜ私だけは地表にいたのかは全く不明だ。データが無かった。
疑問の解消とともに新たな疑問がさらに湧いて出てきたため、なんとも言えない気持ちになったのは言うまでもないだろう。
(…まてよ!?この、ユニットの耐久性ってどのくらいなんだ?というか、私っていつまで動けるんだ!?)
ユニットの耐久性という観点に立ち、ようやく自分がいつまで生きていられるのか、ということに気が付いた。正直、ものすごく重要だ。人間の寿命はおよそ80~100年という時代に暮らしてきた私ではあるが、ロボットの寿命なんて一切見当がつかない。少なくとも製造されてから1800年以上経過した現在では動けている方がおかしいほどまでに劣化してしまっているかもしれない。また仮にPCやスマホといった前世の精密機器と同レベルの耐用年数だとしたら…そもそも10年程度しか動かせない可能性だってある。
『あの、カコトガさん。私は…あとどれくらい生きて、…いや、活動することができますか?』
不安感を抑えきれず、疑問が言葉となって私から出ていく。問いを認識したであろう彼女はしかし、明滅を繰り返すばかりですぐには返答してくれない。分析と計算を行っているのであろうということは解るのだが、今この時は間がとてももどかしく感じた。
1分が経とうという頃、座って待つかと腰を下ろしかけたところで彼女の返答があった。
≪エラー 該当ユニットニ不明ナ霊的非物質存在ノ融合ヲ検知 正確ナ耐用年数ヲ算出デキマセン≫
溜めて溜めてからのエラーとか言われてしまった。残念。
なんか“れいてき”な存在が私の身体に混ざり込んでいるらしい。…これはもしや、私の精神、貴志咲岩という人格の事を指しているのではないだろうか?もともと機械でしかなかった代物に私が憑依してしまっていることを“融合”と表現したのではと思うのだが。
『そうですか…では、正確でなくてよいので試算した結果を教えていただけませんか?もしくは私の身体と同型の機体であったらどの程度もつのか、ということでもよいのですが。』
それくらいならできるだろうと期待して言葉にする。これまでの会話で彼女が言葉遣いの無感情さはともかく、1800年もの時を経てなお明瞭さに受け答えし、効率重視で真っ先にデータを共有して話を進めることなど優秀なAIであることは理解できたつもりだ。
そして、期待通りに彼女は返答してくれた。
≪ハイ ワカリマシタ 該当ユニットノ霊的作用ヲ除去スル場合 以後動作可能期間ハ構造内ノ中枢部劣化ガ発生シナイ限リ 推定3000年程度デス≫
『思ったより長い!?動力とかどうしてるんですか!?』
≪製造サレタ全テノユニットニ “中枢”ト定義サレル第6世代型高効率汎用永久機関ヲ搭載 コノタメ 動力ノ外部供給ヲ必要トシナイ活動ガ可能 デス≫
『永久機関とでましたか。科学大国すごい。技術が高度過ぎて仮に教えられても理解できる気が全くしない。』
≪シカシ 現在 該当ユニットノ同型機ハ全テ 不明ナ要因ニヨリ 中枢ガ破壊サレテイマス 行動ノ際ハ注意シテクダサイ≫
『えっ急に怖っ!?』
どうしよう。残り時間がもうほとんどないとかの覚悟をしていたのだけど、あまり心配いらなさそうだ。それよりかはむしろ、普通に外的要因で死ぬ可能性があるっぽい。ちゃんと自分を守る方法を見つけて実行しないとヤバいってことだ。
(自己防衛…とはいうものの、私は手ぶらで古代都市は地下深く。どうしたものか。)
既にイナゴを直に見てしまっている。依然として危険生物…魔物との遭遇は今後も間違いなくあると考えていいだろう。これに関しては早急に何か、道具を見つけるなり作るなりしないと。
…あ、そうだ。これも聞いておかないと。
『話が急に変わるのですが…どうしてグレゴリオ暦を知っていたのですか?この世界とは暦の数え方が違うと思うのですが。』
思い返してみれば、暦を知っていること以外にも不可解な点がある。距離の単位をメートル法で表現していたこととか、そもそも今お互いに喋っている言語が日本語であるということとかだ。前世とは歴史が根本から異なるというのにこの一致は奇妙と言わざるを得ない。
≪ハイ 該当ユニットノ 最モ得意トスル言語ヲ ダウンロードシマシタ “コミュニケーション”ニ 都合ガ良イデショウ≫
『…えっと、それはつまり…私の語彙を利用しているってことですか…?』
≪ハイ 本ユニットハ 周辺ノユニットト自動的ニ接続シ 情報ヲ獲得シマス 但シ 本ユニットカラノ 自動送信ハ デキマセン≫
『プライバシーとか……ないですよね。機械ですものね…。』
≪本ユニットガ知覚可能ナ思考ニ 破損部位ガ生成サレテイマス 該当ユニットノ思考ヲ 全テ把握スルコトハ不可能デス コレハ霊的存在ノ融合ニ 起因シテイルト推測シマス≫
『あ、全部が全部筒抜けというわけではないのですね。よかった…の、かな…?』
いや、でもこれは相当な衝撃の事実。目の前の七支刀型高性能コンピュータはさとり妖怪でもあるらしい。何を言っているのかわからねーと思うが安心してくれ私も良く理解できない。ともかく私の考えはとっくの昔にほぼ筒抜けということだ。隠す隠さない以前の問題である。よもやそもそも選択肢すら存在しないとは。そしてつまり、この間にも私の考えていることはあちらにどんどん送られているということだ。こっわ。
あと、もしかしなくても私が声に出して質問するのをわざわざ待ってくれているのか。律儀だなぁ。…わかってるならこの際、情報交換の円滑化のために勝手に回答してもらっても構わないんだけどさ。
≪ハイ 理解シマシタ デハ オハナシ シマショウ≫
『あ、はい。よろしくお願いします。』
全部読み取れるわけではないと言っていたけれど、このくらいなら余裕なのか…。早速と言わんばかりに話を進める彼女だが、おとなしく従うことにしよう。別に読まれて減るものではない…黒歴史が掘り出されるのは勘弁してほしいところだが、きっと関係ない話題で進むだろう。うん。
それに、私の感情としても彼女に対してだんだん親しみが湧いてきたところだ。人間関係を気にする必要もないのだし、ここはいっそいろいろと思ったことをぶちまけるような会話でもいいんじゃないか?
私は彼女と対面するように腰を下ろし、いつでも立ち上がれるように片膝を立てた姿勢で座り込み会話の体制を整える。もはや内心を知られているのだから敬語や姿勢で取り繕う必要性は皆無となった。
さて、周囲を警戒しながらではあるけれど、腹を割って話そう。
…まだまだ聞きたいことが山積みなのだ。
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