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Scene.3 お話ししよう


≪特殊哨戒ユニット01 ノ 接触 ヲ 確認≫


『へぁっ!?』


 背後から聞こえた声に驚愕し、咄嗟にその場を飛び退いた。


 素っ頓狂な声をあげてしまった気がしないでもないが、そんなことより声の方が重要だ。合成音声じみた無機質さだったが、確かに少女の声が聞こえたのである。しかしながら、声がした方向やその周辺を見ても誰もいない。地面や草木の様子からして人がいた形跡さえない。一体どこから声を発したのだろうか。



(幻聴…?いやでも、確かに聞こえたはずなんだ。ここは…。)



この木を逃してはならないと考えた私は、思い切って声を掛けてみることにした。



『こ、こんにちは!私は貴志(きし)という者です!決して怪しいものではございませんのでどうか、姿を見せていただけませんか!!』



 久しく出していなかった声量で周囲に呼びかける。もしも相手が社会人であるならば、これに返事を返さないというのはなかなか豪胆な人物であろう。…さすがに反社会の方々となると運が悪すぎて笑いしかでなくなるが。


…しかしながら、木立の間を通り過ぎて行った挨拶に返答をする者はいなかった。


…。


虚しさと風だけが吹き抜けていく。


 若干心にヒビが入ったような気がするが、しかしここで諦めては自体は良い方には動かないだろう。考えるんだ。この機を逃してはならないのだから。



(声が聞こえたのはどんな状況だった?座っていた時だ。あと、唸ってたな。そして――あ、これか…?)



 状況を思い返してみて、ふと気づく。そうだ。私はあの時、記念碑(仮)の傍にいた。声が聞こえた方向もちょうど碑があった位置。つまるところ…。


 私は再び碑に接近し、今度はしっかりと“接触”を試みた。



『あの…こんにちは?』


若干恐々としながら声を掛けると、碑はわずかに青白く発光ししながら反応を返してきた。


≪ コンニチハ 特殊哨戒ユニット01 周辺地形 ノ データ共有 ヲ 行イ マスカ ≫



 棒読みながらどこか親しみを感じるその声に、私は安堵を覚えた。声の主が碑であることが確定したことと、その合成音声の声色に聞き覚えがあったからだ。どこで聞いたかは定かではないが、とにかくなんだか安心した。

 しかしながら、同時に声の主が人間ではないということも判明してしまった。どうやら相変わらずこの場に人はいないらしい。…少し残念だ。それでも、このような受け答えが出来ている時点でこの…機械?のAIはしっかりしているらしいことが察せた。


 事態は間違いなく進展している。大変喜ばしいことだ。

ここはこのAIさんを活用してぜひとも情報を獲得せねばならない。



『とくしゅしょうかいゆにっとぜろいち…とは、私の事でしょうか。』



まずは言葉の確認だ。会話のすれ違いは不都合を招くということを私は知っている。



≪ハイ アナタハ“第14世代型全環境対応特殊哨戒ユニット01”デス≫ 



ふむ。簡素な返答だ。しかし…ユニット?私が?



≪ユニットノ自己認識ニ異常ヲ検知 自己認識矯正プログラムヲ実行シマスカ≫



『いいえ実行しないでくださいお願いします。』



 なんだか恐ろしい単語が聞こえたが、きっぱりと断らせてもらう。自己認識矯正とか不穏すぎる。そして、先程の返答から曰く私は“哨戒ユニット”…であるらしい。なんだか軍事的な催しに駆り出されそうな肩書だ。勿論そんな役職になった覚えは毛頭ない。というかそもそも、私には貴志 咲岩(きし さがん)という生まれ持った名前がある。これは一体どういうことだ?



『私は貴志咲岩といいます。その…ユニットととやらになった覚えはありません。間違えてはいませんか?』


≪イイエ アナタハ特殊哨戒にユニット01 トシテデータベースニ記録ガアリマス 自己認識矯正プログラムヲ実行シマスカ≫


『いいえ、実行しないで下さい。…ならば、貴志咲岩という名前はその“データベース”にありますか?』


≪検索中… 結果 0件 イイエ アリマセン≫


『ぐぬぬ。』



 どうやら、私は“ユニット”としてしか認識されていないらしい。…その理由については大方予想がついているが、なぜそうなったかは全くわからないのでもやもやが募る。まぁ、とにかく今大事なのは情報の深堀よりも幅の広い多くの情報だ。次は違う点から質問してみよう。



『それでは、アナタはどういった存在ですか?』



 今度は私に関してではなく、この機械自体に関する情報を得るための質問だ。円滑なコミュニケーションには相手を知ることも不可欠である。例え機械相手であろうとそれに変わりはないだろう。そもそも、私は相手を割と高性能なAIと(棒読みだが)読み上げ機能を持っている機械だとしか認識できていない。さて、返答はいかなるものか。



≪ハイ 私ハ第13世代型地域統制管轄用制御ユニット“カコトガ” デス≫


(…聞き覚えの無い名前だ。)



 機械の名称はカコトガというらしい。そして、私が哨戒ユニットであるのに対し彼女(?)は制御ユニット。ユニットのまとめ役というざっくり認識で良いのかわからないが、とにかく情報収集に長けていそうだ。ここは深堀しておきたい。



『では、カコトガさん。あなたの機能と、この地域について知っていることを…できるだけ簡潔に教えてください。』



 私が質問を出すと、彼女は十数秒だけ弱く明滅しながら沈黙した後、返答を行い始めた。少しじれったい時間があったが、返答のための情報を処理していたのだろうか。



≪ハイ 私ハ本ユニットヲ中心トシタ半径30キロメートル内ニオケル機動ユニットヲ統括シテイマス 現在起動及ビ運用可能ナユニットハ 1機検知 ユニット名:特殊哨戒ユニット01≫


(ふんふん…ん?その検知されたユニットって私の事じゃないか?)



 動かせるユニットは私だけ。なんだか違和感を覚える表現だな。…というか、管轄範囲めちゃめちゃ広いな?半径30キロて。そんな大層な代物がこんな山の中にむき出しで放置されてていいのか。

 …しかも、この言い分だと他にも私みたいな見た目の存在が存在しているのだろうか?もしかしなくても私、改造人間にでもされたんじゃないか?そして先進的な軍事施設の野外テストに出されている…とか?本当にわけがわからなくなってきた。


 頭の中でぐるぐると疑問が渦を形成していく。しかしそれに執着している暇はなかった。カコトガがさらなる情報を繰り出したためだ。



≪続イテ地域情報を共有シマス データをダウンロードシマスカ≫


『…ダウンロード?でも私、スマホもPCもいま手元にないんだ。それはできない…』



 いきなりダウンロードと言われても…今の私は電子機器の一つどころか、衣服さえも持ち歩いていない。あるとしたらそこらへんで拾った木の棒や葉っぱだけだ。こんなものでどうにかなるとは到底思えない。

 

 しかしながら、私の疑念を振り払うように彼女は提示を繰り返してきた。



≪イイエ ダウンロードガ可能ナ状態デス ダウンロードヲ行イマスカ≫



 ただただ無感情に提示される“ダウンロード”を行うか、否かという選択肢。これを受け入れたら何がどうなって情報が得られるのだろうか。…いや、一つだけ、あるな。予想ができたけれど、正直認めたくないことが。



『…その、ダウンロードを拒否した場合どうなりますか?』


≪ハイ ダウンロードヲ行ワナイ場合 累計12時間程度ノ情報ヲ 音声ニヨッテ 共有スルコトトナリマス 対照的ニ ダウンロードノ場合 10秒程度デ全情報ノ共有ガ可能デス≫


『12時間かぁ…長いな…』



 小難しい内容な棒読み音声を12時間ずっと聞き続けるのは…精神的に持つ気がしない。下手な拷問よりきついんじゃないだろうか。対してダウンロードはたったの10秒。…正直なところ大変魅力的だ。カコトガだってダウンロードをお勧めしているように思える。ただ問題なのは、これを承認して自分の身にどんな影響が出るか予想できないことだ。



(…いや、四の五の言っている場合じゃない。)



 知識は力になる。12時間を無為にするよりもすぐに多くの情報を手に入れる方がいいだろう。なんなら12時間余裕が生まれるのだし、その間にわからなかったことを質問していけばいい。



『…わかりました。ダウンロードをします。データを共有してください。』



意を決し、私は提案を飲む意思を伝えた。

悩むのは後でいい。



≪受諾ヲ認証 共有開始≫



相変わらずの無機質な声とともに、頭の中に大量の情報が流れ込んでく…る……!?


(ちょっ!!何だこの量!?まるでっ!津波だ!!)


 文章などではない。もっともっと複雑な“情報群”だ。文字、映像、音声、光線、波長、超常現象、ありとあらゆるベクトルから地形や気候、地質、植生、どのような動物が存在しているか、この場所で何が起こったか、“この世界がどんな世界であるか”…凄まじい密度な大量の情報が私の中に流れ込み、記憶(ストレージ)に蓄積されていく。



『うっ…ぐっ…』



 無意識に身をかがめ、呻き声を出してしまうが、苦痛があるわけではない。ただ圧倒されているのだ。

 想像してみてほしい。何十枚ものページに纏められた多種多様な情報を脳に詰め込まれる感覚を。そしてそれが、頭の良し悪しに関わらず全て理解できてしまうのだ。



(ここは森?違う!ここは都市だ!(おお)きな都市だったんだ!!世界は変わってしまったんだ!!科学と魔法!人と魔物!戦争があった!大戦があった!!燃焼!洪水!雷撃!地割れ!火炎だ!爆発だ!!ああ!土が押し寄せてくる!土の津波だ!光が見える!!)



『―――――っ!がはぁっ!!…はぁ…!!』



 暴力的な情報の波から解放され、肉体に拠らない疲労感を覚える。呼吸なんてしていない身体があたかも肩で息をするように上下しているのは、まだ肉体の変化に精神が追い付いていないからだろう。




時間にしてきっかり、たったの10秒。


ごく短時間でありながら、私は()()()()の変遷の一部を体験した。



『…はは。あぁ、まじかぁ…。』



 思わず乾いた笑いが漏れ出す。否が応でも理解してしまったのだ。自分がとっくに人間でなくなっていること。そして…この場所が日本、ましてや地球でさえないことを。


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