Scene.10 接続
『お!これはまだ使えそうじゃないか!!』
根っこの隙間から黒色のナイフを取り出し、周囲に当たらない程度に軽く振ってたまった汚れを落としながら言う。持った感じ、鉄やステンレスのような重さはないがかなりの硬さだ。セラミックナイフを重さはそのままにより強固にした感じと言えば伝わるだろうか。刃こぼれの様子もないし、このままちゃんと使えそうだ。
≪骨董品の超硬化非金属ナイフです 一切の電子部品が組み込まれていないため私を製造した当時の人類には殆ど無用の長物であったようです≫
『へぇ~。でも、私にとっては入用だ。拝借させてもらうよ。』
≪はい 問題ないでしょう この世界にはもうそれを扱う人類はいませんので≫
『…ちなみにどうしてそんな無用のナイフを備品庫にしまってたんだろう?』
≪正確な理由はわかりません 可能性としては電子機器を内蔵した器具を外部から破壊された際の予備として備えていた もしくは骨董品の愛好家がいたか 以上が挙がられます≫
彼女と意見を交わしつつナイフをバッグにしまい込み、私はさらなる発見はないかと視線を巡らせた。コルムトニトラム…長いので金角と略そう。金角が去った後、私たちは彼の開けた穴から要塞の中に入り、木々の根に浸食されつつある備品庫から使えそうな道具を見繕っていた。
現在の収穫物は今しがた見つけたナイフ、医療用の金属・樹脂製注射器、強力マグネットシート1.2メートル分、金属製カトラリー各種、鍋…くらい。長い年月を経てどこかから水や樹木の根が入り込んでしまっているせいで布やゴムといった物は全てぐずぐずに劣化してしまっている。残っているのは金属製品や超硬質セラミック製品などで、それも錆び付いていたり歪んでしまっていたりでちゃんと使えるレベルの道具はかなり少ない。
『そういえば、アクセスポイントってどこにあるのかな。この要塞の中にあるんだよね。』
≪はい 2階層下に制御ユニットが組み込まれています 探索を終えたらそこに向かって下さい≫
『了解っと。』
ベキベキと根っこを折りながらその下に何かないかと探る。樹木には少し申し訳ないが、大丈夫だこの程度なら普通に新しい根を出せばカバーできるから。
◆
『は~いよっと。ここがアクセスポイントのある階だね。』
機能していない昇降機をそのまま飛び降り、目的の階の入口へ短い“跳躍”を交えて着地した。今更ながら、この要塞“イェルマス”の内部は全10階の階層構造になっている。今到着したのは第6階層だ。コトさんによると中枢ユニットから網目のように制御装置が張り巡らされているらしい。構造の一部が破壊されても他の装置が補うことで機能を維持することができるのだとか。
≪残念ながら本ユニットのデータベース上にイェルマスの内部マップはありません 制御ユニットの位置のみ 信号の位置から割り出すことができます 誘導しますが“確実に正しいルート”へは導くことはできないため 注意してください≫
『了解。迷いながら歩くのも好きだから大丈夫。』
ゴト、ゴトと一歩ずつ重々しい足音を立てながら要塞内部を進んでいく。
乱雑に放置された…工具?らしきものや大小さまざまなイヤホンや髪飾りに似た部品が散乱している。そして…散らばった衣服が嫌に目を引く。間違いなく人がいたのであろう痕跡があるにも関わらず、人そのものだけが全く存在しないのが実に不気味だ。
いきなり服を脱ぎ去ってそのまま退避することなんてあるだろうか?いや、ない。…遺骸が存在しない。遺骸だけが。あたかも、働いていた人々がいきなりぱっと消えてしまったかのようだ。
『…静かだね。』
上の階には緑が入り込んでいたが、6階層にはそれも存在しない。小さな虫すらも、私の探査に引っかかることは無い。7階にあった閉じた防護シャッターによって長いこと…1800年間隔絶されたままだったのだろう。私たちは防護シャッターを無理矢理こじ開ける形で侵入してきたが、草木や普通の動物では難しい。
…どうやってこじ開けたかって?コトさんに分析してもらって一部分解できるところを見つけたのでそこから地道に道を作ったのだよ。一晩掛かった。
≪はい 人類が消えた原因は依然として不明です≫
『この人たちは、何かと戦っていたのかな。』
≪はい 当時はギロテクノァ-ディギアプロにおける第4次大戦中でした 人類消失はディギアプロ陣営の大規模魔法攻撃の最中に発生したと考えられます。≫
『初めて会った日の晩に聞いたんだったね、その話。…そっかぁ、戦争してたんだなぁ…。』
私は廊下に散乱する衣服を手に取った。青と黒で彩色された、柔らかく薄い生地だ。それを何枚も重ね着するのがこの国の服装であったらしい。着心地の良さはわからないが、伸縮性にも富んでいるのでかなり良いのではないかと思う。…私はこのままじゃ着られないな。サイズが小さいうえに体に突起が多すぎる。しかし、この薄さで軍事施設に?
≪それは成人男性用のシールド加工防護服です 現在は機能停止しているようですが 本来であれば 国軍仕様のライフル攻撃を4発まで防ぐことが可能です≫
『…なるほど。すごい性能高いってことはわかった。』
私は衣服をさらに弄り、中から正方形の青い…基盤?チップ?のようなものを見つけた。大きさは小指の爪ほど。とても小さいがこれはなんだろう?
≪それは体内インプラントです 脊髄付近に埋め込むことで各種装置へのアクセスの簡略化が可能でした≫
『へ~こんな小さいのが。』
私はチップをまじまじと見つめる。こういうSFチックな代物の集大成が私やコトさんなのだろう。極めた科学は魔法と見分けがつかないとはよく言ったものだ。未だに私は私が機械なのだと認識しきれてはいないし。
…ひとしきり衣類の物色をした後、私は衣類のうちできるだけ大きめの布を見繕って回収した。ベルトらしき部分もあったのでこれで体に固定すれば…よし。背負う形で両手も空いている。今後布が必要な場面はあるだろうからありがたく使わせてもらおう。…作られてからの経過時間と既に名も知らぬ故人に着られた品ということで2重の意味で古着だが、せっかくの上等な布なのだ。使わなきゃ損だろう。
『…こう言ってはあれだけど、この布は結構残っているみたいだしね。』
≪耐候性は約118年です 有効活用しましょう≫
『118年…となると、私たちの寿命から考えてこのままこの布を使い続けるわけにはいかなくなるのか。…まぁ、それはその時考えよう。』
理論上あと1200年以上は動けるみたいなので、仮にそれだけ生きるとしたら服や道具の調達をどうしようかと軽く思案する。今は過去の人類が遺した道具があるが、それらを使い切ってしまったら。…その時の私の技術力が向上していることを願っておこう。
◆
幾つかの曲がり角を経て、私たちは制御室へと到達した。
要塞内部の動力源である永久機関が未だ機能を停止していないためか、部屋の扉はぼんやりと青く光を放っている。だが、それも弱弱しくであり、何らかの要因によってこの要塞も寿命を迎えつつあるのだということが察せられた。
(永久機関も、外側が壊れてしまえば永久じゃなくなる、か。どちらかと言えば恒久機関が正しいんじゃないか?)
≪到着しました アクセスポイントが5メートル前方にあります 近づいてください≫
『はーいよ。』
私は彼女の指示に従い、台の上に置かれた装置に向かった。制御装置は一目でわかる。そこには他の装置と同様に青い光を放つ、ソフトボール大の立方体が浮いているのだから。
立方体に近づくと、なにかがぞわりと体を通過した感覚を覚える。これは…接続した?
≪イェルマス中枢制御ユニットとのリンクに成功 データ解析開始 インストール開始 近隣マップ開示 イェルマス制御機能の支配を開始 しばらくお待ちください≫
彼女の言葉と共に、制御室の空間内に大量のウィンドウが表示されていく。その中では次々と判読できない文字が表示されてはなんかよくわからない処理が為されていく。これは私の頭ではついていけない。彼女に任せて私はぼーっとしていよう…。
≪……処理開始。…イェルマスの設備統括機能の90%を掌握 超長距離探査レーダー起動 イェルマス内部の武装情報獲得 続けて配備武装の起動確認並びに作動データ獲得開始 セキュリティ突破 イェルマス配備人員の個人情報獲得 レベル1,2,3,4機密文書獲得 レベル5機密のセキュリティ攻略開始 レーダーによる周辺地理及び起動可能施設情報獲得 件数:2 位置情報の詳細獲得 目標地点1並びに2を設定 イェルマス防衛システム起動完了 起動数:小径エネルギーキャノン2門 中径エネルギーキャノン1門 他武装設備は経年劣化により起動不能 飛行用設備起動:経年劣化により起動不能 レベル5セキュリティ突破 サガンの接続を一時解除 最重要機密へアクセス開始 殺害ミーム無効化 うふふ 情報獲得完了 獲得情報を基に遠隔地の軍事中枢へアクセス開始 目標地点1:拒否 目標地点2:拒否 攻略開始 ファイアウォール突破 セキュリティシステム突破 中枢制御AIの破壊並びに消去を開始…………
◆◆◆
≪再接続完了 本アクセスポイントにおける作業が終了しました≫
『………はっ!?あ、あれ?寝てた?おかしいな…』
びっくりした。この世界に来てから一週間くらい経つけどこれまでに眠るようなことは無かった。…正確には眠れなかった、だ。そもそも睡眠欲や睡眠の必要性が完全に欠如しているためこの体は眠らない。
しかしだ。私は現に、意識が飛んでいた。これは眠っていたんじゃないか?
確か、コトさんが情報処理を始めた辺りで…
『あ、そうだった。コトさん、もう終わったのかい?』
≪はい アクセスポイントからイェルマスに関する情報 並びに比較的近距離に位置する他のアクセスポイントの把握が完了しました≫
…あれ。なにを考えていたんだっけ。
まぁいいや。コトさんと話そう。
『お~流石だね。じゃあ次の目的地はその二つのどちらかかな。』
≪はい 次の目的地は目的地:1 イェルマスより南東へ122キロメートルの位置に存在しています≫
『おっけい。じゃあこの街をもう少し探索してみてから向かおうか。』
流石に外界と隔絶されていたイェルマスほどではないにせよ、多少は道具が残っているんじゃないか?あと単純にこの世界の植物にも興味がある。もう少しじっくり観察しながら探索しよう。
≪一つ 提案があります≫
『ん?なんだい?』
コトさんの自発的な提案は少し珍しい。しかし、彼女の提案は基本的にとても役に立つ。これは聞き逃すわけにはいかないな。
≪イェルマスのデータベースより 一定範囲内の風景を本ユニットのストレージへ保存することが可能となりました 端的に言えば“写真撮影”が可能となりました≫
『ぅえっ!?写真!?』
写真!?撮影ができるようになったって!?最高じゃないか!
これでも写真家を自称する身だ。アマチュアではあるけれど、趣味の経歴はそこそこ長い。撮影ができるならこの世界でもこの趣味を続けられる。魔法や超科学があるこの世界なら撮影対象も豊富でモチベーションも上がるってものだ!!
『ぜ、ぜひともその機能を使わせていただきたいのですけれど対価とかは…』
≪はい 対価は結構です ただし≫
『ただし…?』
≪…あなたの思う “良い景色”を 本ユニットにも見せてください≫
ほう?
ちょっと予想に無かったところからの条件だ。彼女も写真に興味があるのだろうか。それは良い。大変良い。もしかしたら、彼女も彼女自身で好きな景色の写真を撮って私のものと見比べたりなんてこともできるかもしれない。いいじゃないの。
『勿論!コトさんもぜひ、写真を撮ろうじゃないか!』
≪はい 不束者ですがよろしくお願いいたします≫
なんかやけに硬いね?でもまぁ、写真仲間が増えるのは喜ばしいことだ。特にこんな、人のいない世界じゃ尚更。例え相手がAIでもうれしいというものだ。
(一時はほんとにどうなるかと思ったけど、結構楽しい旅になりそうじゃないか。)
私は台に置かれたただの黒い立方体を指先で転がした。
…なんだっけ、これ。
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