Ꮚ・ω・Ꮚメー(22:多摩丘陵のマンドラゴラ)
背脂研究所を出たのは十四時頃。
ホームエリアに戻ってもやることはレンタルキッチンで料理をするか、ダンジョンネットで動画を見る程度。積極的にダンジョン探索をする動機もなくなってしまいましたので、散策がてら近くにある多摩丘陵生産村に足を伸ばすことにしました。
近くといっても、背脂研究所から生産村までは徒歩一時間以上。モンスターも出没します。
研究所から生産村まで直接転移できるゲートもあるのですが、運動も兼ねて歩いて行ってみることにします。
チュートリアルクエストで入手した真紅のベレー帽、新しく買い入れたプロテクターとアサルトライフル、ハンドガン、ナイフ、通信機のインカムを装備して進んで行きます。
スコップとショットガン、大口径のボルトアクションライフルなども調達しましたが、重くなるのでアイテムボックスに収容してあります。
空を飛ぶバロメッツたちに周囲を警戒してもらいつつ進んで行くと、吊り橋の上に出ました。
雨が降っていたのか、橋の下の渓流は増水し、濁流になっています。
そのまま吊り橋を渡っていくと。
ゴゲェー……。
水音に混じって、なにか聞こえました。
ゴーゲェェー……。
見渡すと、吊り橋の真下辺りに、小さな生き物が岩にしがみついています。
体長二十センチほどの小型モンスター、索敵スキルによると「マンドラゴラ亜種」だそうです。
引き抜くと呪いの絶叫を放つ薬用人参のような見た目の植物モンスター、だったでしょうか。
ゴゲーというのはマンドラゴラの声だったようですが、精神ダメージなどは発生していないところを見ると、攻撃的な咆哮ではなく、ただの悲鳴のようです。
メェ(なにかトラブルでも?)
先行していたホームズが戻って来ました。
「下から声がして。マンドラゴラのようなんですが」
メェ(マンドラゴラ?)
ホームズが吊り橋の下をのぞき込みます。
メェ(なるほど、山岳マンドラゴラだな。上流から流されてきたのだろう。野良ではなく誰かの従魔のようだ。トラブルの種になるから攻撃はしない方がいい)
品種にもよりますが、マンドラゴラは意外に人に懐き、従魔化も可能だそうです。
最近よく見ている群馬ダークの農場動画にも農作業に精を出すマンドラゴラの姿が映っていました。
「助けてあげられますか?」
メェ(難しいな。我々は体質的に水に弱い。下手に川に近づいて水を吸ったら二次遭難を起こしかねない)
木綿の塊のような体をしているので水はまずいのでしょう。
普段飲んでいる紅茶はなんなのか、という気もしないではありませんが。
「ロープで降りてみましょうか」
増水はしていますが、大きな川ではありません。水面近くに降下するくらいなら、さして危険も無いでしょう。
「マンドラゴラの絶叫はメンタルガードで防げますか?」
メェ(山岳マンドラゴラの絶叫には呪いの効果はないが、凄まじい音量でショックを与えてくる。メンタルガードも有効だが鼓膜の保護のほうが重要だ)
「わかりました」
射撃練習用のイヤーマフを装備、念のためマカロンショコラでメンタルガードをつけ、自分で降りていくことにします。
アイテムボックスに入れていたラペリング用のロープを使い、吊り橋から岩の上まで降下、しがみついているマンドラゴラをつかまえて再上昇します。
このあたりは奨学兵時代に訓練を受けていますし、道具を買ったついでにラペリングスキルも取ってあります。マンドラゴラが絶叫してしまわないかどうかが最大の不安材料でしたが、害意があるとは見なされなかったようです。吊り橋に戻るまで大人しくしてくれていました。
吊り橋の上に降ろされたマンドラゴラは、敵意のない声でゴゲーと鳴き、二本の腕のように枝分かれをした根をぱたぱた動かしました。
謝意を示すジェスチャーのようです。
胴体にあたる部分には埴輪のような目があって、不思議な愛嬌があります。
下の方は脚のように枝分かれをしていて、普通に歩くこともできるようです。
かと思うと、マンドラゴラはどこから小さな真珠のような石を出し、差し出してきました。
輝石『多摩丘陵のマンドラゴラの寸志』
レアリティ:アンコモン
多摩丘陵エリアに棲まうマンドラゴラのささやかな贈り物。
・このアイテムを持つ者は多摩丘陵に棲まうマンドラゴラから先制攻撃を受けにくくなる。
・この効果はマンドラゴラ種への敵対行動をすると喪われる。
最近こういうものばかりもらっている気がします。
「ありがとうございます」
ゴゲゴゲ。
何を言っているのかはわかりませんが、友好的な雰囲気で鳴くマンドラゴラのところにホームズが降りてゆき、声をかけました。
メメー。
ゴーゲー。
メメメー。
私の耳では全くわかりませんが、意思疎通をしているようです。
メー(上流のわさび田から流されてきたそうだ)
「わさび田にマンドラゴラ?」
絵面を想像できずにいると、
メエェ(こちらワトソン。マンドラゴラの群が渓流に沿って降りて来ている。そちらで救助したマンドラゴラを探しているようだ)
そんな通信が入りました。
「離れたほうが良さそうですね」
先制攻撃を受けにくくなる輝石をもらいましたし、群のほうも誰かの従魔なのかも知れませんが、大量のモンスターと接触するリスクは避けた方がいいでしょう。
メー。
ゴゲー。
ホームズに「迎えが来る」と伝えてもらって、マンドラゴラを袋にいれ、ロープで川辺に下ろします。
パタパタゴゲーと手を振るマンドラゴラに手を振り返して立ち去ると、
メメェ(こちらレストレイド。九時方向八百メートルにワイルドボアを発見した。こちらには気付いていない)
今度はそんな連絡が入りました。
ワイルドボアはイノシシ型のモンスター。ワイルドチキンと同様食肉用モンスターの定番ですが、戦闘力はワイルドチキンよりさらに二回りほど高いとのこと。
八百メートルもあればやり過ごすことは容易ですが、食材が欲しいので今回は手を出すことにしました。
警戒しながら森に分け入り、山肌の草地に陣取るワイルドボアの姿を、三百メートルほどの距離で捕捉します。
体長は二メートル超。ワイルドボアとしては標準的なサイズのようですが、対人用に設計されたアサルトライフルで仕留めるのは難しそうです、熊撃ちなどに使われる大口径弾を使うボルトアクションライフルをアイテムボックスから引き出します。
スコープを使って狙いを定め、発砲。
以前の私なら、地面に伏せたり、二脚を使ったりして照準を安定させなければ当てられない距離だったのですが、射撃戦と狙撃スキルのおかげで立ったままでも精密射撃をこなせてしまいます。
反動が肩を蹴り。
銃声が轟き、着弾。
光の粒子が血煙のように舞い――。
ワイルドボアを撃破しました。
入手:
ワイルドボアの肉(解体前)
そんなメッセージが表示されました。




