人の不幸は蜜の味
それほど怖くはありませんが、時節柄不謹慎すぎて不安になります(作者が)
『番組の途中ですがここでニュースをお伝えします』
深夜のラジオ番組が唐突に途切れて、アナウンサーの声が大地震の一報を伝えた。
だが、大地震の割に俺のアパートは少しも揺れていない。
それで念の為テレビを着けネットでも確認したものの、そんな大地震のニュースなどどこも取り上げてはいなかった。
つまり大地震など実際には起こっていないのだ。迷惑な虚報というか、完全に炎上不可避のガセニュースである。
ところが、この日のガセニュースが数日経ってもいっこうに炎上しない。まるであれを聴いたのが俺一人きりであるかのように、ネット上の話題にすらならなかった。
そうこうして更に数日程経つと、俺のアパートがギシギシと激しく揺れ出したのだ。慌ててテレビを着けると、ちょうどアナウンサーが各地の震度を読み上げている。
「おいおい、マジかよ」
驚いたことに地震の規模も震源地も、俺が数日前に聴いた深夜の緊急速報の内容そのものであったのだ。
つまりあの夜の緊急速報は、単なる虚報ではなかったのだ。
まだ起こってもいない地震を伝える未来のニュース。いったいどういう理屈か知らないけれど、そんなものが俺のところまで届いてしまったのかもしれない。
「しかし、これは勿体ないことをしたなぁ」
なにしろこの地震の影響で株式市場は大混乱、日本株は軒並み値を下げていたからだ。
はぁ。株価がこんなに下がると分かっていたなら、事前に空売りを仕掛けて大儲けできたのになぁ。
『番組の途中ですがここでニュースをお伝えします』
来た!
半ば諦め半ば期待しつつ待つこと数ヶ月、ついに深夜のラジオで緊急速報が流れたのだ。
ニュースの内容は巨額の粉飾決算事件で、とある大企業の社長が逮捕されたというものだ。
それで念の為テレビを着けネットでも確認したものの、やはりそんなニュースはどこも取り上げてはいない。
つまりこの粉飾決算事件はまだ起こっていないのだ。
そう。これはこれから起きるはずの事件、未来のニュースに違いないのだ。
それで翌日。
俺は手持ちの資金の何割かをつぎ込んで、この大企業の株に空売りを仕掛けたのだ。
親が残してくれた僅かばかりの財産、それをただ食いつぶすだけの人生。そんな俺の人生を賭けた大勝負である。
とはいえ「買いは家まで、売りは命まで」の格言にもあるとおり、空売りは外したときのリスクが大きすぎる。だから賭け金もレバリッジもそれほど大きくは取れなかったりするのだが。
それでドキドキしつつ待つこと数日、ついに事件は発覚した。この粉飾事件は大きく報道されたし、当然株価は連日のストップ安である。
こうして俺は高く売って安く買い戻すことに成功し、僅かばかりの賭け金は数倍に増えて戻ってきたのだ。
『番組の途中ですがここでニュースをお伝えします』
来た!
あれからまた数ヶ月、ついに深夜のラジオで緊急速報が流れたのだ。
今度のニュースは、とある化学工場の大規模火災であった。死傷者が百人を超える大事故である。
俺はこれに少しだけ、ホンの少しだけ悩んでしまった。
なんでも、何人かの担当職員が揃いも揃って単純なミスを犯したことが事故の原因だという。
本来めったに起こらないはずのヒューマンエラーが恐ろしい確率で重なって、ついには死傷者百人を超える大事故に至ったらしいのだ。
ならばもし、もしも俺がこの工場に対し事前に警告の連絡を入れたとしたら、この大事故は防げるのではないか。
「なんてな」
むろんそんな迷いなどすぐに消えてなくなる。遠く離れた土地の、俺とは縁もゆかりもない百人の生命である。彼らのために俺の生活を犠牲にしてやる義理などないからだ。
それにこれは未来のニュースである。
きっとこれは彼らにとって、すでに逃れることのできない運命なのだ。
かくして。
俺はこの化学工場を所有する企業の株を空売りし、事故後には資産をさらに数倍に増やしたのだった。