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Vodzigaの日は遠く過ぎ去り。  作者: 宮塚恵一
本編
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4.怪獣ザモザ

 ザモザから人々が逃げる様は正に阿鼻叫喚の光景だった。


 店内にある物を薙ぎ倒しながら、オットセイのような奇声を上げて人間だけを狙って呑み込み続ける何体ものザモザ。


「逃げろ逃げろ逃げろ!」

「こっち来るんじゃねえ!」

「嫌! 嫌! 嫌!!」


 悲鳴と共に雪崩(なだれ)る人混み。

 私は決して後ろを振り向かず、皆が逃げる方へ流されるまま一目散に走った。体力にも足の速さにも自信があった。ザモザが出現した時も、恐怖で身が震えたが、必死で走れば必ず逃げ切れると自身に言い聞かせていた。

 けれどその考えは、結論から言って甘過ぎた。


 逃遁(にげのが)れようとする人間の群れの中、逃げ遅れたり、疲れや怪我で動けなくなった個体から、ザモザは一人一人優先的に呑み込む。

 逃げる人間の方はというと、我先にと外へ出ようとするばかりで統率が取れず、それが逃走率を極限までに下げる。


 子供の背中を押して助けようとする母親がいれば、邪魔な他人を押し退ける者もいる。

 狭い出口から外に出ようと殺到するせいで、人の群れが詰まる。そこはザモザにとっては絶好の餌場だ。

 この餌場に紛れ込んでしまえば、足の速さなんて関係ない。


 何体ものザモザが、人の群れを囲む。


 怪獣から逃げる際に慌ててはいけない。冷静に逃げなければ危険が増すばかり。そんなことは皆、幼い頃から訓練を受けている。


 けれど人々の逃げ惑う狭い屋内、身動きの出来ない人間を見下ろす複数の巨大な獣。

 訓練時に想定した以上の状況に、大勢が理性を放棄する。


 最早、悲鳴は言葉と言えるものではなくなり、猿叫に似ただけの鳴き声が屋内に響き渡る。


 その鳴き声の一つが、私の後ろで急に止んだ。

 今まで振り向くことをしなかった私も、その異常事態に遂に振り向いた。


 ザモザの一体が、天井を仰ぎ男を飲み込んでいた。


 男の身体がザモザの中にすっぽりと収まり嚥下する様子をむざむざと見せられる。

 全身の体温が引いていくのを感じた。

 逃げなきゃ。一刻も速く。

 逃げなきゃ。逃げなきゃ私もこの獣に食べられる。


 そう思って足を動かそうとしたが、出来なかった。


「どけ!!」


 そう言って、私の隣にいた誰かが、私の肩を乱暴に押したからだ。


 私はふらりと身体のバランスを崩し、床に倒れた。

 その瞬間、男を丸呑みしたザモザの背後から別のザモザが躍り出た。


「待っ……」


 悲鳴をあげる間もなくザモザに食い付かれた。私の身体が狭くてぬめぬめしたザモザの喉を通り、目の前は真っ黒になる。落ちた場所で、冷たい人の手のようなモノに触れた気がした。


 意識が朦朧とした。鼻を刺激する悪臭が、頭痛を誘発する。足が裸足だ。靴が溶けていた。皮膚がピリピリ痺れる。暗闇の中、目に何かが入った。痛い。焼けるような痛みに声をあげようとしたが、声を出せているのかいないのか判断できない。


 こんな。私は……。


 意識が消え去りそうになる。多分、後一秒もあれば私の意識は落ちて、身体はザモザに消化され尽くしていただろう。

 だが、次の瞬間に私を襲ったのは、意識の消失ではなく。

 世界がひっくり返ったのかと錯覚する程の、強烈な物理的衝撃だった。


 眩しい太陽の光。


 何が起こったのか理解する間もなく、私の視界が晴れた。外だ。太陽の光を浴びて、私は瓦礫の中で倒れている。


 私の身体は、何故だか一瞬のうちにザモザから解放されていた。


 粘ついたザモザの体液と、ぬらぬらと怪しく光を反射する赤黒い液体に塗れ、私は崩れた天井や壁が散逸する廊下に倒れていた。


 私は床を蹴り、混乱する中で立ち上がった。

 太陽の光が急に遮られ、私は思わず空を見上げた。


「ひっ……」


 私の口から、小さな悲鳴が発せられた。そうか、声を出せなくなったわけじゃなかったんだ、と場違いな安堵をした私の頭上には、ザモザなど比ではない大きさの獣がいた。


 ヴォズィガだ。


 大怪獣ヴォズィガが、歩みを進めていた。

 後日、救出された私が理解したのは、私が怪獣に呑み込まれて直ぐ、ショッピングモール近くにヴォズィガまでが出現し、静かな緩歩の後に建物を薙ぎ倒し、踏み潰したと言うこと。


 その足踏みで、中の怪獣の多くが圧死したこと。


 私を飲み込んだ怪獣は一部だけを潰されて、そのおかげ、奇跡的な確率で私は消化される前に一命を取り止めたのだということ。


 怪獣に食べられた私は、偶然にもヴォズィガという大怪獣に助けられていたのだった。

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