14.怪獣ガイアと司祭ゼフィレッリィ
その日、HERM基地には怪獣災害に対応する時とは違う緊張が走っていた。
基地内の訓練施設に、檻で囲まれた独房が設置されていた。
独房内には一人の男。
男は全身を拘束されている。檻の前には、先輩が鋭い目線を男に向けて立っている。
監視室から、皆が固唾を飲んで、二人の様子を見守っていた。
先日、イタリアがフォルリで起こった怪獣災害。私達はその身を現場に向けて怪獣を討伐しに周った。
フォルリに現れたのは、ザモザのような小型で群れを成すタイプで、蛇のような長い体躯の背中に鮫の胸鰭を一対逆さに付けたような姿の怪獣は、ドグヮームと呼称されることになった。
その体躯は伸縮自在であり、粘膜に覆われた身体を持つドグヮームの討伐には骨が折れた。しかし、ドグヮームを相手にしていて厄介だったのは、奴らの動きに明らかな統率性が見られたことだ。
一体が先輩を相手取る間、他の個体は先輩を見向きもせず、獲物である逃げ惑う人間を襲うことに全力を注いだ。私の攻撃に対しても軽くいなすのみで、奴らは群れとして確実に多くの獲物を狩る為の動きを徹底的に行っていた。
群れを統率するボスがいる筈だと、私は人間を襲う怪獣の群れの対処を、先輩は群れの中に紛れているボスの討伐を第一優先順位として作戦を開始し、遂にはボスを探し当てた。
しかしそのボスの姿に、HERM基地にはまた響めきが溢れることになった。
「あの男の身元が取れました」
監視室にいるHERMの職員の一人が、独房の男に対峙している先輩が耳に装着しているインカムに向けて報告をした。
「ガブリエィル・ゼフィレッリィ。教会で、以前司祭をしていた男です」
「司祭って……。じゃあ、この人はやっぱり人間なの?」
職員の報告に対し、先輩がインカムを通して、困惑の声をあげた。
「そうだとも」
男にも先輩の声が聞こえたらしい。白く透き通るような肌に、肩まで伸びる長い黒髪。
《《この男がドグヮームを指揮していたボス》》。整った目鼻立ちを私が戦場に見掛けた時は、夢で見ているのかと、一瞬思考も体の動きも固まってしまった。
だが、男を一目見た瞬間、彼が普通の人間でないことはすぐにわかった。
フォルリで怪獣を使役していた際も、独房の中で拘束される今も、《《男の身体の周りに真紅の雲が渦巻いている》》からだ。
私の眼にはまるで、男自身がシャッガイ領域そのもののように見えた。それは先輩も同じようで、今も尚、先輩は男を汚物か何かを見るような険しい顔で睨んでいる。
「とは言え僕は神への信仰は既に捨てている。他の大いなる意志に従い行動しているのは同じだが」
「それが怪獣だと」
「貴女もだ。巫女よ」
ゼフィレッリィは先輩の顔を見て、笑いかけた。その美しい笑みは、正直癪に触った。男の顔を見ていると、胃の辺りのところがムカムカするのを感じた。
「貴女もまた、怪獣と深く繋がっているのだろう。だから、怪獣の弱さが見える。しかし、僕程ではない。貴女方は怪獣と繋がったにも関わらず、愚行を犯し続けている。だから僕が遣わされたのだ」
「どういう意味?」
先輩が訊くと、男はそれこそ信徒に神の教えを説くかのように、優しい口調で語り始めた。
「貴女方は怪獣を、世界を蝕む脅威と排除せんとするが、逆だ。怪獣は、この世界を混沌より救う為、深い地の底より遣わされた使徒だ」
男の言葉を、私も先輩も、博士も他のHERM職員も黙って聞いていた。男が妙な動きをしたら、いつでも兵士が攻撃する準備を整えているし、先輩も丸腰ではない。男と対峙する服の下には強化スーツを着込み、いつでも戦闘できる体制だ。しかしゼフィレッリィは逃げる素振りなど全く見せず、ただ己の言葉を並び立て続けた。
「この世界は侵略されている。貴女方が大怪獣ヴォズィガと呼ぶ厄災によってだ」
先輩はゼフィレッリィの言葉の矛盾を看過せず、鋭く切り込みを入れた。
「話が違う。怪獣とは、あなたが言うには世界を混沌から救う使徒とやらではないの?」
「ヴォズィガと他の怪獣は異なる。それは貴女も理解しているのでは?」
その言葉に、私は唾を飲み込んだ。確かにそうだ。ヴォズィガと他の怪獣とに、私も差を感じている。ヴォズィガの現れる空と、他の怪獣の現れる空への感覚には、得も言われぬ違いがある。
「怪獣とヴォズィガとは敵対関係にある。怪獣はこの世界に侵略するヴォズィガを追い出そうとする白血球のようなモノだ。深い地の底に座する古の存在。そうだな、怪獣《《ガイア》》とでも呼称しよう」
「地球……」
男の話を纏めるとこうだ。
私達が住む地球という惑星内部には、私達人間が地球に誕生する遥か以前から、怪獣《《ガイア》》が巣食っていた。
故に最早ガイアと地球は表裏一体の同一存在であり、自分と同じような存在、つまり《《自分と同じように地球に巣食おうとしている怪獣》》が出現した際にだけ、地球という自己を守る為に、子供達を生み出す。
それが怪獣であり、怪獣が人間を喰らい、都市を破壊するのは、地球がヴォズィガを倒す為の力を蓄える為だと。
「ヴォズィガさえ居なくなれば、怪獣は役目を終える。しかし、貴女方はあろうことか、地球を救わんとする怪獣を殺し、ヴォズィガの侵攻を手助けしてしまった。既に事態は退っ引きならないところまで来ている。だから、ガイアと深く結びつき、その意志を貴女方に伝えられる、私のような存在が必要だったのだろう」
「つまり、あなたが言いたいのは……」
「ヴォズィガをあそこまで成長させてしまったのは、貴女だ。巫女よ」
ゼフィレッリィは、今度は罪を断罪する裁判官のような眼差しで先輩を見つめる。
「ヴォズィガを押さえつけていたガイアの力を、貴女は殺して回った。故に、少しずつガイアは弱り、逆にヴォズィガの力は肥大した。だからヴォズィガは、あれ程の怪物となってしまったのだ」




