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Vodzigaの日は遠く過ぎ去り。  作者: 宮塚恵一
本編
10/21

9.ガジャゴ・デ・セグリダッド

 目的の駅に到着し、博士の姿を探そうと辺りを見渡そうとしたら、肩を叩かれた。


「うわ」

「こっちだ」


 私の肩を叩いた人物は、私の顔を確認するや否や、さっさと歩いて行く。その顔を見て私も相手が誰かをすぐに理解した。博士だ。

 私は急いで博士の後に着いていく。


 博士は駅構内のコインロッカーの前に立ち止まった。そのうちの一つを開け、私の方を振り向く。改めて博士の顔を見る。数年の歳月は、少しだけ彼を老けさせたのか、白髪の数が増えていたけれど、雰囲気は昔と変わらぬままで、私はどことなくホッとした。


「携帯電話、あるか?」

「ありますけど」


 私は鞄の中から、携帯電話を取り出す。

 博士は私が携帯電話を手に取ったのを見て、ロッカーを指差した。


「携帯電話は置いて行こう」


 言って、博士はジーンズのポケットの中から取り出した携帯電話を、ロッカーの奥に仕舞う。


「え、どうして」

「良いから。また取りに来る」 

「何か、警戒してますか?」

「まあな」


 そう言えば、私が電話口で話した時も、博士は私が携帯電話で各方面に連絡を入れたかどうかを気にしていた。


「わかりました」


 博士は最後には、説明するべきことはいらないことまで言葉にする人間だ。少なくとも私の知っている博士はそういう人である。その歯に衣着せぬ物言いに──それこそ私のことを半分怪獣だと言い放った男だ──私は何度か助けられてもいる。

 その博士の言うことだ。実際、携帯電話は後で取りに来れば良い。


 私は言われた通り、携帯電話を博士の物の横に置いた。

 博士はそれを見て頷くと、ロッカーに鍵をかけ、その鍵を私に手渡した。


「良いんですか?」

「ぼくは携帯電話がなくても困らない。必要な電話は研究室の方に行くし。君ほど、緊急の案件もないしな」

「信じてくれるんですか」


 嬉しさから来た言葉だったが、それを聞いて博士は怪訝な表情で私を睨んだ。

 

「まさか嘘なのか? もしそうならぼくは一生、君のことを軽蔑することになる」

「違います違います。空のことは本当です」

「だよね。再会したばかりでこう慌ただしいのも嫌だし、君が常識を持った大人に成長したことを祝いたい気分もあるが、そんな暇はない。行くぞ」


 博士は私を手招きして着いてくるように促す。駅を出て、タクシー乗り場まで早歩きで進むと、タクシーを一台捕まえて、乗り込んだ。

 私も急いで博士に続き、タクシーに乗る。


 博士は運転手に行き先を告げて、隣に座る私の方を見た。


「空の様子は?」


 私はタクシーの後部座席の窓から、空を見上げた。依然として、紅い雲は消えていない。


「変化、ないです」

「そうか。最悪の想定はしておくべきと、だいぶ慌ててしまったかもな。すまない」

「大丈夫です。何か考えがあるんでしょ、博士」


 博士は深く頷いて、運転席を瞥見してから、改めて口を開いた。


「怪獣は、二度と現れない。現れる筈がないんだ」


 博士はそう言った。


「それは……」


 私もそう思う。でないと、先輩が何の為に自己を犠牲にしてこの世界を守ったのか分からない。

 けれど現実として、私の眼には真紅の空が映っている。鮮血がぶち撒けられたかのような、気味悪く渦巻く雲が。

 それとも私の見ているものは、頭痛と一緒で、後遺症のようなものだとでも言うのか。だったらどれだけ良いか。


「可能性がゼロとは言わない。君が見ているものが幻である可能性。怪獣が再び現れた可能性。だが正直、ぼくは別の仮説を立てている」

「別の?」

「ああ。ここだけの話、ヴォズィガを倒して直ぐ、ぼくにはある打診があった。怪獣研究を続けないかという申し出だ」

「それって……?」


 この世界にはもう怪獣は出現しない。厳密には、絶対にないとは言えないのだろうが、その可能性は限りなくゼロに近い筈だ。


 何故って、先輩がヴォズィガを倒したからだ。


 怪獣がいなくなった世界で続ける怪獣研究?


「何となく心当たりもあるんじゃないか? HERM(ヘルマ)は怪獣の捕獲も行っていただろう。単純な研究対象として、または君や彼女の戦闘訓練の為の相手としてだ。大怪獣が消え去り、それらは唯の肉片と化したが、その死体の研究自体は、続けられていたようでね。この世界のモノではない、余剰次元との関わりのあった物質。それを利用して、人類に有用なモノが創れないか、という研究」


 生きた怪獣はいなくなっても、数体の怪獣の死体は残った。それらが人類にとって貴重な研究材料であることには変わりがない、ということらしい。


「でもそれと何の関係が」

「相変わらず鈍いところがあるな君は。ぼくに申し出があったということは、怪獣の死体を通じて、とある研究が検討されていたということ。つまり、怪獣の死体を利用して、シャッガイ領域を呼び出す研究だ」

「は?」


 言っている意味がわからない。


「シャッガイ領域というのは、この三次元空間と余剰次元との繋がりだ。怪獣は、それを利用してこの世界に顕現していた。だが、それを人類側が意図的に利用出来るなら? 無限の可能性がある。少なくともそう考えていた一派が、当時ぼくに声を掛けて来た」


 博士の言う難しい単語は昔から何となくしか理解していないが、つまり怪獣そのものというよりも、怪獣を出現させていたシャッガイ領域を利用しようとしている人たちがいる、ということか?


 私がそう問うと、博士は満足そうに応えた。昔から、私や先輩が博士の言葉をちゃんと理解している素振りを見せたら、笑顔になる人だった。


「それで間違いない」

「その申し出は」

「蹴った。……彼女に対する冒涜だと思ったからな。怪獣災害は終わった。必要以上に藪蛇を突くもんじゃない」


 博士にも、怪獣災害を終わらせた先輩への感謝の念があるのだ。それは私にとって嬉しく、何よりも頼もしい心だった。


「だから、君がシャッガイ領域を見たと言うなら、その研究が上手くいった、いってしまったと仮説を立てる。その時、君が邪魔だと考える者もいるかもしれない」

「邪魔って」

「今、この世界において、シャッガイ領域を見ることの出来る者は君だけだ。君が研究に協力するなら良い。だが、君はどうだ」


 それは。そんなこと……博士と同じだ。


「死んでもお断りです」

「だろう? ならば、研究を続けようとする者にとって、君は邪魔者に過ぎない。彼らは君を排除しようとするだろう」

「何となく言いたいことはわかりましたけど」


 最後のは飛躍し過ぎでは? 怪獣を利用しようという一派は気に食わないが、あくまで研究機関なのだろうし。


「当時、ぼくに申し出をかけてきたのはガジャゴの人間だ」


 ガジャゴ。

 その名前は知っている。

 正式名称をガジャゴ・デ・セグリダッド。


 HERM(ヘルマ)設立の為に資金を出した組織の最大手で、兵器の多くも提供していたスペイン由来の民間軍事会社の名である。HERM(ヘルマ)隊員、職員にもガジャゴから派遣され、ガジャゴのバッヂを付けた人間は多数派だったから、よく覚えている。


 そんなところがシャッガイ領域の研究を?


HERM(ヘルマ)解体を良いことに、一番好き勝手しているのが奴らだという噂もある。実際のところは知らないがね。ガジャゴに限らず、ぼくは元よりHERM(ヘルマ)の人間をそう信用していない。そりゃ中には気の合う奴らもいたが」


 博士はそこまで言って、言葉を濁した。怪獣との戦いで失われた人員は膨大だ。よしんば生きていたとしても、ガジャゴの申し出を蹴った博士は、私と同じように元HERM(ヘルマ)の人間との繋がりは断ち切られただろう。


 話をしているうちに、タクシーは目的地に着いたらしい。博士は財布から一万円札を数枚引き抜いて運転手に渡した。


「釣りはいらない。代わりに、ぼくたちの会話も忘れてくれ。じゃ」


 博士はそう言って、そそくさと外に飛び出す。

 私も運転手にお辞儀をして、車を降りた。


 博士は急いで降りた割には、タクシーが出発して、遠くに行ってしまうのをしっかりと確認してから、足を動かした。


「行こう。こっちだ」

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